追い詰められた者の果て
世間は彗星のごとく現れた正義の超能力者、飛禅飛鳥さんに沸き立っているが、そんな非現実的な現象が世間で起きていても、学校生活は何一つ変わりない。
せいぜいやれ飛鳥さんとお近づきになりたいだとか、凄い顔が整っていてモデル体型だけどいったい何を食べているのか、彼氏がいるのかどうか、といった下世話なものを話すか、自分達もあんな超能力を使えないかと夢見る中学生の様な事をするばかり。
所詮一学生が真面目に世論事情など考える筈が無いのだ。
私としては、変に超能力者探し、のような馬鹿げたことが起こらなくて安心するが、こんなのがもうすぐ大人になる高校生の思考で良いのかと少しだけ不安になる。
そんな私の変わらない平和な学生生活だったが、夏休み前の大きなテストが終わり、徐々にその答案が返され始めていた。
世間を騒がせる大きなニュースには真面目に考えなくても、自分の成績に関わることとなると、やっぱり学生達は頭を悩ませずにはいられない。
結果を見た学生達の表情は実に様々で、中学生の頃よりもずっと嫉妬や嘆きと言った怨嗟の感情や他人を見下すような優越の感情が教室中を渦巻いていた。
流石に、進学校を誇っている場所であり、また一学期の最中と言うこともあり極端に点数の低い人はいないがそれでも格差と言うものは存在する。
大体七割から満点までの間。
そこに集中する僅かな点数の差は、学生達にとってはきっと見上げるほど高いものだった。
性懲りも無く、隣の人や友達と比べ合い際限無く格付けし合う。
見下し、優越に浸り、そして少しでも安心しようと自分よりも下を探し続ける。
そんな悪感情が充満し、神経を尖らせる者達で教室の空気が張り詰めていた。
まさにこれが競争社会の縮図なのだろう。
それでもそんな学生間の競争結果をものともしない天才は確かに存在する。
「ねえねえ、燐ちゃん。今度ね、パパが出世するんだ。何かお祝いしたいんだけど、何を上げたら喜ぶかな?」
「……おめでとうって言う言葉と、ケーキでも手作りしたらお父さんは感無量ですよ」
「……わ、私、お菓子作ったことない……燐ちゃん、教えて……?」
「どうせ家の調理器具とか高価なもの揃ってるんでしょうし、後は作り方をネットで調べればすぐですよ。最近は料理動画なんて山ほど投稿されていて、参考するものに困ることなんて無いんですから……と言うか、お手伝いさんがいるじゃないですか、その人に教えて貰えば」
「私、燐ちゃんと一緒にお菓子作りしたい……」
「…………勉強しなくていいの?」
やれ、どの塾に行くべきか。
やれ、一日どれだけの時間を勉強に費やしているのか。
そんな会話がそこかしこで起きている時に、そんなテスト結果などどうでも良いと言うように自分の机の上に放り捨て、私の元にやって来たこの娘は、きっと頭が弱いのだろう。
……いや、嘘を吐いた。
この娘は間違いなく、とんでもなく優秀な頭脳を持っていて、それを事実結果として出している。
「うん、別にいらないかなって」
そうはっきりとそう言い捨てたこの娘のテストの結果は、こんな見るからに不良みたいな恰好をしている者とは思えないくらい。
いや、それどころか、このクラスでも最高クラスの高得点を叩き出しているのだ。
これまで返って来たテストは、幾つかの満点と、それ以外も全てが満点近いという異常なまでの成績。
そしてそれを、欠片も努力したようにも見えない彼女の姿と態度。
ただでさえクラスから浮いていたのに、これではクラス中の怨嗟の対象になるのは当然だった。
(すっごい……このクラスの皆からすっごい悪感情が向けられてるのが見える……! どうせ見えてないんだろうけどさぁ……この時期くらい少しは言動に気を遣えばいいのに……)
「……燐ちゃん、どうしたの? お腹痛いの?」
「い、いやぁ、私中学生の時はもうちょっとマシな状況だったので、初めての経験にちょっと戸惑っていると言うか……」
「???」
何を言っているんだろうと不思議そうな顔をするな。
前に私に絡んできた、袖子さんに思うところのあるあのギャルグループの人なんて、人を殺しそうな目でこちらを睨んできているし、そこに私を巻き込まないで欲しい。
と言うか、私の友達になりたい人ナンバー1の舘林春さんも複雑そうに私達を見ているのは最悪に近い。
自分の預かり知れないところで勝手に好感度が下がっているようで、私の心にも暗雲が立ち込め始めている。
全部、このアホ娘のせいなのだ。
キッ、と軽く睨めば流石に正面から視線には気が付くのか、袖子さんは激しく動揺を露わにする。
「えっ、えっ、り、燐ちゃんテストの成績悪かったの? 勉強教えようか?」
「私は袖子さんに空気読みの勉強をしてほしいです」
「なんでっ!!??」
「現に今、私の気持ちが分かってないからです」
世の中能力が無くても対人関係が良好に出来るなら大抵なんとかなるものだ。
つまり逆説的に、どれだけ能力があろうとも対人関係が上手くいかなければ中々うまくなんて行かない。
まがいなりだが友人として、袖子さんには是非とも状況に気を遣うと言う術を身に着けてもらいたいと思うのは当然だ。
きっと、私怨は入っていない。
こっそりこちらを睨んでくるギャル娘達を読心する。
(前に私に絡んできたあのギャル娘が73点で、舘林さんは85点かぁ。普通に良い点数だと思うんだけどなぁ……)
もしも超一流大学を目指しているならもっと上を目指さないといけないとは思うが、そうでないならそこまで気にするようなものでもないと思う。
(格差を見せつける点数制度ってしがらみを生むよなぁ。嫉妬とか妬みとか、そういうのの温床になると言うか……まあ? 私の場合、他とは隔絶した異能って言う才能を持ってるから関係ないんだけど? 私こそが本当の天才みたいなところあるし?)
なんて、そんなことを気楽に考えてみる。
いや、実際これまで数々の異能犯罪者を倒してきたし、内心これくらいの自画自賛があったって、きっと誰も咎めないだろうと思っていたのだが、まるで私のそんな内心を読んだように彼女達が近付いて来る。
「――――テストを返されたばかりで遊び惚ける予定を話しているなんて、余裕そうで何よりねぇ。流石、優秀な人達は違うわ」
「……は?」
(……ついに来ちゃったよ……)
先ほどまで机の上でひたすら私達を睨み続けていたギャル娘が嫌味を言いながら寄って来た。
その背後には他のギャル友達と舘林さんを引き連れていて、まさにお山の大将のようなポジションだ。
そして、この妙な絡み方をするギャル娘に対しては袖子さんも思うところがあるようで何かと当たりが強い。
苛立ち混じりの視線を向けた袖子さんがギャル娘と睨み合う様な状況になり、喧嘩手前のような雰囲気を醸し出し始めているのをよそに、私は舘林さんを観察する。
(……そろそろギャルグループのノリに付いていけなくなってそう。優しく話し掛けて、親しみやすい関係を築いておいても良いのかな?)
「今回は、たまたま、点数が良かったみたいだけど。勉強もせずに遊び惚けるようじゃすぐに付いていけなくなるわよ? なんたってここは、都内トップの進学校『戒玄高校』。生半可な気持ちで勉強されるとこっちまで気が滅入っちゃうのよ」
「結果も出せてない癖によく口が回る。そういうのはせめて一教科でも私より高い点数を取ってから言って」
「なっ……だからっ、今回たまたま良い点数だったからってっ、調子に乗るなって言ってんのよ……!」
「調子にも乗れない点数だったんだから大人しく勉強しておけばいい。私と燐ちゃんの間に入ってこないで、邪魔」
「っっ……!! この女っ……!!」
「わー!? 待て待てお前らっ、暴力沙汰は止めろマジでっ!?」
(隣がうるさいけど、そんな中でも舘林さんは見るだけで心が安らぐ……このどこか品のあるお嬢様の様な雰囲気、私の隣にいる生まれだけの似非お嬢様とはもうレベルが違うんだよなぁ……)
どったんばったん、暴れる隣を無視してひたすら舘林さんを見詰めていれば、流石に彼女も私の視線に気が付いたのか、オドオドと見るからに動揺し始める。
遊里さんと同系統の小動物のような可愛さだ。
これで男子人気が無いとか信じられない。
「あ、あの、私の顔に何か付いてますか……?」
「舘林さんの肌が綺麗だなぁって思って、どんな洗顔と化粧水使ってます?」
「え? えっ、えっ……!?」
「もし良かったら今日の放課後にでも一緒に買い物に行かないですか? そのまま、今日返されたテストの間違えた箇所の復習も一緒にやるなんかも良いですよね。私、勉強に丁度良い喫茶店知ってるんですよ」
「な、なっ、えっ!? そ、そのっ……!?」
「――――お前はお前でっ、私を眼中にも無いの何なのよっ!!」
ずっと狙っていた舘林さんとの初会話。
このままギャル娘さんに袖子さんを引き取ってもらって、私は舘林さんと仲良くしようと思っていたのに、そう上手くはいかなかった。
横から私に対してガブリと噛み付いてきたギャル娘は、もはや見境なしに噛み付く狂犬に見える。
執着している筈の袖子さんを放って、私に言いがかりを付けて来ると言う想定外に動揺する。
「えっ……い、いや、私じゃなくて袖子さんと話したいんだろうと思ってですね。気を利かせて距離を取ってただけですよ……?」
「何言ってんのよ! 最初っから優秀な人“達”って言ってるじゃない! アンタも当然含まれてんのよ!!」
「わっ、私と会話したいんですか!?」
「そんなのっ……! あ、待って――――ひゃ!?」
舘林さんとの初接触をあまり過度なものにして引かれ過ぎないようにこの辺りで終わらせ、熱くなっているギャル娘と穏便に会話でもしようかと向かい合った瞬間、ギャル娘は両耳を抑えてその場に座り込んでしまった。
……私は何もやっていない。
触れてもいなければ異能を使ってもいないのだが、ギャル娘は真っ赤な顔に涙目で両耳を抑え、虚勢を張る子猫のように私を警戒している。
怒り狂っていた状態からの突然の豹変に、私の目が思わず点になった。
「え?」
「あ、あ、ああ、アンタが悪いのよ! アンタが私の耳に息なんて吹き掛けるからっ……!」
「……え? 随分前のあれがなんだって言うんです……?」
「そ、そ、そ、それ以来アンタの声を聴くと集中がっ……!! 勉強もままならないしっ……!!」
「…………??? 私が悪いんですかそれ?」
「当たり前じゃない!!!」
当たり前らしい。
「私の集中力をそうやって奪っておいてっ、アンタは悠々と勉強して良い点数を取ってっ……!! ぜ、ぜ、ぜ、絶対に許せないっ……!!!」
「ええー……?」
酷い責任転嫁があったものだ。
だが、彼女の内心には一切の嘘や誇張をしている様子が無いのは確か。
本心からそう思っているようだから、厄介である。
突然の標的変更に、袖子さんも自分の事は棚に上げてギャル娘を頭のおかしなものを見るような目で見ている。
(袖子さんが絡まれるのは別に良かったけど、私が絡まれるとなると…………ん?)
「わぁー!」と、髪を掻き乱し発狂しているギャル娘の顔を困惑しつつ眺めていると、ふと既視感を覚えた。
最近どこかで似た顔を見たような……なんて考えながらまじまじとその顔を観察する。
それから記憶の何かに指先が掠め、思わずビクッと警戒するギャル娘の顔を至近距離で覗き込んだ。
どこかの誰かに似ている気が……と考えた私はふと思い出す。
「な、な、な、なんなの!? 今度はなにをするつも――――」
「あっ、あのタクシー運転手のおじさんか」
「――――!!!!????」
ぼそりと言った私の言葉に、ギャル娘は体を硬直させ、そののち一瞬無表情になり、最後に真っ青な顔で固まった。
凄まじい百面相。
クエスチョンを浮かべてそうな顔で小首を傾げたギャル娘の後ろにいる2人とは違い、彼女は何を言われているのか一瞬で理解したようで、次の瞬間には恐ろしい握力で私の両肩を掴んだ。
「な、なにを言ってるのかなー佐取さんは。私、何のことを言ってるのか分からないなぁ? あ、ちょーっと私、佐取さんと2人だけでお話ししたくなってきちゃった! 佐取さん、当然、付いてきてくれるよねぇー?」
「いたっ、いたたっ……! ちょっと、力入れすぎですよっ……!」
やっぱりあのタクシー運転手のおじさんはこのギャル娘のお父さんか何かだったかと得心が行く。
けれども、だとしたら何の地雷を踏んだのかと、私は慌ててギャル娘を少し深く読心をして事情を読み取った。
結果……このギャル娘、友人には見栄を張って親は海外を股に掛ける仕事をしているなんて嘘を言っているようだった。
……これは面白…………嘘は良くないと、燐香ちゃんは思う。
「ちょっと! 燐ちゃんに何するの!?」
「黙れぇ! 良いからっ、ちょっと私とお話ししよう佐取さん!! ちょっとだけっ、ちょっとだけだから――――」
「ふへへへへへへ」
「――――!!??」
ニヤリと、全て察したと言わんばかりの悪い笑みを浮かべる。
怯えたように体を震わせたギャル娘さんにはもう、以前私に話し掛けてきた時の様な、格下を見るような様子はない。
それが少しだけ愉快だった。
当然だが、握った秘密を暴露なんてする訳ない。
嘘は駄目だが、ものによりけり。
誰も傷付けない、多少誇張する程度の可愛らしいこれくらいの嘘なら、別に私は否と言うつもりはこれっぽっちもないし、私だって時と場合によっては嘘を吐く。
そして、それを好んで公にしてやろうなんて酷い事は考えもしない。
なんたって、私は人畜無害な良い子なのだから。
――――ただし、私の思わせぶりな態度で勝手に相手が何かを感じたとしても、それは相手の問題。
私は暴露するつもりなんて無いけど、勝手に相手が暴露されると恐怖して、私の為に動いたとしても、それは私の預かり知れぬところだったりする。
(ふへへへ……これで、このギャル娘の心は私が掴んだも同然。これからは変な絡み方をさせないことも出来るし、私がギャル娘を変に恐れる必要もなくなる。嘘は結果的に自分の首を絞めるって言う事を思い知ったかな? 良い経験になったよね! まあ、流石に何でもかんでもこれで脅すなんてことはしないけど、少し遊んで少し釘を刺す程度は良いよね……なにしようかなぁ……)
そんな風にあくどい思考を巡らせていたから、目の前の少女が追い詰められすぎて目を回し始めたことに気が付かなかった。
「…………やる……」
「え?」
私の前でぶるぶると全身を震わせ始めたギャル娘が、小さな声でポツリと何かを言った。
聞き逃してしまった私が思わず反射的にそう聞き返した瞬間、ギャル娘はガバリと勢いよく顔を上げた。
その目には今にも泣きだしそうな大きな涙が溜っている。
羞恥に怒りに焦燥に、悲嘆。
咄嗟に視たギャル娘の感情はそんな事ばかりで、私が想像していたよりもずっと彼女のメンタルは弱かったらしい。
思うように取れなかったテストの点数や私や袖子さんへの妙な感情も折り重なって、とうとう精神的に追い詰められた彼女は涙を決壊させながら悲鳴のように叫んだ。
「あの糞親父を殺して私も死んでやるぅー!!!」
「うわぁっ!? 嘘嘘っ、何も言わないから落ち着いてっ!!!???」
私が今日学んだ最も大きな事は、『追い詰めすぎたつもりでなくても状況さえ整ってしまえば勝手に自爆する人間がこの世にはいる』と言う事だった。
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