第8話

 霊験あらたかな人魚の肉を食べれば寿命が延びるとか不死になるとか。

 そういう話があることは、俺だって知っていた。

 それに八尾比丘尼の伝説なんて、俺のようなにわかよりもっと詳しい人間は五万といるだろう。

 身近で言えば、天堂とか。

 あいつにこの手の話をさせたらもう悲惨だ。

 止めなければ次の日まででも語りつくさん勢いだから、最後までその話を聞いたことはもちろんなくて。


 と、そんなオカルト好き女子の話は置いといたとして。

 結論から言えば、俺は人魚の血肉を口にしたようである。


 何をどれくらい、という正確な情報はない。

 なにせ死にかけて意識が朦朧としていたから。

 ただ、異物が体に入ったという感覚はしっかりある。

 

 岸辺で再び目を覚ました時に腹の傷が綺麗に治っていたことと、意識を失う前の記憶と自身に残る感覚を統合すれば、自然とそう結論がついた。

 人魚の存在について疑いを持たないことが妥当かどうかはさておいて、しかし実際に死を確信した人間が、無傷で目を覚ましたわけで。


 やはり人魚くらいいた方がしっくりくる。

 俺は、そういう存在が確かにいるのだと、あの日から疑うことをやめた。


 だから。

 だから、北見が吸血鬼であることもなんとなく最初から受け入れてしまったというか。

 ああ、いるんだくらいに思ったのは事実だ。


 ただ、こうも身近に、かつこの短期間で二度もそういったものと遭遇することには辟易していたというか。

 また天堂が余計なものを連れてきやがったのかと、うんざりしていたからこそ、心の中では北見が吸血鬼でなかってほしいとか、そもそもそんな存在はいなかってほしいとか願っていたのも事実で。

 

「だからかな。最初に北見の目を見た時も、見間違いであってくれって願ってた」

「そう。もしかして、あなたに催眠が通じないのって、その人魚の力のせい?」

「どうだろ。でも、そんなとこなのかな」


 ちなみに、天堂があの日以来俺に付きまとうようになったのは、別に助けてくれたことを恩に感じて俺に惚れたからとかじゃない。


 どうやら助けてもらった時に一度意識が戻ったらしく、その時血まみれだったはずの俺がどうして無傷だったのか、そこに興味を持ったらしく。

 かといって俺も初対面の人間に「人魚に助けられた」なんて言えるはずもなく、とっさに「俺は不死身だから」とか、むしろそっちの方が痛いまである台詞を吐いてしまった。

 それが天堂のツボにはまった。

 彼女はしきりに「やばっ、私より痛いやつ初めて見た」とか言い出して。

 翌日から、彼女のウザがらみが始まったのである。

 俺が俺ゆえに彼女に目をつけられたわけである。


「……ほんと、なんであの時あいつを助けたんだろ」

「まあ、人助けはいいことだから。それより和久井君、もう一つ質問いいかしら?」


 チラッと。

 窓の外を見ると日が暮れかけていた。

 今日はここまで、と言いたいところだったのだが、神妙な顔つきをした北見に対してそうも言えず、「ついでだからいいけど」とそっけなく。


「そ。なら聞くけど、あなたは不死身になったってことなの?」

「……さあ。でも、見てみろよ、これ」


 袖をまくって。

 さっき彼女に噛ませた個所を見せた。

 さっきまで、ぽっかり二つ穴が開いたようになっていたはずが、もう傷一つ残っちゃいない。

 綺麗も綺麗。

 生まれたての子供のように艶っとした肌だ。


「これ……やっぱり人魚の力なのね」

「まあ、さすがにこれはそうだろうな。でも、どうなるかわからないのに自ら死のうとは思わないから、不死なのかどうかはわからん」

「そっか。まあ、そうよね。自殺して確かめようとしてそのまま死んだんじゃバカみたいだものね」


 と。

 そんなことを言った時、北見はクスっと笑った。

 見慣れない笑顔だった。


 慌てたり怒ったりはあっても、笑うことはなかった彼女が見せた笑顔。

 それは、少々俺の心をくすぐった。

 美人の笑顔は、それだけで俺みたいな童貞には刺激が強い。


「……笑えるんだな」

「なによ。人を鉄仮面みたいに言わないで」

「言ってない。でも、笑ったとこ、初めてみたから」

「別に私はあなたと親しくなった覚えはないもの。だから当然よ」

「じゃあ、なんで笑ったんだよ」

「あなたって怪異に巻き込まれやすい体質なんだって思ったらおかしくて、つい」

「人の不幸を笑うなよ」


 なんて。

 文句を垂れながらも、俺も少し笑っていた。

 なんでかと訊かれはしなかったが、聞かれても多分答えなかっただろう。


 まあ、言えるはずもないことだ。

 少しでも北見の笑顔を見れたことが嬉しかったとか、そんなクサいセリフばかりが頭をよぎるんだから。

 口になんてできやしない。

 訊かれなくてよかったと、安堵するばかりだ。


「じゃあ、そろそろ」

「ええ、わかったわ。今日は急にごめんなさい。あと、色々と話してくれてありがと」

「感謝されることじゃないって。俺こそ、誰かに話したかったからすっきりした」

「そ。なら感謝しなさい」

「……ありがとな」


 時々、自分のキャラを思い出したように冷静になる北見はやはり滑稽で。

 でも、ツッコんだらまたワーワー言うんだろうなとか。

 ほんと、めんどくさいお嬢様吸血鬼と知り合ったもんだ。


 やれやれと、ベッドから立ち上がってそのまま部屋を出ようとすると、送るといって北見がついてくる。


「いいよ別に」

「迷子になるわよ。人の親切はありがたく受けなさい」

「迷子って……いや、そうだな」


 部屋を出ると、長い廊下が。

 それがどこにつながっているのか、そしてどっちに行けばいいのかも全くわからない。

 外観より、中はもっと広く感じる。

 見送りというか道案内が必要ってことか。

 

 進むと、曲がり角を曲がったところでまた長い廊下があり。

 そこの途中の階段を降りたあと、またしばらく歩いてようやく玄関へ。


「なんちゅう家だ。ほんと、迷路だな」

「広いのも考えものよ。さっ、靴は置いてあるから」

「ああ、ありがとな」


 北見は俺が玄関を出るとさっさと扉を閉めた。

 手を振るでも、名残惜しくこちらを見てるでもなく、そっけないものだった。


 なんてことを考えている自分に気づき、俺は一体何を期待してるんだと、頭を振って邪念をはらうようにしながら帰路につく。


 そして、自室にようやく帰ってこれた頃には外は真っ暗で。

 ようやく一日が終わったと、自分の狭いシングルベッドに腰を下ろしたその時。


 電話が鳴った。



 

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