勇者をやめました

でるぴん

第1話 勇者をやめました

 この世界に違和感を感じ始めたのはいつからだろうか。


 勇者として仲間と共に魔王を討伐した辺りだろうか。魔王が消えた瞬間、急に知らない記憶が頭に流れ込んできた……。その時に自分が知らない自分を強く、強く感じたのだ?


 俺は長年の旅路を経て勇者として世界を救うことができたのに、なぜか心は晴れない……。何かがおかしい、そんな気持ちが湧いて出てきてしまう。


 仲間や世界中の人々は訪れた平和に喜びを感じ、笑顔に満ち溢れていた。しかし。俺は対照的に不安が日に日に募っていく。


 それから少し経ち、この気持ちが何なのかを突き止めるために俺は———「勇者」をやめることにした


 月日が経ち、俺は魔王の討伐時に蘇った記憶のヒントを探すために旅をしていた。


 陽が傾き、目の前がオレンジ色に染まり始めた夕暮れ、とある村に到着。日暮れというのに村は適度に賑わっている。こんな時間になっても人通りがあるなんて人が多く住んでいるのだろうか。


 まず新しい村に着いたらやることはその村の冒険者ギルドに登録することだ。そうしないと仕事を受けることはできない。


 そう、元勇者とはいえ今は金がない。勇者のときにもらった報酬は足がつくので魔王との戦争で家族を亡くした孤児たちの住む孤児院に全て寄付をしたからだ。


 ギルドで登録を済ませたら、まずは依頼を確認するのが鉄則だ。とはいえ、さほど目立ったものはないがひとつだけランクがAランクと高いものがあった。


「——楽勝だな」


 と思いつつも、俺のランクはまだ最低のFランク。


 冒険者としてのランクを上げなければこの仕事は引き受けることはできない。


 なぜ、ランクが低いかって?


 それは俺が自分の身分を隠しているからだ。


 そりゃあもちろん、勇者であったことを伝えられればランクは最高のSSSとなるだろう。


 しかし、今は勇者という身分を隠しながら生活をしている。なので、何も資格がいらない村人として登録することしかできなくなるために最弱のFランクというわけである。


 そんなFランクで受注できる仕事といえば、薬草採取などのだれにでもできるようなものだけだ。


 しばらくの間はこの村に滞在し、情報と資金を集めることとしよう。


 そんなこんなで一週間ほどの月日が流れた。


 「クリス、今日も薬草採りかい?精が出るねえ、がんばりなよ」


 この村の宿主とはすでに会話をする仲になっていた。


 しかし、ここでは偽名をつかっている。勇者の時の名前だとバレてしまうからだ。そして、名前にはもう一つ秘密を持っている。


 ここでの偽名はクリス。勇者時代はアラン。そして、転生前の名は「佐藤武(さとうたけし)」。そう、俺は元々他の世界からきた異世界転生者だったらしい。


 とはいえ転生前のことは断片的にしか覚えていない……。ただ、旅の途中で特定の条件の魔物を倒すと記憶の断片が蘇るということはわかった。


 しかし、この記憶が全て戻ったときに何か大きな出来事が起こるような気がして、とても不安で仕方がない。


 と、そんなこんなで今日も山菜採りに向かおうとしていたところ、村の門番達が何やら慌ただしく話しているようだ。


 どうもいつもと違う雰囲気を感じ、門番に何かあったのかを尋ねてみると。


 「おお、クリスさん。今日も山菜採りかい?でも申し訳ないが今日はやめておいた方がいい」


 門番たちは体はこちらを向けているが、どうも門の外が気になるのか顔はそちらを向いたままだった。


 おそらく何か悪いことが起こるのだろうと思うが、いかんせん自分の生活もかかっているわけなのでおいそれとは帰ることはできない。


 そんな経緯を伝えると門番は教えてくれた。どうやら魔物の群れがこの村を通るルートを移動しているそうだ。


 なるほど、それは慌てるはずだ。正直に元勇者の自分ならば討伐は容易だが、そこまで強い戦士たちがいないこの村で魔物と争うことはなるべく避けたいところなのだろう。


 しかし、この話は俺にとっては朗報だ。なぜなら、その魔物たちが「俺の記憶を呼び覚ます鍵」を持っているかもしれないからだ。


 俺は門番に別れを告げると、避けるべきと言われたルートに思念(意識だけを自分と分離させて周囲を探索する高等技術)を送り、周りの様子を見ることにした。


 すると、百匹ほどだろうか。狼型の魔物がこの村に向かっているようだ。このペースなら早ければ三日後にはここに到着するだろう。


 それにしてもなぜなのか。ヌシである魔王は倒したはずなのに、魔物たちの活動は日に日に活発化していた。俺たちが知らないところで何かが起きているのだろうか。


 そして、その日の夜、俺はその魔物たちを退治をするためにいつも寝泊まりしている宿の窓から飛び出し、誰にも気づかれないように村の外へ出たのだった。

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