仏の顔も三度まで?


平里町の住民は、どちらかといえば仏教の門徒が多い。

葬儀関係は実家で、お坊さんを呼んで行うという昔ながらの形をとる家庭がほとんどで、山川寺はそれらの仕事を一手に担う、地元密着型のお寺だといえるだろう。

ちなみに、山川寺は曹洞宗を信仰する寺である。


さて、そんな山川寺の側にちょこんと立つ、稲荷の社は住職が定期的に清掃しており、古いながらも小綺麗な様を保っていた。


颯太:「男二人を見張るって。なんで貴重な時間使って男なんか眺めにゃならんのよ。」


世界の弟は姉に勝てない。

それは全く別の家庭であろうと、

家族みたいな間柄の姉弟の様な二人であれば、当てはまる....のかもしれない。


たしかに、さやかクソババアのいう通り、山の中の寺にはまるで似合わないスーツを着た男が、稲荷の社の前に立っていた。


颯太:「見張ってなんかあるとね?」


ただ颯太は、決してさやかのいうことに従うのみでなく、尊厳を無視することには反対し、3回やって特に成果も得られないなら、わざわざ自分の時間を使う意味もないと、それ以降の頼みには突っぱねるという、世界の弟達が聞けば震え上がるようなことが実行できる、ジェンダーレス顔負けの人間であった。


颯太は、スーツの男たちをそれとなく眺めながら、今回の件は、その3回に達する匂いをヒシヒシと感じていた。


⁇:「ちょっとごめんよ。」


背後から声をかけられる。


颯太:「え、あえ?あ、はい。」


振り向くと目に入ったのはスーツ。

だが監視していた男とは別の男だった。


⁇:「君は、ここの息子さん?」


颯太:「はい。あの、なんか様ですか?」


⁇:「いや、なんかうちの相方をジロジロ見てるみたいだったから。ま、スーツだと怪しいよね。」


「自覚はあるのかよ」と、心中でツッコむ。


⁇:「俺たちはこういうもんです。これからちょくちょく寄るから、よろしく頼むよ。」


男は綺麗な所作で名刺を差し出した。

名刺には 


 株式会社ラブディア

 イベントプランナー・営業

 榎田 洋介


と書かれていた。

絵柄などもない比較的シンプルな名刺だった。


榎田:「あっちは義亀っていうんだ。今度祭りを平里町でやるんだけど、その下調べとして、一応いろんなところ回ってんのよ。

ま、ここ結構雰囲気いいから、仕事以外でもちょくちょく寄らせてもらう事もあるかも。

そん時はよろしくね。」


颯太:「え....あ、はい。」


榎田:「よし。えーっと、あー。そろそろ相方も調べ終わったみたいだわ。ほんじゃあ、住職に挨拶させてもらって、寺の中も見せてもらうか。ありがとね。」


男は踵を返して本殿へ向かおうと振り向いた。しかし、立ち止まり、思い出した様に顔だけ振り返って、


榎田:「そーいや君の名前聞いてなかったな。教えてもらってもいいかい?」


颯太:「山川颯太です。ここの息子。」


榎田:「OK、颯太ね。いい名前だ。

....一ついいこと教えといてあげよう。

何か思っても顔に出ないように練習した方がいい。

俺がスーツの自虐をした時とか、『自覚はあるのかよ』って顔で主張してたよん。

じゃあ、またな。」


颯太は顔を赤くした。


・・・・・・


さやか:「で、結局何してるのか見てなかったわけ?」


颯太:「いや、だってさ、そもそもなんの理由もなく監視しろって言われても、そんなに真剣にはやれないって。」


実家に置いてある原付を飛ばして山川寺にやってきたさやかに、チクチクと愚痴られる。

弟(ではないけど)はつらい。


さやか:「今二人はどこにいるの?」


颯太:「親父に挨拶いくって。本殿にいるよ。」


さやか:「おじさん元気?」


颯太:「相変わらず声は大きいよね。よく響く。」


さやか:「かなり久しぶりに会うけんねー。そういえば、あんたもちょっと見ないうちに太うなったよね(*1)。」


颯太:「あんたも見ないうちに太くなったイタッ。」


脛に蹴りが飛んできた。

さやかは仏にはなれないなと思った颯太であった。


・・・・・・


住職:「町長の?そりゃぁ、ようこそ遠いところまでいらっしゃいました。

しかしまた、うちなんかの田舎の寺になんか御用ですかね?」


榎田:「神田祭のお手伝いをさせていただいてるんですが、実際祭りを行うにあたって、町の魅力や祭りのルーツなどを調べたりインタビューしてるんです。

皆さんにはちょっとしたことでも、そういったものが外部から人を呼び込むキッカケになったりするんで。」


住職:「はぁ〜、それはまた。ご苦労様です。まあ、私に答えられる事であればなんでもお教えしますよ。」


義亀:「ありがとうございます。

早速なんですが、一つ質問を。

お隣に稲荷がありますが、お寺さんに稲荷の社って珍しいと思いまして。

何かルーツでもご存じであればお教え願ってもよろしいでしょうか。」


住職:「なるほど。承知しました。

ここら一体、平里町というのは、

昔、源平合戦で敗れた平家の落武者がやってきて、やがて土地の主になったと、都市伝説みたいなもんですが、言われております。

それが理由なんかわかりませんが、うち、山川寺はその時から建てられた結構寺でして。

隣の稲荷さんは、そうしてうちが建てられる前から土地の人たちに慕われてた土地神様の社らしいんです。

で、うちを建てる時、当時の感謝を忘れん為とか、そういう理由で残させてもらったと聞いてます。」


義亀:「じゃあ、かなり歴史のあるお稲荷さんなんですね。」


榎田:「お稲荷さんとして扱われたのも、実は後付けだったりしたりするかもですね。」


住職:「まあ、私は仏教徒ですから、神道のことについてはあまり詳しい事は分かりませんが、それはあながち間違っていないかもしれんですな。」


義亀:「なるほど。ありがとうございます。

ちなみに先程、平家の落武者がこの土地に来たって話、してましたよね?

それって結構有名な話なんですか?」


住職:「うーん。まあ、この辺りじゃ昔から言われとる話です。詳しい事は図書館でも調べてもらわんことには分からんけど、なんかの集まりの時とか、自分らが平家の血を引いた侍の家系じゃって、酔った時に自慢する話のネタぐらいにはなってますな。

ああ、それこそ、神田祭の手綱神社は、落武者さんが訪ねてきたから「手綱(たづね)神社」だって、冗談の様な話もありますわ。」


義亀:「それ、面白いですね!使わせてもらおうかな。」


話がそうして一区切りした時、榎田はふと視線を感じた。


住職:「...どうか、されました?」


榎田:「いえ、少し視線を感じたもので。」


住職:「あー、申し訳ありません。多分ウチの息子かもしれません。あのバカ。」


榎田:「はは。先程お会いしました。とても礼儀正しいいい子ですね。中学生ですかね?」


住職:「ありがとうございます。今年中学生になったばかりで。まだまだ生意気盛りですわ。ジェネレーションギャップっていうんですかね。最近は何考えてるのかよくわからんくなってきました。」


榎田:「あの年くらいは複雑だってよく言いますからね。仮に私に息子がいても同じ様な感じになると思います。

あ、ちょっとお手洗いお借りしてもいいですか?

あっちですか?ありがとうございます。」


・・・・・・


覗いていたさやかと颯太に後ろから忍び寄る影。


榎田:「あら、さやかちゃんまでいる。」


ヒュッ と、悲鳴の様な何かが二人の口から漏れる。


榎田:「なになに?俺らの仕事に興味あんの?」


さやか:「いえ、まあちょっと。」


榎田:「ふーん。ところでさやかちゃん、なんかここに用があるの?今住職、俺たちとはなしてもらってたけど、呼んでこようか...って、颯太くんの仕事か。それ。」


さやか:「いや、おじさんじゃなくて、コイツに会いにきたのが一応、用事っちゃ用事、かな。よく遊んでたんです。」


颯太:「そ、そうそう。で、やっぱ怪しいからちょっとどんな話してるのか気になって。」


榎田:「"怪しい"は失礼でしょ。

はぁ〜。まあ今回は別にいいけど、毎度仕事する姿見られるのも気持ちいいもんじゃないから。あんまりしつこいとちょっと文句言うよ。」


さやか:「いや、今回は魔が差しただけだから。ね、颯?」


榎田:「本当にそう?颯太くんはそうだとしても、さやかちゃんは違うんじゃない?

今思えば京子さん家の話に興味持ってたのもなんか理由があるんじゃないかって思ったけど。」


さやか:「はっ、ははは。ナイナイ。考えすぎよ。」


榎田は口は笑いながらも目は笑っていなかった。その目でどこか見透かすようにさやかを見た後、


榎田:「ま、いいや。俺仕事だから。あ、そうだ颯太くん。トイレあっちであってる?」


颯太を道案内がわりに連れて行った榎田の後ろ姿を見ながら、さやかはホッと一息。

仏の顔も三度まで。次はバレない様にしようと心に誓うさやかであった。


・・・・・・


寺といえど、トイレは洋式。

便座に腰掛けて少し榎田は考える。


『さやかちゃんはどうやら俺たちの秘密について、何か知っている。何を知ってるんだ?何を疑ってる?なんかヒントはないか?


さっきの反応だと、京子さん家の稲荷神に俺たちが興味を持った事に興味を持ったって事だから、その前。

いやでも、初めて会ったのはその前日だぞ?少なくともあの子が死神な訳ないんだから、俺たちに興味を持つだけの理由があるはずだろ?

.....そういや、玄関で義亀の顔見た時も驚いてたな。ってことは、その前から俺たちを知っていたって事だ。

.....手綱神社か?』


考えが纏まった榎田は、妙にゆるいトイレのレバーを引いて、水を流した。


「.....義亀に、ちゃんとあの時の状況を聞いてみるか。」


さやかが計画している三度目を

榎田は許してくれない。

彼は死神である。仏ではないのだ。



(*1)大きくなったという意味。宮崎の方言。

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