一章④

 あんまり反省していると思えない華の様子に柳ははぁとため息を吐くと、腕時計を確認する。

「そろそろ葉月の順番だから行ってくる」

「うん、葉月のことよろしくね」

 当然だというように柳はわずかに穏やかな顔をして、去って行った。

 残った華は腕を組んで、進路のことを考える。

 たとえ年収が低くとも、契約によって朔からぶん取った資産が残っているので、ぜいたくしなければ一人でも生きていけるはず。

 とはいえ、一ノ宮の力があればすぐに華の居所など突き止めてしまえる。仮に自立できたとしても優雅にとはいかないだろうと考えると気が重い。

「式神でも雇ってくれるとこあるかな?」

 華のつぶやきを聞いた葵が複雑な顔をする。

あるじぃ~。俺達を出稼ぎに行かせるつもりかよ」

「だって、私一人でやっていけるか分かんないんだもの」

 成績を今から上げる自信がないともいう。

 高収入の会社は無理というらくいんを押されてしまった以上、一馬力では優雅な生活は維持できない。

 一瀬は一ノ宮の分家なのだから、当然のように優遇してもらえると思っていたのは楽観的すぎたようだ。

「大丈夫ですよ、主様。少々株でもうけておりますので主様を養うぐらいのへそくりはございますから」

 にっこりと微笑む雅のなんと頼もしいことか。

 が、しかし、気になった。

「税金どうしてるの?」

「うふふ。そこは抜かりなく」

 雅が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。そもそも戸籍のない式神が収入を得たからといって、税金が発生するのか謎である。

 式神に対する法律など存在しないだろうし。


    ***


 華は帰宅してから夕食までの間、自室でゴロゴロとしていた。

 そこへ、ひらひらと窓から入ってきたあずはが、あらしの頭にとまる。

『おかえり、あずは』

『ただいま~』

 嵐が上目遣いであずはに言葉をかければ、舌ったらずな声であずはも返事をする。

 そうして華も、帰宅したあずはに微笑みかける。

「おかえり、あずは。今日はどこに行ってたの?」

『うーんとね。いろいろ~』

 それじゃあ分からんと、苦笑する華があずはを見る目はとても優しい。

 一番古くから華の式神だったこともあるだろう。

 葵も雅も嵐も、華にとっては大事な式神だが、やはり十歳からともにいる初めて作り出したあずはは特別に感じてしまう。

『でもねでもね、途中でユズリハに会ったの~』

「ユズリハ?」

『ご主人様のお使いだって~』

 ユズリハは朔が最近新しく作った式神だ。

 シマエナガに似た姿をしていて、元からの式神である椿が受け入れやすくなるようにと、椿好みのもふもふとした小さな鳥だ。

 伝達能力に特化した式神で、あずはよりも速く飛べる。

 これまで何度も競争しているので、その能力の高さは間違いないが、究極的にタイミングが悪く、華といい雰囲気になった時に限って飛び込んでくるので、その度に朔に怒られている。

「ユズリハはなにしてたの?」

『分かんない』

「そっか」

 ユズリハは伝達のために作られたので、朔以外には言葉が通じないように作られているのだ。

 いくら同じ式神のあずはでも言葉は通じないので、どんな指示を受けて動いているか知りようがない。

 華は考え込み、むうっと唇を引き結ぶ。

 その表情には不満が現れていた。

「なんか最近の朔っておかしくない?」

 部屋の中には、華の式神が勢ぞろいしていた。

 けれど、明確な答えは返ってこず、唯一、雅が悩むように頰に手を当てる。

「そうですね。確かに最近朔様のご様子はピリピリされているような気はいたします」

「前は私が嫌がっても任務に同行させたり、知らないうちに巻き込んだりしてたのに」

 いつからだろうかと考えて脳裏に浮かんだのは、葛の姿だった。

 漆黒最強と呼ばれていた男の反乱。

 そして華は呪いを得意としている葛から呪いを受けた。

 幸いにして、自力でかいじゆしたので大事に至らなかったが、あの事件以降、朔がいらたしげにしている姿をよく見かけるようになった。

『華はもし俺が華を見捨てて国を選んだらどうする?』

 その言葉は、協会にて捕えていた葛が解放されて間もない時に問われたものだ。

 それを問いかける時の朔の声は弱々しく、いつものごうがんそんなまでの力強さはなりを潜めていた。

「……どうしてあんな質問してきたんだろ?」

 らしくないなと、華は思った。

 華が知る限りの朔は、誰よりも国を愛し、柱石を守る結界師としての責任感を持っていた。

 朔ならば、華に問うて答えを聞くまでもなく、『国だ』と答えているだろう。

 それほどに、五家当主の責任は大きいと、華は朔と結婚して初めて知った。

 それをなにより分かっているはずの朔がしてくる質問としては、違和感が大きい。

「なにかに巻き込まれてるんじゃないでしょうね」

「だとしたらあるじ様はどうされますか?」

 心の中で呟いたつもりが口に出ていたらしい。

 声の方へ目を向けると、雅が真剣なまなしで華を見つめていた。

 華はどう答えたらいいかすぐにはわからなかった。

 華の知らないところで、華が知り得ないなにかが朔を苦しめているのかもしれない。

 けれど、どこまで踏み込んだらいい?

 華は朔と結婚したが、それはあくまで契約から始まったものだ。

 朔の──当主の妻としての覚悟があるわけでもない。

 知らされたところで、華になにができるのか。

「本当に離婚を考えていらっしゃるなら、これ以上深入りするべきではないと思いますよ? 赤の他人になるのですから」

 穏やかにいさめる雅に、華は複雑な顔をした。

 雅の言う通りだ。

 これまで散々、離婚だ離婚だと騒いでおきながら、華は今自分から関わっていこうとしている。

 朔との離婚。

 けれど、最近では口にしつつも本気ではなくなってきていると、華は自分自身で気がついていた。

 それは朔も感じているだろう。そして、雅達も。

 もはや、華が『離婚』の言葉を出そうとも、じゃれ合いの一つになりつつあった。

 華はやれやれと困ったように息を吐く。

「はあ、朔と結婚するまでは気楽だったのになぁ」

 どうしてこんな状況になっているのかと疑問でならない華がそんな不満を口にすると、それまで真面目な顔をしていた雅が、クスクスと笑う。

「今さらですよ、主様」

「雅ぃ~」

 なにもかも雅に見透かされているようでなんとも言えない顔をしながら華は思う。

 前まではなにも考えず、ただ流されるままに生きて、老後は田舎で悠々自適に暮らしていければ最高に幸せだと本気で思っていた。

 それなのに、朔と出会ってから華の意識は華自身も予想外の方向へ変化しつつある。

「こんなつもりで結婚したわけじゃないのになぁ」

 困りきった言葉を吐きつつ、その顔には笑みがこぼれていた。

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