解き明かされていくもの






 夜の家族が寝静まった頃合いを見計らい、私はそっとお兄ちゃんの部屋に向かっていた。

 あらかじめ約束していた時間を少し過ぎてしまっていたが、お兄ちゃんが帰ってきて以来何かと私と一緒に居たがる桐佳が自分の部屋に戻るのを待っていたと言えば、お兄ちゃんもきっと分かってくれるだろう。


 ……最近やけに嫌われているお兄ちゃんの事だ、きっと桐佳の話題を出せばそれだけで深くは突っ込んでこない筈。

 そんな性格の悪い事を考えながら、私は扉をノックしてから部屋に入る。


 お兄ちゃんがいない時はちょくちょく掃除をしていたから見慣れた筈の部屋だが、部屋の主がいるだけで印象がガラリと変わるのだから不思議なものだ。



「……お兄ちゃんお待たせ。ごめんね遅れて、まだ寝てないみたいで安心したよ」

「いや……桐佳の騒がしい声が燐香の部屋から聞こえて来たからな。仕方ないだろう。それで……なんだ、始めるか?」

「うんっ、第一回異能対策会議を始めようっ……!」

「ばっ、声が大きいっ……」

「ご、ごめ……」



 そんな締まらない始まりと共に、初めてとなる私とお兄ちゃんの、異能および異能持ちに対するお互いの見解を深め、そして対策するための会議が、真夜中に開始されることとなった。


 元を辿ると、お兄ちゃんのこれまで行って来た研究をこれ以上大学で続けるのは危険だと判断したことに始まるこの会議。

 研究の資料等は家で扱い、設備が必要な時だけ大学を利用すると言う方針でまとまった訳なのだが、こうなってしまうと研究の進捗は大幅に遅れるか停止するのが普通の運びなのだが……。


 ここで、お兄ちゃんにとってこれまでになかった研究対象が出て来た。


 非科学的な現象を操る者、他ならぬ私だ。

 これまではその現象が関係していると思われる事例から予測するしかなかったお兄ちゃんの研究がここに来て、その現象を扱う人間と直接観察することが出来る環境が整ったのだ。

 そして、異能と言う機能に興味を持つ私が、お兄ちゃんの研究に協力しないなんて言うのはあり得なかった。



「……まず俺からの報告だ。DNA検査の結果、異能を持っていない俺と異能を持っている燐香のDNAに目立った違いは見られなかった。普通の兄妹が持つ程度のDNA配列の差異……まだ断言は出来ないが、異能の有無にDNAは関係しない可能性が高い」

「な、なるほど……」



 簡単な触診や、唾液などから採取したDNAにお兄ちゃんとどれくらいの違いがあるのかの確認。

 それから、実際に異能を使ったとき何かで検知することは可能なのかについての調査を、これまで簡単にだが行って来た。

 その結果が早くもこうして出てくると、生まれてからずっと扱って来たこの異能に私の知らなかった側面がまだまだあるのだと実感させられる。


 私が持ち得ない視点からのこういう異能に関する研究が行えるお兄ちゃんとのやり取りはかなり有意義で……正直、中学時代の私の方がやりたがっていたと思うのだが、中々タイミングが合わないものだ。



「それと、俺は生物学専攻で医学部ではないからそこまで詳しくは無いんだが……恐らく触診して見た感じ、普通の人と違う臓器を持っていると言う事も無さそうだ。あとは……」

「……異能を使用した際、体の何処が活発に働いているのかとかも調べてみたいけど、そういう設備は用意できないからね……」

「そうなんだよ。分かっていた事とは言え、研究は環境に左右されてしまうものだと改めて思い知らされるな」

「あ、でも異能を酷使すると頭痛とか鼻血とか出るよ。これ関係ありそうだよね」

「そんな危ない事やってたのか!? 治療法とか誰にも分からないんだからそういうのは止めとけよ!?」



 慌てて私の額に手を置いて熱の有無や眼球が充血していないかを確かめたお兄ちゃんは、安堵のため息を漏らした。

 昔から自分の異能の限界を知ろうとしていて、あれくらいの鼻血や頭痛は普通だったから感覚が麻痺していたが、確かにお兄ちゃんの言う通り安全では無いのだろう。

 とは言え、恐らく筋肉痛のようなものだから大丈夫だとは思うのだが……これ以上私の異能が成長しても手に負えなくなるだけだし、私も出来る事なら異能を酷使するのは無い方向で進めていきたい。



「とりあえず異常はなさそうだが……あまり無理はしないでくれよ。それと、俺から出せる情報はこれだけだ。参考になるような事は、まだ碌に出せてない……悪いな」

「ううん、結構目から鱗が落ちる様な話があったよ! でも、あと出来る事って少ないよね……何かあったかな……」

「異能と言う超常現象が発生する原理の解明だけを目的とするならやれることは少ないだろう。だが、異能と言う現象に対抗しうる原理の解明を目的とするなら話は変わる。異能の力とやらを遮断、あるいは検知できる物質を発見することが出来れば恐らく、これからの異能持ちに対して有利に立ち回れるだろう。そう言ったものの発見に重点を置けば――――」

「あっ! 良い物あるんだった!」

「……燐香が大人しく俺の話を聞いてくれるわけがないか……」



 諦めたように肩を落としたお兄ちゃんを置いて、ある物の存在を思い出した私は、慌てて自分の部屋に戻り、厳重に仕舞い込んでいた銀色の小さな小瓶を持ち出した。


 私の突然の行動に目を丸くしているお兄ちゃんの元に戻って、その小瓶を突き出した。

 思考停止した猫の様な顔で呆然とするお兄ちゃんがそれを受け取って、なんだか高級そうなその瓶の材質に驚愕している。



「あのね、この小瓶の中にある鉱石みたいなやつ。異能持ちが口から呑み込むと異能の出力がブーストされるみたいなんだ。今は私が誤認を掛けて出力を感じ取れなくしてるけど、この鉱石自体から異能の出力を感じるんだよね」

「は? は?? ま、まってくれ、なんだか専門用語を連発された時のような混乱をしてる。と、取り敢えず……それを経口摂取すると、異能の力が強まるのか?」

「うん」

「それを……なんで燐香が持ってるんだ?」

「前に奪っておいたんだよ」

「……誰から?」

「敵から――――痛いっ、痛い痛い痛いよお兄ちゃん!?」



 ムギュウッ、と両頬を抓られた。

 何度か頬を引き延ばされ痛みに悲鳴を上げる私に、私の持っていた携帯の画面が光りアイツが警戒状態に入る。

 不味いと思った私は慌ててお兄ちゃんの手をタップして、必死に携帯を指差す。



「……携帯がどうかしたのか?」

「危ないからっ、離してっ……! ちゃんと説明するからっ、離して……!!」

「あ、ああ……それで? どういう事情なんだよ? 敵って」

「ああ、やっと離してくれた。顔が饅頭みたいになってたらどうしよう……」

「いや、今の燐香は昔に比べたら饅頭っぽいぞ?」

「!!!???」



 衝撃の言葉にそれまで考えていたことが吹っ飛んだ。

 体重は増えてない筈なのだが、久しぶりに会ったお兄ちゃんがこういうんだから間違いないのだろう……多分。


 急激にやる気を削がれながら、私は事情の説明を始める。

 私の異能が知られてしまっているお兄ちゃんに対してこれ以上の隠し事は難しいし、神楽坂さんと出会ってから協力までの経緯も話しておく。

 結構長い話になってしまったが、顔を顰めながらも黙って聞き役に徹してくれたお兄ちゃんは、あらかたの経緯を聞き終えると得心がいったように頷いている。



「……それで、“白き神”って言う奴が他の異能持ちを洗脳していた時に、私そいつと対峙した時があって。私の異能で気が付かれないようにしている時に、こっそりソイツから奪っておいたんだよね。……まあ、結局他の洗脳していた異能持ちがその鉱石を呑んじゃったから、強化させないようにって言う私の試みは失敗したんだけど」

「なるほど……燐香の状況は良く分かった。……だからあの警察官は、燐香にあの化け物を任せようとしていたんだな」



 そんなことを言ったお兄ちゃんに、私は慌ててフォローを入れる。



「そうだよ。神楽坂さんは本当に良い人なんだから、変な誤解はしないであげてね」

「……いや、それでも一般人、それも燐香みたいな女の子を怪物の元に置いていく選択をする警察官は碌でもないと思うのが普通だと思うぞ」

「……い、いや、異能のあるなしは相当違うし。なんなら、異能の無い大人1人には幼稚園児時代の私でも勝てるだろうし……それくらいの差があるから、私の邪魔にならないようにって配意してたんだよ」

「いや、それでもなぁ……兄としての身から考えると、無責任が過ぎるんじゃないかと言いたくなるな……」

「お兄ちゃんって本当に指摘がねちねちしてるなぁ!? そんなんだから桐佳に嫌われるし、彼女が出来ないんだよ!?」

「なっ、そこまで言うか!?」



 まだ納得できていない様子のお兄ちゃんに思わずそんなことを言ってしまう。

 いや、確かに視点を変えた場合、感じ方に違いが出るのは当然かもしれないが、それにしたってその認識は神楽坂さんに失礼すぎると思う。


 私はあの人に散々助けられているし手助けしてもらっている。

 なによりも、出来ることの範囲を理解していて、正義感に任せた勝手な行動も無いし、私の情報だって約束通りしっかりと隠してくれている。

 私はこの協力関係に不満なんて1つも無いのだ。



「ともかくっ、神楽坂さんは本当によくやってくれてるんだから! これ以上変なことを言うのは禁止!!」

「……まあ、燐香がそういうなら良いけどさ」



 少しだけ不服そうな顔でそう言ったお兄ちゃんは、私から受け取った小瓶を眺め、それからそっと中を覗いて危険性が無いのを確かめた。



「……本当だな。これって……結晶? いや、それとも……鉱石なのか?」

「えっとね、多分出しても大丈夫だけど、人の体温くらいの暑さになると液化するみたいなんだよね。で、冷やされるとまた結晶化する」

「なんだそりゃ」



 コロンッ、と小瓶から黒い鉱石の様なものを机の上に取り出した。

 以前闇よりも暗いと思ったが、その感想はある意味正しく、ある意味誤っていた。


 色は黒、そしてわずかに赤色が混じっている。

 黒一色でなかったのは驚きだが、その赤と混じっている筈の色合いは、今まで見てみて来た何よりも暗さを感じさせる。

 そして、宝石の様な輝きを放っているその鉱石は蠱惑的な美しさがあり、見るものを魅了し執着させるだけの何かを持っているようで、お兄ちゃんは思わずと言ったように感嘆のため息を漏らした。



「……これは凄いな。今まで見て来たどんな宝石よりも……綺麗に見える」

「えー、そうかなぁ? 私はなんだか、趣味の悪い宝石に似た鉱石に見えるんだけど」

「そ、そうか? いやっ、俺にはかなり綺麗なものに見えるんだが……」

「まあ、そこら辺は感性の違いかな。取り敢えずそれ、異能の出力は周りにバレない様に私が細工済みだから好きに調べてみてよ。『UNN』の異能開発にかなり深い部分で関わってそうだし、それの原理が分かれば私も異能をブースト出来るかもしれないしさ」

「……ああ」

「お兄ちゃん、変なものに魅入られちゃ駄目だからね」



 ぼんやりとその鉱石を見惚れているお兄ちゃんに、私は釘を刺す。

 『UNN』がどこからこんな鉱石を集めてきているのかは検討も付かないが、どうせ碌でもないものに違いない。

 これまで遭遇してきた犯罪者達はこんなものを喰らってまで自分の異能を強化したかったのだろうか。


 それに、恐らくこれは単に異能を強化するだけのものでは無い筈だ。



(……これまで会って来た『UNN』の関係者は誰もこの詳細を知らなかったけど。多分、これが人工の異能持ちを作り出すための重要物なのは間違いない)



 この鉱石を“白き神”から奪い取って、しばらく私なりにあれこれ調べてみたが決定的な関係性は見付けられなかった。

 結局机の奥底に仕舞い込んだままになっていたのだが、私とは別視点から調べることが出来るお兄ちゃんに任せれば、もしかすると、と思ったのだがそう上手くいくのだろうか。

 正直、インターネットのアイツがまだ猛威を振るえるなら、こんなものを解き明かさなくても、直接『UNN』のデータベースを襲えば解決するのだが…………まあ、攻撃に転ずる時は最後の最後の手段にするのが得策だろう。


 下手に手札を晒して対策されても面倒であるし。

 それよりも今、目下解決するべきはこの国にいるであろう神楽坂さんとお兄ちゃんを狙っていたあの溶解人間を見つけて叩きのめすことだ。



「取り敢えず、色々調べてみるが……なんだろうな、この、微かに残る特徴的な匂い……。……なんだか、血液に近い匂いの様な気がするが……」

「血液? いや、普通は異能持ちの血液から異能の出力を感じるなんてことある訳ないし、こんな結晶化するような性質も持つものじゃ…………もし、血に関する異能だったらどうなるんだろう。例えば、血を操るとかそういう異能だったら」

「まあなんだ、ちょっと色々とやってみるよ。結果は多分数週間は掛かるとは思うが」

「血液に異能の出力を留めて結晶化させる……? 他人の異能出力を体内に取り込み、才能を持っている人の体内に留まっていた異能を反発作用で強制的に覚醒させるとしたら…………いや、そんなことやっていたら、自分の異能が使い物にならなくなるなんて言う副作用も考えられそうだし……」



 私よりも生物研究の勉強をしているお兄ちゃんの方が生物的な匂いには気が付くことが多いようで、お兄ちゃんの指摘に私はその可能性を視野に入れて思考を巡らせる。

 決定的な証拠が出せない以上、この場でいくら考えても情報を確定させることは出来ないのだから、と一旦考えを切り替える。


 もう夜も遅い、明日学校があることを思えばこれ以上時間を取ることは出来ないだろう。

 となると、後話しておくべき事柄は……、と考えた私は難しい顔をしているお兄ちゃんを見遣った。



「ところで、その鉱石の話は置いておいて……この前の怪物、液体人間なんだけど。襲って来たアレらは本体じゃない。指の様なものを媒体にして独立行動させてたから、私がこの前に潰した3本以外、多分7本分の分身が考えられるって言うのは前に話したよね?」

「ああ、それは前にも聞いたな」

「それで、その異能持ちの本体は多分どうして分身がやられたのか分かってない状況で、警戒はしていると思うんだけど、お兄ちゃんは今後も狙われる可能性が高くて、もしかすると多少の犠牲を前提として攻撃を仕掛けてくる可能性もあるの。そうなると、私がいつも傍にいて守ってあげることは出来ないから、手段が限られるんだけど……」

「…………どうすればいい? そんなことの対策は出来るのか?」



 不安そうに表情を曇らせたお兄ちゃんに、私はなんてことはないように肩を竦めた。



「お兄ちゃんがどんな時も携帯電話を手放さなければどうにでもなるから、どんな時も持ち歩いてね。で、充電切れたら大変だからこれがモバイルバッテリー。買っておいたからちゃんと持ち歩いてね」

「お、おお……準備が良いな。ありがたく借りるが…………って待て待て、なんでその怪物の対策に携帯電話が関係するんだ。いや、言わなくていい。それを含めて聞きたいことがあった。いいや、どうしても聞いておかなきゃならないことがあったんだ」

「へ……? な、ななな、なにさ?」



 私が差し出したモバイルバッテリーを受け取って、急に雰囲気を変えたお兄ちゃんが強めの口調でそんなことを言ってくる。

 動揺した私が慌てて続きを促すが、お兄ちゃんはじっくりと私の目を覗き込むようにして、嘘は許さないとでも言うようにゆっくりと問い掛けてきた。


 なんだか嫌な予感がする。



「今回の話で、燐香が事件に巻き込まれる理由は分かった。これまで、あの擬態していた怪物のような奴らと戦って来た状況も何となく分かった。きっとお前は世の為人の為、色んな不幸を未然に防いだんだろう。凄い事だ、それは認めよう。手放しに称賛だってする」

「え、えへへ……」

「だが。だが、だ」



 突然褒められて照れた私だったが、そこではお兄ちゃんの話は終わらなかった。

 むしろこれは本題に入るための、ほんの前座に過ぎなかった。



「一つ、どうしても分からないことがある。これらの事件に関わる、お前の動機だ燐香」



 ぎらりと、お兄ちゃんの目が、これから怒りの炎に燃えることを確信しているような光を湛えた。

 お兄ちゃんは犯人を追い詰める名探偵のように、私の過去の発言をしっかりと復唱する。

 私が全力で隠したい黒歴史を、怜悧な指摘で紐解いていく。



「……お前、前に病室でそれを聞いたとき、『私一人ですらどうにもできなかった奴らなんて信用できない』と言ったよな? だから自分がこういった事件を解決する必要があると、お前はそう言ったよな?」

「あ、ああ……」

「単刀直入に聞くぞ……お前は、『誰にもどうすることも出来なかったような』、何をやらかした燐香?」

「あわ、あわわわわっ……!!」



 お兄ちゃんの表情は人に質問する時のものではない。

 疑惑、ではない、こいつやってるな、と言う確信を持った表情だ。

 私の言い訳を許すようには到底見えなかった。



「な、ななんにもしてないですぅ!!??」

「あっ、こらっ、逃がすか馬鹿っ!」



 お兄ちゃんの名探偵も真っ青な追及に、私は思わず逃げ出すことを選択したのだが、私が扉に辿り着く前に、お兄ちゃんに押し倒され逃げられないように手首を掴まれた。

 覆い被さられ、お兄ちゃんの鋭い目付きが私を正面から見据えてくる。



「これだけはしっかりと吐いてもらうぞっ……! お前が過去にどれだけやらかして、どれだけ世界に影響を及ぼしたのかっ……分かってないと対処のしようが無いんだよ! 正直に吐け燐香! お前、俺がインターネットの怪物に襲われた時、どうやってアレを追い払った? アレはお前の異能とやらが関わった力じゃないのか? 過去のお前の事だ、日本全土くらいに影響を与えるような大きなことはやってるんだろうよ。それでいて数年前まで頻繁に猛威を振るったとされる“顔の無い巨人”の存在。この二つが偶然じゃないなら、これはお前の事じゃないのか?」

「ひっ、ひっ、ひっ……!? な、なんなのその推理力っ……!? ちょ、ちょっと、心の準備がっ……」

「燐香、お前の異能。正直これまで説明されて間近で見てきたがまだ底が見えないんだよ。その異能、どこまで世界に影響力を及ぼせるんだ? 過去にどれだけの猛威を振るったんだ? ん? 懺悔してみろ燐香」

「あばっ、あばばっばばばばば……!!」



 追い詰められた私はもはやまともに返答も出来ず、何とか逃げ出そうとバタバタと暴れるものの、お兄ちゃんになんて勝てる筈もなくそのまま抑え込まれる。

「観念しろ!」と、刑事ものの警察官の様な事を言うお兄ちゃんに、私は成す術無く黒歴史時代の秘密を諦めるしかないところまで追い込まれ――――。


 ――――当然、夜中にこんなうるさい事をしていたら、隣の部屋の住人は物音に気が付く。



 ガチャリッ、と部屋の扉が開いた。



「…………何してんの糞お兄」



 恐ろしいほど冷たい目をした桐佳が現れた。

 逃げようとする私に覆いかぶさり、暴れないように手足を抑え込んでいるお兄ちゃんを、桐佳はゴミでも見るような目で見据えている。


 その冷たい視線が、お兄ちゃんに抑え込まれている私に向けられる。

 追い詰められ涙目になって抵抗している私の姿に、桐佳の表情から感情が抜け落ち、額に青筋が浮かんだ。


 読心しなくても分かる、これを放置したらお兄ちゃんは間違いなく殺される。


 そして、そんなことはお兄ちゃんも直感的に理解したようで、即座に私から離れると、害意はないと言うように両手を上げ、無抵抗を示しながら全力で首を横に振り始めた。



「…………」

「誤解だ桐佳。俺はお前が思っているようなことをしていた訳じゃない。話し合いが白熱して、少し燐香を抑え込んでしまっただけなんだ」



 お兄ちゃんの懇願に近い状況説明に、桐佳の眉が不快そうに歪む。

 そんな事は些事であると言うように全く桐佳の耳に届いていない。



「…………」

「燐香と意見の食い違いがあって……ほら、昔みたいに言い争いしていたんだ。お前が思っているようなことじゃない。決して、仲良くなっていた俺らを見てお前が抱き始めていた疑念が正しかった訳じゃ……」

「…………あ?」

「違うんだ、頼む。殺さないで……」



 桐佳がお兄ちゃんの命乞いを最後まで聞き届けてから、ゆらりと幽鬼のように歩き出した。

 桐佳の双眸がしっかりと固定された先にいるのは、無抵抗だと必死に両手を上げてアピールしているお兄ちゃん。

 どうやら激昂した桐佳に許されることは無かったらしい。

 その後、桐佳からお兄ちゃんへ向けられた暴力は、正気を取り戻した私が慌てて間に入るまで続くことになった。


 こうして、私とお兄ちゃんが何とか時間を捻出してやっとこぎつけた第一回異能対策会議は、こんな締まらない形で幕引きする事となったのだった。





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