グローセ・ベーア(攻略対象につき)

 入学式がはじまる講堂へと向かう中、さっき主人公のアレクが現れたとき以上に、人だかりができていることに気付いた。

 さっきは女子生徒たちばかりだったのが、今回は男子生徒たちも集まって見学している。


「おお、やっているようだねえ。グローセ・ベーアの会議に、決着が着いたようだ」

「グローセ・ベーア……あっ! 見に行きましょう!」

「はっはっは……さすがアデリナ、爵位の匂いに敏感だねえ」


 やっかましいわ。

 グローセ・ベーアは、この学問所における特待生たちの総称のことだ。

 元々は、ドイツ語で北斗七星の意味を持ち、彼らのひとりひとりがこの学問所における希望の星ということで、グローセ・ベーアと言うんだそうだ。

 で、グローセ・ベーアの会議というと。


「会議はなった。君を新たなグローセ・ベーアへと迎え入れよう」


 凜とした声は、鼻をくすぐるような甘い響きがあった。

 朝日を受けて銀色の髪は光り輝き、エメラルドの瞳は強い意志を帯びている。

 グローセ・ベーアがひとり。ルドルフ・オフェルベックだ。

 フェンシング倶楽部の主将も務めている彼は、皇帝にも物言える立場の家系オフェルベック家の嫡男であり、品行方正、成績優秀、なによりも人を出自で見ないという気高い志から、最近少なくなった正統派攻略対象として、『ローゼンクロイツの筺庭』においても抜群の人気を誇っている。

 グローセ・ベーアの会議は、前にも言った投票制度だ。

 成績優秀、品行方正、友人多数と申し分ない人が、グローセ・ベーアの過半数の支持を得た場合に入れられると言う。

 ちなみに、今回加入したのは主人公のアレクではない。


「ぼ、僕……ですか? 今日入学したばかりなんですけど」


 困り果てた顔で、ルドルフを見上げているのは茶色い髪に茶色い瞳と、一見平凡な顔付きで、乙女ゲームの攻略対象にはそぐわなく見えるが。

 でもこのどこにでもいそうな雰囲気がたまらない、まだ社交界に染まりきってないようなカリスマ性がない未熟さ、なによりも爵位。爵位。この隙だらけなところが災いして、私含めて数多の爵位目当ての女子生徒たちのターゲットとなった不幸を呼ぶ攻略対象。

 ニーヴィンズ・アーメントはアーメント家の嫡男として、今回、グローセ・ベーアに選ばれたのだ。


「謙遜するなって。お前の入学式に出した論文。ダントツだったしなあ。それに品行方正だし、お前みたいな人には、絶対にグローセ・ベーアになって欲しいって思ったんだ」


 貴族にしては砕けた物言いの彼は、オスワルド・ヴェーガ。

 褐色の肌に黒髪。金色の瞳とエキゾチックな雰囲気が漂う彼は、元々は騎馬民族だったのが土着して爵位を得たという経歴だ。

 ちなみにルドルフとは親友同士なんだそうな。

 オスワルドの気安さで、少しだけニーヴィンズの雰囲気も柔らかくなったところで、オスワルドの隣にひょっこりと出てきた。


「はい、この学問所のために、共に頑張りましょう」


 赤毛に琥珀色の瞳が眩しく、真っ白な肌で華奢な体躯は、どう見ても私たちよりは年下の男の子だ。

 彼はウィリス・ホフマン。飛び級で学問所入りを果たし、グローセ・ベーアにまで選ばれてしまった、今代きっての天才少年だ。

 しかし……残りのグローセ・ベーアがいないな。

 つまりは、過半数の支持を得たってことだから、ニーヴィンズを選んだのはこの三人ってことなのかな。残りは反対したから、ここにはいないってことだろう。


「ああ……ルドルフ様は今日の麗しい」

 「オスワルド様、本当にお優しいわね」

  「可愛い、ウィリスくん。ぜひとも家に囲いたいわ」

 「あの新たに加入したちょっと地味な人も、よくよく見れば結構素敵ね?」

「今回は全員揃わなかったのは悲しいけど」


「ああ、グローセ・ベーアの方々と、ぜひともお近付きになりたいわねー!!」


 …………。

 私は頭が痛くなってきた。

 うん、わかる。これから一年後起こることを知らなかったら、こんな脳天気なこと言って、男の尻追っかけていればいいんだということを。

 今はいない残りのグローセ・ベーアは置いておいて、この中の誰かひとりを、手始めに私の味方に付けたいところだけれど。どうしたもんか。


「やあ、君は誰をパトロンに選びたいのかね」

「……正直、一番チョロそうなのは、ダントツで今、グローセ・ベーアに選ばれた方、ですわね」


 ニーヴィンス。彼はまだ右も左もわかってない中、入学試験の論文が目に留まって、めでたくグローセ・ベーア入りした幸運男子。

 彼ははっきり言って、他の攻略対象よりも圧倒的にカリスマ性もイケメン度も足りないけれど、いい人度というのは、他の追従を許していない。

 まだ学問所のしきたりや社交界のしきたりに染まりきっていない今の内に唾付けて、さっさと媚薬で囲い込む……そうしたいところだけれど。

 彼はあまりにもいい人止まりな上に、選択肢をひとつでも間違えたら攻略できないという、地味に攻略対象の中でも難易度の高いキャラでもあったりする。つまりは、アレクでもなかなか落とせないと考えたら、ニーヴィンスにはアレクと仲良く友達付き合いをしてもらったほうがいい。


「……彼、ものすっごくいい人でしょうから、おそらくはアレク様……先程の方とも仲良くなるでしょう。泳がせておいて、あの方と仲良くなってもらい、あの方の情報を彼から引っこ抜くという方法を考えたほうがいいですわ。あの方の最新情報を常に拾えるというのは、イニチアシブを握る上でも重要になりますわ」

「ふうん……アデリナはアレクのことを、危険視しているんだねえ」


 当ったり前だ。アレクは過去が過去だから、この学問所潰すのに躊躇なんてしないから。彼女が恋の相談をするとなったら、そりゃ男装している以上は男友達に相談するに決まってんだろ。だとしたら、その男友達のポジションとして、ニーヴィンスを泳がせたほうがいいに決まってる。

 どうせチョロいキャラなんだから、媚薬も疑わずに飲んでくれるはず。彼は後回しにする。

 続いて、ルドルフだけれど。

 彼ははっきり言って、正攻法でいけば攻略するのは一番手っ取り早いキャラだ。彼は正義と社交界の浄化に燃えているタイプで、家督を継いだ暁には、社交界の癒着を徹底洗浄する気なんだから、ローゼンクロイツ絶対滅ぼすって考えているアレクとは波長が合いやすいのだ。

 真っ先にアレクが狙うとなったら彼だろう。初っ端から彼女と対立するのは避けたいから、彼もパス。

 似たような理由で、オスワルドもパス。彼を落としにかかっていることは、親友であるルドルフに筒抜けだろうし、ルドルフを落としに行っているアレクにも通じてしまうかもしれない。

 今は媚薬を盛って男を落としにかかっていることを、アレクに知られたくないんだから、徹底的にステルスを決め込んでおきたい心。

 あとは……。

 私はニーヴィンスと笑顔でしゃべっているウィリスを見た。

 ……ウィリス、かな。最初にアレクが狙うとは思えないし、彼は他のグローセ・ベーアともパイプがある。彼を落とせば、芋づる式で過半数のグローセ・ベーアを落とせるかもしれない。


「……まずは、ウィリスくんを狙おうかと思いますの」

「ふうん、君が決めたことをあまり止めたくはないんだけど、僕は彼を最初に狙うのは止めたほうがいいと思うなあ」


 ジュゼッペが気のない声を上げる。

 なんでよ。彼、ゲームで攻略したときも、そこまで難しくはなかったと思ったんだけど。私はじと目でジュゼッペを見ると、彼は私の巻き毛に指を突っ込んでくるくると回してきた。


「君と僕の天敵だと思うんだよねえ、彼は」

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