第三十エロ 対決!人食い

その異様な光景を彼は外から見ていた。


一見するとそれは洞窟のような見た目をしているが、地面から這い出したその体は洞窟というよりもミミズに近かった。


長く巨大なミミズだ。


そのサイズは洞窟サイズ。


彼はそれが人食いだとすぐに分かった。


人食いは、ガイラの町付近にしか生息していないので、ここらに住んでいない人には馴染みのないモンスターだ。


その名の通り、人を食うモンスターだが、自ら人間を襲うのではなく洞窟に擬態して人が口の中に入るのをじっと待っているタイプだ。


つまり、助態たちが洞窟の入り口だと思って入った場所は、人食いの口だったのだ。


彼が異様な光景だと思ったのは、その人食いが何やら苦しんでいるように見えたからだ。


それはつまり、人食いが人間を食べたのにどういう理由か体内で暴れていることを指す。


通常ならば中に迷い込んだ人間を人食いは、すぐに消化すべく動くのだが今回は迷い込んだ人数が多すぎたのだ。


人間で言うところの、一度に多くの食べ物を呑み込んでしまった状況だ。


更に偶然にも助態が何度もリバースをした。


想像してみよう。自分の体内で生物が食べ物を吐くことを。


つまりはそういうことを人食いはされたわけだ。


「何だか分からないけれど、苦しんでいるようね~。」


おかま声で話す彼の声は、助態たちが洞窟内で聞いた声と同じ声だった。



洞窟内にいる助態たちには、それが人食いだと知る術もなければ、外で彼が人食いと今から戦おうとしていることすら分からずにいた。


しかし、目の前の池が恐らくは胃酸であることが分かり、ひとまずはその地から離れることにした。


「ここが生き物の体内だとすると、俺たちが入ったあの入り口が口だったってことですかね?」


助態が隣のティーパンに聞く。


あぐらをかいた膝の上ではちあがすやすやと眠っている。


洞窟内、いやモンスターの体内だと分からないが、ちあが眠っているところを見ると外は夜なのだろう。


「多分ね。まさか人間を捕食するモンスターがいるなんて思ってもみなかったけど…」


助態の質問に頷きながらティーパンが言う。


ティーパンが冒険をして出会ったモンスターの中には、襲ってくる個体はいても捕食する個体はいなかったようだ。


もっとも、ぷーれいに欲情するようなモンスターもいるのだから、ティーパンが知っているモンスターが全てではないのだろうが。



それでも、熟練だと思っていたティーパンですら知らないモンスターがいたことは、助態にとっては驚きだった。


魚名人が見たことも聞いたこともない魚を見たと言っているのと同じ感じだ。


「これからどうしますか?」


純純が聞く。


どうする。とは、ここからどうやって抜け出すのかという意味だ。


今助態たちは、胃酸だと思われる池から少し離れた場所で座っている。


むやみやたらに動くとまた、洞窟(モンスター)が蠢くため、迂闊に動かない方がいいだろうという結論には至っている。


「思うんすけど。」


片手を挙げて発言の許可を求めるかのようにぱいおが口を開く。


「外に人がいるんすよね?その人ってウチらのこと助けてくれたりしないんすかね?」


「どうだろ?俺たちの声が聞こえてるわけじゃないだろ?」


少し考えてから助態が言うと、隣のもふともも頷く。


「そうだねぇ。アタイたちが食べられてるんだとしたら、この洞窟に見えたモンスターを倒そうとしてるだけなんじゃないのかい?」


「ねぇ。それってまずいんじゃないの?」


もふともの考えを聞いたアンアンが言う。


「外にいる人が私たちを食べたモンスターを倒そうとしているんだとしたら、私たちが食べられていることを知らない可能性もあるんじゃないの?」


「・・・あり得るね。すると中にいる私たちごと倒すような攻撃をされる可能性もあるね…」


アンアンの考えを聞いたティーパンも、少し考えてから口を開いた。


最後に、急いで出ないと。と付け加えた。



人食いに食べられた助態たちは、一刻を争う状況に陥っていた。


人食いを外から攻撃するおかま、いーげには知る由もないが、人食いは助態たちを食べている。


とにかく目の前にいる人食いを倒して、被害に遭う人間を減らそうとする考えしか頭にはない。


そんないーげの考えを何となく気が付いている助態たちは、一刻も早く人食いの体内から脱出しなければという焦燥感に駆られる。


「外にいる人がこの洞窟モンスターを倒す前に脱出しないと、私たちもモンスターと同じ運命になっちゃいます!」


慌てるようにルブマがティーパンがさっき言ったことを繰り返し言う。


それもう聞いた。ともふともが走りながら呆れる。もう3度目の繰り返しだ。


今、助態たちは洞窟の入り口であるモンスターの口に向かっている。


外の人物がモンスターに攻撃を加えているため、中で食べられている助態が走ろうとどうしようと、くねくね動くのは変わらない。


「正に蠢く洞窟だね。」


走りながらティーパンが呟く。


横の壁がモンスターの肉ならばと、大刀で先ほど攻撃してみたが、びくともしなかった。


ティーパンの予想では、体内からの攻撃にはほぼ効果がないのだろうということだ。


「オロロロロ~。」


助態のリバースも二桁に突入した。


「うぎゃー!また汚されたっすー!」


叫びながらぱいおが助態の汚物を純純の服で拭き取る。


「ちょっ、やめてください。」


本当に嫌そうな言い方を純純がしたので、助態はすごく傷ついた顔をした。


「俺、勇者だよ?」


「常に発情して他人に色んな体液をぶっかける勇者っすけどね!」


「いっ、色んな体液ってなんだよ!」


「そりゃー唾液とか、セー」


「見えた!」


助態とぱいおの言い合いを遮るようにティーパンの鋭い声がした。


おかげでぱいおの、し。という言葉は誰にも聞こえなかった。


ティーパンが指さす先には月明かりが見える。


モンスターが口を上に向けて開けているからだ。


その口の外に向かって助態たちは脱出した。



「あんらぁ~?アナタ達人食いに食べられていたのね~?」


喋り方は女だが、その声質は低く渋い。


助態たちは洞窟に擬態していたモンスター、人食いの口から何とか脱出したところだった。


人食いの口は想像以上に高い場所にあったようで、身軽さが売りのもふともと熟練のティーパン以外のメンバーは地面にべちゃっと着地をしたり、しりもちをつく形となった。


助態は地面とキスをしていた。


ちあはどういうわけか助態の背中の上に着地していたが、その衝撃で目を覚ましたようだ。


「なっ…」


見事な着地を見せたもふともが絶句する。


「なんじゃこいつは?」


そのもふともの絶句をものの見事にちあが言葉に言い表した。


助態もその妙に違和感のある話し方に目を上げると、話し方だけでなく姿恰好までもがとんちんかんな大男がそこには立っていた。


「あんらぁ~?いい男じゃな~い?あちきのタイプよ~ん。あちきはいーげ。よろしくね~ん。」


いーげと名乗った筋肉ムキムキのブリーフ一丁の大男は、そう言って助態にウインクした。


よく見れば、ゴツゴツした顔に剃り残しなのか青髭が目立ち、すね毛も胸毛も腕毛ももじゃもじゃだった。


正にちあが言った、なんじゃこいつは。がぴったし当てはまる。


そのままムキムキのおかま大男は人食いに向かって走り出した。


素早くティーパンがそれに並走する。


一拍遅れてもふともも後に続く。


「あれは何?」


得体の知れないモンスターを見ながらティーパンは、得体の知れない大男に問う。


同じ得体の知れないものでも、モンスターよりは人間の方が信用があるようだ。


「あれは人食い。普段は洞窟に擬態してて迷い込んだ人間を食べるモンスターよぅ。」


両手を上に上げ、しゅたたた!と走りながら簡単にいーげが説明する。


「あれに食べられるとねぇ、外の声は聞こえるのに中からの声は全く聞こえないのよ~ぅ。まさかアナタ達が食べられてるなんて思ってもみなかったわぁ~ん。」


「どういうことだい?洞窟に擬態して人間を食べるモンスターなら、食われてるやつがいるかもって思うのが普通じゃないのかい?」


やや後方で話を聞いていたもふともが今度は訊ねる。


「違うのよ~ぅ。人食いってこの辺りにしか生息してないんだけどねぇ~。この辺に住んでいる人の中では常識なのよ~ぅ。だからみんな、まさか人食いに食べられる人がいるとは思わないわけ。」


振り上げた両方の手を組んで拳を作り、そのまま人食いに振り下ろす。


「どういうこと?確かにガイラ付近の人たちにとっては常識のことかもしれないけれど、ここを通る旅の人や商人だっているはずでしょ?」


今度はティーパンが大刀を人食いに振り下ろしながら言う。


「残念だけど、ここの近くには船の墓場があるからねぇん。旅人も商人もいないのよねぇ。」


さっきとは打って変わって、暗い声をいーげが出す。


「だからアナタ達も船の墓場を避けるようにこのルートを使ったわけでしょう?残念だけどこの先は行き止まりだけどねん。」


「ってことは!」


話を聞いていた助態が起き上がりながら声をかける。


「そうよ~ん。ガイラには船の墓場を通るルートか森を抜けるルートしかないのよぉ~。」


つまり、助態たちが人食いに食べられたのは、そういった土地勘を全く知らなかったから起きた悲劇だった。


「ガイラできちんと聞き込みをしなかったのも痛かったわけか…」


ちっ、と舌打ちをして八つ当たりをするようにもう一度大刀を叩きつける。


「あちきがお花を摘みに来てなかったらアナタ達は全滅だったわねぇ~ん。」


再びいーげが拳を叩き込む。


それに、といーげが付け加えた。


「この人食いはなかなか倒れないのよぅ。」



いーげが言うように、確かに人食いは全然倒れなかった。


少なくともティーパンの大刀攻撃を2度はくらい、いーげのパンチを何度もくらっている。


にもかかわらずダメージがあるようには見えない。


洞窟に擬態していた時は、洞窟にしか見えなかった人食いも、洞窟に擬態していない状態ではただの巨大なミミズだった。


「ちあに任せるのじゃ!」


いーげの説明を聞いていたちあが前に出る。


「大海の君臨者よ、反逆者を縛れ!水途束縛(アクアリストレイント)!」


ちあが構える杖から水で出来た輪っかが複数飛んで人食いの行動を制限した。


「魔導レベル8の魔導?おチビちゃん一体何者なの?でも人食いの行動を制限しても意味ないわよ?」


驚きながら言ういーげの言う通り、人食いは元々動きが速くない。


動きを制限する必要はあまりない。


しかし、水途束縛(アクアリストレイント)の効果は敵の動きを縛るだけではなかった。


「天候の支配者が怒れる嵐を呼ぶ!氷之雨(アイスレイン)」


ちあが杖を上に上げると、人食いの上空から氷が降り注いだ。


「あの魔導の効果には、属性攻撃が効きやすくなる効果もあるのよね。」


いーげの隣でティーパンが説明をする。


いーげは、口をぱくぱくさせながら、魔導レベル9…と呆気に取られていた。


無理もない。魔導レベル8を1回使用するだけでも莫大な魔力を消費する。


それどころか、きちんと扱える者も少ない。


それがまだ子供のちあが平気で扱えているのだから。


「ま。あの子は特別だから。」


そう言い置いてとどめと言わんばかりにティーパンが大刀で人食いを叩き切る。


「なかなか強いメンバーが揃っているパーティーなのねん。」


いーげもティーパンに合わせてパンチを叩き込み、ようやく人食いを倒した。

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