たたけば埃が
この時代。隠し事なんて無意味だ。
たたけば埃が出る。という、ことわざがあるけれど、正にその通りになってしまった。
「ねえ、浮気してない?」と女が聞いたとしよう。それに対して男が、「してないさ」と嘘をつく。そこで女が男をたたいてみると、嘘が埃となって舞い上がる。結果、女はくしゃみをする。男はむせこんで崩れ落ちる。
埃はありがたいことに、なんのきっかけもなくたたかれても舞いはしない。それは、嘘をひそめないといけない会話の最中。図星となるものが心に発生したときに、たたかれると舞い上がるものだった。
そもそも、咎められるような隠し事をもたなければいいものだが、私利私欲に素直な人間はそれができない。埃の発生から二ヶ月と経たず、自己暗示と瞑想が流行になった。
心に荒波を起こさず。図星をつかれても、自分は無垢な人間ですと。平静でいられるように。そんな意図で流行った自己へのアプローチだったが、結局、なんの意味もなさなかった。
誰だって隠し事をするもの。それでも、人は他人の隠し事が許せないものだ。たたけば埃が出るようになってからというもの、あちこちで汚い粉雪が散布され、人の気道を苦しめた。
この事故を機に、健康増進法が改正され、人埃に対する法規制がなされた。タバコと同じ位置付けに立った人埃は、法のもと、緩やかに減退していくものだと思われた。
「なにか隠してない?」女が聞く。
「なんだよ、藪から棒に」俺は答えた。
「最近、様子が変。帰りも遅いし」
「そんなことないよ。忙しいだけだ」
「なら、たたいてみていい?」
「ダメだよ。禁止されてるだろ」
「隠し事がないなら人埃はでないでしょ?」
誰だって隠し事をするもの。それでも、人は他人の隠し事が許せない。タバコを嫌う嫌煙者だとしても、隠し事を明かせるなら、有害な埃なんて喜んで舞い上がらせる。デメリットばかりのタバコとは違って、メリットのある人埃においては、法律の抑止力もうまく機能しなかった。
彼女が俺をたたく。舞い上がる埃。
人埃がもたらした被害は、喘息持ちの人間を死に至らしめた一件だけではなかった。名前の通り、埃は埃で。トラッキング現象による発火からの火事が相次いでいた。
誕生日に向けたサプライズに動いていただけで、悪い隠し事なんてしてなかったんだけどな。……そう思ったとしても、図星をつかれた時点で答えを明かさなかった俺が悪いのか。
このときに舞った埃が俺たちを火で包むまで、そう日は遠くなかった。
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