第6話
「降りなさい」
リムジンはひと際大きな屋敷の敷地内で止まった。
ここが北見の家、なのか。
ただ、偉そうに降りろと命令されても俺は身動きが取れないでいる。
シートベルトがとれないのはまあわかるとして。
なぜか抵抗を続ける俺は手足に手錠をかけられた。
本気でこいつは俺を監禁する気だ。
「おい、外してくれないと降りれないぞ」
「失礼。シートベルトは外します。あとはご自由に」
「……」
どういう仕掛けか、北見が指をぱちんと鳴らすとシートベルトは勝手に外れた。
そして手足の自由がきかないまま、跳ねるように車を出たところで俺はバランスを崩して転倒。
「いてて」
「無様ね。まあ、お似合いってところかしら」
なんで急に冷血令嬢キャラになってんだこいつ。
地面からそんな彼女を見上げると、うっかり見上げてしまった。
スカートの中を。
「……白」
「え? きゃーっ! へんたい!」
「ぐほっ!」
うっかりパンツの感想を述べてしまった俺も俺だが、手錠をかけられて床に這いつくばる人間の顔面を思いっきり蹴り上げるお嬢様もどうかと思う。
とか。
そんな思考を最後に俺の意識は飛んだ。
見事なまでに顎に命中した令嬢のサマーソルトキックにノックダウンさせられた。
◇
「……ん?」
「あ、気が付いた?」
「ここ、は……」
目が覚めたら、北見がいた。
そうだ、俺は拉致されたんだった。
そして監禁され……るはずだったが、なぜか手錠は外れている。
それにここは……誰かの部屋か?
「私の部屋よ。光栄に思いなさい」
「勝手に連れてきておいてなんだよその言い草は……」
さっき顎を蹴られたせいか、少しフラフラと。
歯は無事なようだけど、血が出たのか胸元に少し血の跡がついている。
「……ごめんなさい。とっさのこととはいえ蹴ってしまったことは謝罪します」
「一応悪いことをしたら謝るって常識は持ち合わせてるんだな」
「当たり前でしょ。それによく考えて発言しなさい。あなたは今監禁されてるのよ」
「……これが監禁、ねえ」
どうやら俺のイメージした監禁と彼女のいうそれは別物のようだ。
その証拠に、広い部屋の中央にあるテーブルにはお菓子や果物が積まれていて、更に紅茶の良い香りが漂っている。
今からお茶しましょって雰囲気全開だ。
監禁って普通地下牢みたいな場所に、それこそさっきみたいに手錠をかけて椅子に縛っておくようなものだろ。
軟禁、にしても自由過ぎるというか。
そんな相手を部屋にあげる時点でもう監禁でも軟禁でもない。
ただの歓迎じゃねえか。
一体何人用だと訊きたくなるくらいデカいベッドの上で体を起こした俺は、すぐに降りて北見に言う。
「お前、これからどうするつもりだ」
「そうね。まずお茶にしましょう。話はそれからよ」
あたたかいうちに。
そういってティーカップに紅茶を二杯、慣れた手つきで注いでこっちに北見がやってくる。
「……いただきます」
毒でも入ってねえだろうなと思ったが、まあそこまではしないかと思って警戒レベルを下げた理由はよくわからない。
ただ、やることなすこと無茶苦茶な彼女だが、どうも悪人には見えなかったのだ。
お茶を注ぐ時の優しい表情、俺が目を覚ました時に見せた安堵の様子。
どれも、本当の悪人ならあんな顔はしないと。
そう思ってしまったのだ。
「どう、おいしいでしょ?」
「……よくわからんけど、いい香りはする」
「ま、あなたのような庶民ならそんなとこね。で、早速だけど色々訊きたいことがあるの。そちらに座って」
ベッドを指さされ、俺は再び広いベッドに腰かける。
すると隣に北見が座る。
紅茶とは違う、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「……なんで隣なんだよ」
「他意はないわ。顔を見て話すのが苦手なの」
「あ、そ。で、訊きたいことって?」
「あなた、私が他人の血を吸うことに対してどう思う?」
「どうって……」
「正直に答えなさい。嘘をついたら指千本ツッコむわよ」
「どこにだよ……」
それに針だろ普通。
って、そういう話をしてる場合じゃないか。
でも、他人の血を吸うことに対しての俺の感想、か。
なんとも難しい議題だ。
なにせ、まず普通に生活していてそんなことを考える場面なんて皆無だからだ。
フィクションの世界なら、そりゃ吸血鬼はかっこいいと思う。
不死身だとか、長寿だとかもそうだけど、なんかこう、存在自体がかっこいいというか。
人間の上位互換的なイメージを勝手に持っていて、ある種の憧れすらあるというべきか。
まあ、多くの人間がそう思っているからこそ、吸血鬼が主人公のアニメや漫画が今も絶えず人気なのだろうけど。
「……別にいいんじゃないかって、思う」
「え? それって、私が人を襲って血を飲むことを肯定するってこと?」
「そうは言ってない。でも、うまく言えないけどお前にも事情があるんだろ? だったらそれをいちいち咎めるのもどうかなって。人を襲うのはよくないことだけど」
うまくは言えない。
人を襲うのははっきり言って悪いことだと思うけど、吸血鬼が血を飲むことの大切さや意味を俺は理解していない。
だから全否定もできない。
もし仮に血を飲まなければ死ぬというのなら、じゃあ仕方ないかとすら思ってしまう。
人間だって自分の命を繋ぐためにたくさんの命を毎日いただいてるわけで。
吸血鬼にだけそれをするなと強要はできないだろう。
そんなことをすれば何様どころか人間さまだ。
一体どの目線からものを言ってるんだと、怒られそうだ。
「……じゃあ、私が血を飲むことは否定しないのね」
「その結論を出す前にひとつ。血を飲まないとどうなるんだ?」
「……わからない」
「じゃあ、普通に飯を食って生活してても死なないってことか」
「……多分」
「随分曖昧だな。でも、だったらちょっと意見が変わってくる。我慢できるなら我慢しろ。仕方なくではなく私腹を満たすためだというならやめろとしか言えないな」
なんだかんだと考えたが、それが素直な意見だった。
しかし反論するみたいに彼女が俺に言う。
「あのね、私だって別に衝動にかられて血を欲してるだけじゃないのよ」
「だったらなんでだ? 腹が減ったからみたいな理由じゃないのか?」
「人を節操のないやつ呼ばわりしないで。一応、血を飲むのには理由があるの。血を、飲まなくていいようにするため、というか」
「なんか言ってることが矛盾してるけど」
「う、うるさいわね。ええと、色々調べたのよ」
「なにを?」
「人間に戻る方法よ。そうしたらね、人の血を飲み続けるとそのうち人間になれるって文献を見つけたのよ」
「……そんな都合のいい話があるのか?」
「それくらいわかってる。でも、私だって早く人間に戻りたいの。だから……」
「……」
血を飲むのは、血を飲まなくていいようになるため。
随分と都合がいい話だが、それが嘘だと否定もできない。
なにせ、吸血鬼がいること自体が嘘みたいな話なわけで。
そんな嘘みたいな存在が血を飲んだらどうなるかなんて、ただの人間である俺に知る由もない。
「なあ、一定量ってどれくらいだ」
「わからない。それは書いてなかった」
「ふうん。でも、その言い方だと、生まれつき吸血鬼ってわけでもないんだな。いつからだ?」
「高校に入学する前の春休み、だと思う」
「思う?」
「いつ、というのが思い出せないの。でも、その頃から急に血が飲みたくなって、気が付けば無意識に使用人を眠らせて血を飲んでたわ。それがはじまり」
「なるほど。で、お前は今まで何人の血を飲んだんだ?」
「そ、それは……」
「何人を襲った? それは訊いておかないといけない」
「……五十人、くらい」
「そっか」
それが多いのかどうかもよくわからないけど。
でも、このままいつまでかもわからずにずっと人を襲い続けて血を飲み続ければ、いつかどこかでこいつの正体は世間に晒されるだろう。
今まで隠し通せたことの方が奇跡だ。
そして、今後もそうできるとは限らないというか。
多分無理だ。
いくら催眠術がどうとか言っても、こんな脇の甘いお嬢様ではすぐにボロがでる。
……いや、そんな心配以前にだ。
無差別に人を襲い続ける可能性のあるやつを放っておくのは気が引ける。
見て見ぬふり、というのが一番楽だし、そもそも厄介ごとには首をつっこまない主義の自分だけど……ってそういうことでもない、な。
多分。
俺は北見が人を襲い続けることが嫌なんだと思う。
話しててわかるけど、吸血鬼ということ以外はただのわがままなお嬢様で。
それでも望んで人に迷惑をかけたいような奴じゃないって、話してて知った。
だから。
「……わかった。お前が吸血鬼じゃなくなるために血を飲み続けるってのは理解したし、それを否定はしない」
「……それって」
「でも、人を襲うことはやっぱり容認できない。どんな理由があってもそれは犯罪だ。許されることじゃないし、知った以上は見逃せない」
「……じゃあ」
「だから、俺の血を飲め」
「……え?」
「死なない程度に、欲しい時に俺の血を飲め。それなら本人の同意の上だから襲ったことにはならないだろ?」
「そ、そうだけど……いいの?」
「良いも悪いもない。同級生が吸血鬼として無差別に人を襲うのを放置するくらいなら血のひとつくらいくれてやるってだけだ。その代わり、俺以外の奴の血は絶対に飲まないって約束しろ。いいな」
「……」
どうしてこんな柄にもないことを言ってしまったのか、後にも先にもわからない。
ただ、放っておけなかったという気持ちを持っていたのは事実だ。
それがただの同情か、それとも正義感か、はたまた彼女の色香に負けただけか。
どれにしても、柄にもないことを言ってしまった。
ただ、そんな俺の提案を彼女は静かに受け入れた。
「……わかったわ。その方がリスクも低いし、私にとって損はない話だから」
「なあ。今更だけど、仕方なく血を飲んでるだけなんだよな?」
「え? え、ええ。もちろんそうよ。私だって、好き好んで血を飲みたいなんて……じゅるっ」
「……ん?」
「ち、違うわよ! 誰も好きに血を飲んでいいと言われて興奮してるとか、今すぐあなたの血をいただきたいとかそんなはしたないこと思ってないわ!」
「……じゃあ、今日は帰っていいか?」
「え? ど、どうしてそんな冷たいことを言うの? あ、あなたの血なら好きな時に飲んでいいって言ったじゃない!」
「飲みたいなら素直にそう言えよ……」
結局。
彼女はどうしようもなく吸血鬼だったらしい。
あれこれ話したさっきの時間はなんだったのか。
色々と考えを巡らせた俺の時間は無駄だったのか。
なんて呆れながら、もう目を爛々とさせて俺を見る彼女の視線に耐えかねて。
渋々、腕をまくって彼女に向けた。
今から俺は吸血されると。
そう覚悟したが、不思議と怖さはなく。
すると北見は大きく見開いた目をジワリと赤くさせてから。
大きく口を開けた。
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