悪性の定義

 




 オカルト板part121




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 368 名前:名無しの探究者

 >>280の親戚が神隠しにあったとか言う話はどう考えても今の児童誘拐事件に倣って書いてるだ     けの創作確定

 もうちょい設定をしっかりとしとけば騙される奴も居たろうに


 369 名前:名無しの探究者

 写真に写った顔のない巨大な人型が神隠しを起こすとか、都市伝説をサンドイッチすれば良いってもんじゃねえぞ!?

 まあでも楽しめたわw


 370 名前:名無しの探究者

 いやでも、普通にこの話が実際にあった児童誘拐事件のことかもしれないし


 371 名前:名無しの探究者

 >>370

 お前ww

 顔のない巨人の都市伝説しっかりと調べてからそういうことは言えやwww

 同じ理由で巨人の話をするのはNGな、次の話題に行こうぜ


 372 名前:名無しの探究者

 >>370

 過去スレ読めってまじで

 >>371

 じゃあ、まだ全然解決できそうにない児童誘拐事件の話をまたするか?


 373 名前:名無しの探究者

 その話題もな、また不謹慎だって騒ぎ出す連中がいるだろ

 フキンシンダゾ!ってね


 374 名前:名無しの探究者

 実際、解決できてないってことは被害者がいる訳で

 でも、オカルトを語るだけの板だからセーフだろ

 警察さんはいつも通りグダグダやってるし、解決はまだまだ先になるだろうし、事件のオカルトな部分でもまたほじくり返してみるか


 375 名前:名無しの探究者

 事件概要…11月頃発生した、東京都●●区の誘拐事件が端緒

 証拠が見つからなかったことから通報した母親を重要参考人とする

 動機、目的、手段も不明

 母親は確かに子供を連れて家に帰るのを周辺住民に目撃されており、そこから通報までは10分も経過していないことからアリバイ成立、捜査は停滞状態となる


 12月初旬、東京都■■区で第2の誘拐事件が発生

 同様の手口、同様の犯人と思われるが、警察は見当も付けられず捜査は難航

 なお、最初の事件被害者とは何のかかわりもない家族であった


 12月中旬、東京都●●区で第3の誘拐事件発生


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 で、4月初旬、まあ、今日だな

 東京都氷室区で第23の誘拐事件が発生した

 状況はほとんど変わりなく、直前まで被害者である子供を目撃する大人がいる状況で誘拐が発生した


 これはオカルト(確信)


 376 名前:名無しの探究者

 >>375

 有能

 警察官に就職してきていいぞ


 377 名前:名無しの探究者

 >>375

 有能ニキ

 さて、オカルト認定したい所だけどなぁ……

 警察が無能なだけの可能性も否定できないからなぁ……


 378 名前:名無しの探究者

 >>375

 おつおつ


 >>376

 それは地獄w


 んじゃ、取り合えず最初の誘拐事件を例に実行方法のオカルト加減を追究しよう

 実行場所‐被害者自宅

 状況‐母親と二人でいた、鍵が掛かっており密室の状態

 第一発見者‐母親、料理を作っていた母親が物音がしなくなったことに気が付いて捜索を開始、その後一切の痕跡が見つからず通報

 以降、子供の消息は一切不明


 379 名前:名無しの探究者

 >>378

 母親は子供の遊ぶ音が聞こえる範囲にいたのに、犯人の物音に一切気が付かなかったとかあるの?

 

 犯人は母親


 380 名前:名無しの探究者

 >>379

 だから、何度もニュースになってるけどその後続いている事件も全く同じ手口なんだってwww


 381 名前:名無しの探究者

 神隠しねぇ……そういう神様とか妖怪とかって結構いるし、そこらへんが関わってるのかね

 有名どころと言えば天狗とか、海外で言うならブギーマン


 382 名前:名無しの探究者

 やめろやめろ、被害者の親がそれで悪徳新興宗教に狙われたの忘れたか

 マジでこの事件はナイーブなんだから


 383 名前:名無しの探究者

 オカルト板なのにオカルトの話できないって、そもそもの土台が崩壊してる件


 384 名前:名無しの探究者

 まあ実際、これだけ多くの子供を攫って、それを個人で保管できるような奴がこの国にどれだけいるのかって話だよな

 消去法で犯人限られてくるだろ


 つまり犯人は国


 385 名前:名無しの探究者

 俺被害にあった家族に知り合いがいるんだけど

 マジで何の物音もなく、ほんの数秒で密室だった自宅から子供が消えたらしいぞ


 386 名前:名無しの探究者

 >>385

 マ?

 それならマジで予想すらできないんだけど

 瞬間移動でも出来る奴がいなきゃなりたたないような犯罪だろ、もう


 387 名前:名無しの探究者

 >>385

 誘拐事件の被害者に知り合いがいるとか、全く羨ましくなくて笑えない……

 ちなみになにか、世間に公表されてないことで手がかりになりそうなことって言ってなかったか?


 388 名前:名無しの探究者

 >>387

 とは言ってもな、ほとんど被害者の家族は発狂しかけてて、今は子供の幻覚までみるようになってて、どれくらい信憑性があるか……

 あ、いや、そういえば、一番最初に変なこと言ってたな


 389 名前:名無しの探究者

 なに?


 390 名前:名無しの探究者

 もったいぶるな、良いから早く言え


 391 名前:名無しの探究者

 いや、マジでどうでもいいようなことなんだけど

 そこの家族、結構きれい好きで、普段は家の匂いとかほとんど無臭なんだけどよ


 その事件の後はその家の中、やけに甘い匂いがしてたんだと






 ‐1‐





 誘拐事件を解決するための調査をしていくことを決めたものの、学生の身でやれることは限られている。


 学業は疎かにできないし、夜更かしだって限度がある。

 例えばどこぞの超人高校生探偵だって、日常生活を送りながら本物の探偵のように24時間の張り込みなんて出来ないだろう。

 結局、何が言いたいかと言うと、肉体的かつ物理的に不可能な調査である以上、異能を使った効率的な調査が必要になってくると言うことだ。


 私の異能の出力、つまり私は自分を中心として半径500メートルの範囲であれば読心程度ならできる。

 やらない様にと心がけているが乱雑に他人の心を抉ることを許容さえすれば、範囲内に入った人の心の奥深くに隠した感情さえ読み取れるが、流石にこれは除外した。

 無理に人の精神をこじ開けると、その後に影響を及ぼしかねない。


 色々と条件や制約を付けて自分のやれることを考えていく。

 そうなってくると、常時出力を最大にして日常生活を送り、出来る限り周辺を散策するようにするのが現状のベストと言う結論に落ち着いた。

 範囲内に入った人がせいぜい軽く考えている事を読む程度に抑え、不埒な思考をしていて事件に関係のありそうな人物をピックアップし、あとはその相手を叩く。

 そうすれば私の予想通り、多くの人数が関わっているこの誘拐事件の情報なんて簡単にたどり着けるだろうからだ。



 そう結論付けてから数日経過したばかりの学校帰り。

 まだまだ続いていた学校でのボッチ生活に、本格的に心を折られ始めていた私が感知したのは、“誘拐の実行”と言う不穏なワードを考えた者達の集まりだった。

 まだ異能での探知を始めて半日、想像以上に速い事件解決の取っ掛かりに、私は浮足立つ気持ちを抑えきれず感知している対象がいる建物へと足を向けた。


 どうせボロい建物で集まるごろつきだろうと想像していたものの、辿り着いた場所は最近建てられたばかりの最新式の高階層ビル。

 入り口には直接雇った警備の人も立っており、関係者以外立ち入り禁止の看板もしっかりと置かれている。

 見るからに財源が豊富であり、人材だって吐き捨てるほどいそうなその場所に直接乗り込むのは正直恐い。



(……出来ないことは、ないんだろうけど……)



 私の力はあくまで精神、意識と言ったものに作用する力でしかない。

 つまり、目の前の人間がどんな才能を持っているのか即座に見抜けるわけでもないし、もしも同類(異能持ち)と相対しても相手の異能が詳細に分かるわけではないのだ。

 いや、直接他の異能持ちと相対したことは無いから、憶測混じりではあるが恐らくこれは間違いない。


 そして私の異能も便利なもので、他人の意識外に自分の存在を持って行って認識させなくするなんて荒業をすれば、目の前の建物に侵入するのはさほど難しくはない。

 だがもしも、それを無効化できる異能持ちがあの建物内に存在したらどうなるか。

 あくまで意識外に自分を置くだけだから、一度見破られれば相手が私から意識を逸らさない限り再び意識外に置くことは難しい。

 何の支援も、別の手札もない段階で、危険を冒して敵の本拠地に侵入するプロ意識を私は持ち合わせていない。


 もちろん考えすぎと言われればそうかもしれないが、現状の誘拐事件を考えればそれも仕方ないと思う。

 なぜならこの事件にはまず間違いなく自分の同類が関わっている。

 私はそう確信しているからだ。



(……それも、私と同じように他人に認識されずに移動が可能な面倒な異能を持った奴)



 ――――甘い匂い。


 ネットサーフィンをして、情報を集めていた時に見かけたそんな情報。

 有力な手掛かりになりえるその情報は、やはり異能を知らない人からすると大した情報と思わなかったのだろう。

 その話題が出たネットの掲示板ではすぐに興味を失ったように話題にも出されなくなっていた。

 しかし私にとってその情報はかなり大きく、この誘拐事件へ関わる異能持ちへの理解を深めることが出来た。

 匂いが関わり、移動が可能、そしてその移動は他人に違和感を感じさせない。

 そうやって情報が真実を絞り出してきた。

 さらに私はこうして、支部ではあるだろうが犯罪者達の拠点を突き止めている。

 相手は私と言う、常識はずれの存在を認識していないのだから、有利なのは完全に私の方だ。


 後は、異能を持つ人物の形と背後にいる組織についてはある程度探っておきたいのと、誘拐されている子供達の安全も早めに確保したい。

 外国に連れ出されていたとなると面倒だが、流石にその可能性を考えて国が出入り口である空と海くらい抑えているはずだ。



(誘拐現場と同じ区内にあるこのビルの中で監禁……なんてことは流石にしてないと思うけど)



 近くの植木の柵に座り、手に持った飲み物を口にしながらぼんやりとビルを眺める。

 誰か一人でもあのビルから事情を知る者が出てくればやりやすいんだけれど、なんて思いつつ、そんな幸運がある訳ないだろうと自分に突っ込みを入れた。


 情報と言うのは生命線だ。

 特に、白昼堂々とやれないような後ろ暗いことをする奴らならそれは顕著だろう。

 そんな、骨子ともいえる情報を所持した人が一人で出歩くなんて幸運ある訳ない。

 そんなにザルな体制なら、組織としては下の下な筈だ。


 だからまあ、出直そうかなと腰を上げ掛けた私の視界に、ビルから出てきた一人の男が入ってきた時、口に付けていた飲み物が変なところに入り思わずむせてしまった。


 不機嫌そうな顔を隠そうともしないゴロツキに近い男。

 高価な服に身を包んでいるものの、内から溢れる品の無さが身なりと反比例する形で貶めているのが遠めの私さえ感じとれてしまうような奴。

 そんな奴が、グチグチと苛立ち混じりにビルから出てきて、その思考の中に誘拐事件に関する重要そうな情報が入っているのを確認して唖然とする。


 まさかこんな財力を持つ組織が、こんな程度の低い奴を重要ポストに置いているのだろうか?



「ひ、樋口様っ! せめて付き添いをお付けください! 今から人数を確保しますので……!」

「うるせぇ!! いらねーんだよそんなもん!! こんな極東の小国で護衛が必要な状況なんてねえ!!」

「で、ですが……」

「あー、クソムカつくぜ……! なんで俺がこんなことを……!! しかも大人しく経過を見守れだと……!? 嘗めやがってっ、俺を誰だと思ってやがる……!!」



 追ってきたスーツの人を足蹴にして、柄悪くビルから出てきた男はぶらぶらと歩いていく。

 その目的は特になく、あくまで気晴らし程度の散歩のようだ。

 追っていたスーツの人が仕方なさそうに、警備の人にこっそり後を付けて護衛するように伝えているのを確認して、数人増えた重要情報を持った奴らが無警戒に出歩くのだと理解した。


 口に近付けていた飲み物を下し、私もその男の後を追う。

 あくまで視界で捉えるのではなく、異能の届く範囲で標的を捕捉して、間違っても追跡していると思わせないように、私は男の後を追いかける。



「……あは」



 つ、と出力を上げる。

 スーツの人から連絡を受けただろう街中に馴染めるような格好でビルから飛び出してきた筋肉質な人達の意識外に、私とあの男を持っていく。

 そうすればほら、護衛の人達は護衛対象の男の存在を見失い、男の真横を通り過ぎて慌てて街中へと走っていった。


 そのあと私は目的の男へ向けて異能を発動させ仕込みをする。

 万が一でも制圧できるよう、異能を男へ張り巡らせる。


 これであとは適当な場所で。

 勝手にあの男が人目のない場所へ行くのを待てばいい。

 情報を引き摺り出せる時を、私はただ待てばいい。





 ‐2‐





 端正な少女が制服姿のまま街中を歩いていた。

 髪は金色に染められ制服も着崩し、校則違反が所々散見される彼女の姿は、燐香が見ればお近づきになりたくない人物筆頭のギャル系少女である。

 薄く化粧を施している顔はかなり整っており、すれ違った人の半数以上が振り返るほどに見目麗しい。


 そんな少女が一人学校帰りに目的もなく街中をふらついている。



(……新しい学校の人達、みんなつまらなそうだった)



 下がった目元から感じる優し気な印象とは裏腹に、彼女の思考は酷く冷淡だ。



(学校の勉強もつまらないし、仲良くなりたい人もクラスにいない。こんなことならもっと校則が緩いようなところに行けばよかった。そうすれば見る分には面白い人達もいっぱいいたんだ)



 彼女の頭に過るのは、新しく入学した高校の光景。

 平凡な校風、保身ばかりの教師に、従うことしか知らない生徒達。

 どれも面白みに欠けていて興味すら沸かない、父親が偏差値の高い高校に入学してほしいと言うから今の高校を選んだが、失敗だったと言う落胆が彼女にはあった。


 今日一日のつまらない時間を慰めるために、こうして街中をぶらついているが、どうにも刺激が欠けている。



(……そう言えば、入学早々学校に来なかった子。どんな面白い感じの奴かと思ったけど、目が死んでるだけの平凡な娘だったな。友達が作れなくて絶望してたのは面白かったけど……正直期待外れ)



 少しだけ注目していた女の子を思いだすが、それも期待外れが否めない。

 燐香が聞いたら気を病んで寝込むようなことを考えた少女は、手に持った買い物袋を揺らしながら街中を歩く。

 適当に買ったおやつをつまみ、次は何をしようかと視線を彷徨わせていたが、突然路地脇から現れた複数人の集団に目を丸くする。



「……なんだろう、あの集団」



 君子危うきに近寄らず。

 あるいは尊敬する父親が言っているように、おかしな奴とは関わり合いにならない様にと、さっ、と道の端に避けてその集団に道を譲ったものの、袖子の意思とは反対にその不審な集団は彼女に声を掛けてくる。



「おい、この近くで背が高くて金髪で髪をオールバックにした若い男を見なかったか」

「えっ……全然そんな人は見てないです」

「っち、どこ行ったあの人。まあどうせいつもの場所付近だろ」



 そう言って、お礼も言わずに走っていった集団を見送った少女は眉間にしわを寄せる。

 妙な集団だった。

 やけに筋肉質で荒事に慣れてそうな。

 少女は関わり合いになりたくないなぁと思う反面、退屈だらけだった一日の中で訪れた刺激的な誘惑に襲われる。



(……あの集団。きっと何かしらの悪いことに関わりのある奴ら……かも)



 日々の刺激不足でついそんなことを考えてしまった少女、山峰袖子(やまみね そでこ)は警察官僚の父を持つ正義感溢れる少し無口な女子高生だ。


 好きなものはおしゃれと仮面ライダー。

 幼いころから秩序を守る父親の背中を見て来た彼女は、多少ひねくれ曲がっているものの、悪を挫く正義に盲目的な憧れを抱いていた。

 目の前に現れた不審者集団など、彼女が見逃せるはずがない。

 それが、日々の刺激不足の中で出会ったものならなおさらだ。


 前を走っていく不審な集団の後をこっそりと追いかけ始める。

 こんなギャルギャルしい見た目だが、袖子は幼いころから文武両道を地で行っており、特に運動神経は同年代の中では飛びぬけて優秀であったため、危険だと感じてから逃げる事くらいなら容易だろうと言う根拠のない安心感を持っていた。


 それに、最近こそ犯罪が増えて世間が慌ただしくなっているが、基本的にこの国は他国と比べて犯罪率も少なく比較的安全が保障されているのだ。

 そこまで不安になることもないかと袖子は結論付け、角を曲がっていく不審な集団の後を追う。



(最近はお父さんが誘拐事件に頭を悩ませてるし、もしもこれが解決の糸口になったらお父さん私を褒めてくれるかも……)



 そんな風に考えて、危険性を理解しながらも袖子は心のどこかで楽観視をしてしまった。


 きっと、この世に蔓延る悪意と言うものを彼女は甘く見ていたのだろう。


 そんな不審な集団を追って入り込んだのは、夜の店が並ぶ人通りの少ない路地で。

 コソコソと、複数の男達を隠れながら追っていた彼女が辿り着いたのは地下へと続く一つの建物。

 薄暗い場所にあるにも関わらず中からは多くの人の気配がする。

 距離を空けて、警戒するように様子を窺っていた袖子だったが、両腕を掴まれた焦点の定まらない目をした男が黒服の人達に建物の中に連れ込まれる光景を見て、これは流石にまずいと慌てて踵を返した。

 人通りの多い通りに出られればと逃げ出したものの、本当に危ない場所を初めて見たせいで焦りすぎた袖子は路地に入ってきた男に気が付かず、そのままぶつかってしまった。



「いつっ……! あ、すいません……」

「あ? ……へぇ」



 尻もちをついた袖子が謝罪を口にするが、ぶつかった男は品定めするように袖子の顔を覗き込んだ。

 袖子が男の失礼な態度に眉をひそめる間もなく、男は自然な動作で彼女の首を掴み、そのまま人通りの少ない路地へと引き摺っていく。

 筋肉質で体も大きな男になす術なく引き摺られていく袖子は悲鳴を上げようとするが、声を上げ掛けた瞬間、男は袖子を放り投げた。

 そして、大きく振りかぶって倒れ込んだ袖子のわき腹に蹴りを加える。



「ひぐっ……!?」



 平均よりも少し高いであろう身長の袖子の体は壁に叩き付けられ、何とか逃げようともがいた袖子の顔を男は容赦なく蹴りつけ、延々と暴力を振るい続ける。



「は、ははは、そうだよ。こういうのがねえとさぁ、つまんなくて仕方ないんだよ!」

「ひっ……いぃっ、やめっ、やめてくださっ……あ゛あ゛っ……!」



 逃げ出すことなんてできやしない。

 危険だと思ったときにはもう遅かった。

 なおも続く容赦のない暴力で散々痛めつけられた袖子は口から血を流して動かなくなる。

 朦朧とする意識の中で、なおも襲い来る激痛に何度も意識が飛びかける。

 浅い呼吸へと変わり、悲鳴を上げることも助けを呼ぶことも出来ない状態へと陥ったのを確認した男はそこでようやく彼女へ向けていた暴力を緩めた。



(な……ん、で……こんな目……に……?)



 嗜虐的な笑みのまま、袖子が抵抗しようがしまいが関係なく、何度も何度も暴力を振るう男に絶望する。

 もうどうしようもないのか、そう思った時に男の背後から近寄ってくる複数人の影に気が付いて一縷の希望を見出すが、そいつらが男に声を掛けたことでそんな希望は簡単に打ち砕かれる。



「うるさいと思ってきてみたら、ちょっと樋口さん、なにやってんすかー」

「あ? ……ああ、お前らか」

「片付けるこっちの身にもなってくださいよ。それどうするんすか」



 親し気に男へ声を掛けた集団に、もう逃げられもしないのだと理解した袖子がうつろな力ない目から涙を流す。



「適当に始末できんだろうが、顔も悪くねえし商品にもなる。適当にやっときゃ、“紫龍”のやつを追いかけるのに夢中な警察はこんな小娘一人の家出程度捜査も出来ねぇよ」

「ちょ、そいつ樋口さんに何したんすか? やけにボコボコにするじゃないっすか」

「ぶつかってきやがったんだよ。丁度イライラしてたからな、良い物拾ったわ」

「ははは、ひっでぇ!」



 ケラケラとなんでもない事のように笑う男達に恐怖する。

 なんであんな奴らを追ってしまったんだと後悔する。

 こんなことになって、何が悪かったのだろうと絶望する。


 これから自分はどうなるのだろう。

 朦朧とした意識でそんなことを考えた袖子が最後に縋ったのは、尊敬する父親だった。



「パパ……助けて……パパ……」



 地面を引っ掻くようして、視えない誰かに手を伸ばした袖子に、男達は笑い声をあげる。



「ははは、なんだコイツ。パパだってよ可愛ー!」

「どうします? とりあえず、あそこに連れ込みますか? あそこなら簡単な処理くらいしてくれるでしょうし」

「……ていうかよ、お前ら。そんなダラダラしてていいのか? 連れだって俺を走り抜いていったけどよ。何か用事があったんじゃねえのか?」

「へ? 俺らは樋口さんを追ってたんすよ?」

「はぁ? お前ら、俺の横を走って通って行ったぞ。俺に用事があった癖に俺を通り過ぎるとか、目が悪くなったんじゃねぇか?」

「ええ!? そ、そんな筈は……」


「パパ……痛いよぅ……」


「ちッ、なんだコイツうっせぇな!」



 ドッ、と顔を蹴り上げられた袖子が壁に叩き付けられる。

 もう言葉も聞き取れないようなことしか呻かなくなった袖子に、興味を失った男は適当に連れて行くように指示を出しながら、証拠を隠滅させるために会社に電話を掛ける。

 あとは適当に手駒の“紫龍”にでも誘拐事件を起こして貰えば、この娘が行方不明になったところで捜査の手は薄いだろうと手配しようとしたところで――――


 ――――ふと、男は自分達の背後に誰かが立っていることに気が付いた。



「――――……は? コイツ、いつ入ってきた?」

「え? 誰の事です?」



 後ろに立つ奴を指差して示しても、袖子達を運ぼうとしている男達はそこに何も見えないかのように辺りを見回す。

 黒い毛布を頭からすっぽりと覆うようにかぶった長身の人物など、すぐに目が付くはずなのに。



「ふ、ふざけてんな! すぐそこに――――」


『――――悪性を晒し、醜悪を撒き散らす』



 誰も口を開いていないのに声がする。

 頭の中で反響するような声がする。


 パチン、と言う音がして袖子達を運ぼうとしていた男達は一斉にグルリと白目を剥き、その場に崩れ落ちた。

 何の抵抗も出来ないまま、屈強な男達が一瞬のうちに地に沈んだ。


 顔も見えない長身のそいつは、いつの間にか目の前に立っている。

 至近距離で見上げる形なのだから、隠れた毛布の中が見えるはずなのに、そこにあるのは真っ黒な空洞だけで、まるでそれに貌が無いのかと思ってしまう程に歪だった。



「ひっ……!?」



 いつの間にか後ずさりした男の背中に冷たい壁の感触。

 咄嗟に殴り掛かったものの、当たった毛布に沈み込んだ腕が呑み込まれ、引き抜くことも出来なくなった。



『……もはや更生は不可能……で、あれば』



 目の前で怯える男の意思など関係なく、真っ黒な空洞は嗤った。



『全部一度壊してしまえばいい。造り直すくらい訳はない』



 そうして一人の男の精神はこの日、欠片も残らず磨り潰された。




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