第12話
腰の辺りの白いローブを横に引っ張り会釈をして、まずは右足を軸に軽く二回転。
頭の中でアップテンポな仲間の演奏を再生する。そうね、バイオリンとトライアングルとチェロがいいわ。情熱的な歌声もセットで聞こえてくる。
リズムに合わせて胸と尻を突き出すように体をしならせる。ステップを踏んでバク転し、その場でバク宙、からの前転して元の位置にもどる。両手を広げて高速回転。もう誰も私を止められない。
五分間は踊り続けていたと思う。
最後に再び会釈をする。前方からアスランの拍手が聞こえてくる。
数瞬遅れて、足を止めていた数人の通行人からも称賛の拍手が送られた。
私にとって踊りが楽しいことか分からないなんてのは、真っ赤な嘘だ。この心を一時騙せても、この身体は憶えている。
私はいつでもどこでだって自由に踊れる。この靴さえあれば、恐れるものは何もない。
「ふふ。踊りはやっぱり楽しいわ。この気持ちは、大切にしなきゃいけないわね。アスラン、本当に色々とありがとう!」
「お礼を言うのは、素敵な踊りを観せていただいた僕の方ですよ。実はその靴には小さな歪みがあったのですが、直さなくて正解でした」
「歪み?」
歪みの違和があれば気付きそうなものだが、感じたことはない。
「お客様の足先がこの靴に合うよう変わったように、その靴もまた、お客様の足に合うよう変わっていたのでしょう。その歪みは……いえ、歪みという表現はその靴に失礼かもしれません」
私が履けなくて苦しんでいたとき、この靴もまた、私のために変わろうとしてくれていた。そう思うと愛おしさが込み上げてくる。
……というか私、アスランに爪先が靴に合わせて変形した話したっけ? して、ないわよね……。
いつから察知していたのか。靴周りに関しては、逆立ちしてもアスランには勝てそうにない。
「お客様、とても嬉しそうです」
「これはなんていうか、苦笑いよ」
シルクは自分にしか分からない笑みを一頻り浮かべてから、手持ちの路銀から料金を手渡した。
「ありがとうございます。たしかに頂戴しました」
格安とは言え出費は出費だ。今後の生活を考えると不安になる。
アスランに悩みを聴いてもらったお陰で、踊りを続けていく気持ちは整った。
幸運なことに、この街での演技は受けも良い。一人でもやっていける可能性は十分に秘めている。
だけど、常に順風満帆で事が進むとも限らない。色んな国や街を旅してきたシルクは、予備のプランの重要性を良く理解していた。
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