誰が為

Ken

7月31日

今日は、とても奇妙な体験をした。

私は夢でも見ていたのかもだけど、それでも、恐怖とも歓喜とも言えない、何かが起こるような感触があって、柄でもないけど日記を残そうと思った。

ノート余りがあってよかった(笑)。


そういえば日記書くのなんて小学生以来かもしれない。でもそんなことを私にやらせようとするくらい、今回のことは私の中ではすごい体験だったと思う。

まあ、誰かに話したところで、話半分にしか聞いてくれないだろうし、親に話しても...多分返ってくるのはそんなことより「勉強ちゃんとやってるか?」とか、「仕事見つかったのか?」とか、大体そういう圧をかけられて、終いには「本当にそれでいいのか?」ってきいて....ってダメだ。嫌なことを書きたくて書いてんじゃないんだから。


多分、かなり日差しが強かったからお昼の14:00くらいかな。ここら辺の集落で交代で管理されてる(まあ、もうほとんど年寄りばっかりだから、実際は年末とか、ある程度まとまった人が来る時ぐらいだろうけど...いや、そもそもやってんのかな?)神社、名前なんて言うか知らないけどあって、なんかふと気になって買い物の帰りに寄ってみようと思っちゃって。

まあ、階段多いし、暑いしジメジメしてるし、森というか林というか、そういう中だから日差しはないけど、登り始めて後悔したよね。

昨日まで家で引きこもってたJD真っ盛りの私なんかが、いきなりあんなきつい運動させられてキツくないわけないじゃん?


まあでもさ、ほんと膝ガクガク(正直あんなの初めてだったけど)になって登り切ったら、なんか空気が違ったの、そこだけ。

ボロいけど、雰囲気のある小さなお社と、それを護る感じで立ってた風情のある鳥居と、大きな神木(なんの木なのかは知らない)が小さい広場にぽつんとあるだけなんだけどネ。


その空気感はちょっとスピリチュアル的感じで、それを独り占めできる優越感はあった。でもやっぱ体が悲鳴あげてて、神様に心の中で謝りながら、お社の縁石のところに腰掛けさせてもらって、ちょっと休ませてもらったの。

そしたらさ、階段登ってくる音がすんの。こんな暑い中あの階段登る、私みたいなバカがまだいたんだって、一瞬思ってなんか笑えてきたんだけど、ふと思ったの。あんまここにいること知られるの嫌だなって。だって知り合いだったらだったでなんか気まずいじゃない。数年ぶりにここに帰ってきた訳なんだし。

だから、社の後ろに隠れて様子見てたの。したらさ、登ってきたのがスーツの男だったわけ。しかもトランシーバー持ってなんかぶつぶつ言ってんのよ。

その時は、ニュースとかで神様の御神体盗んだり、神木を切ったりする罰当たりな業者がいること思い出して、もしかしたらそういう輩なんじゃないかって思ったの。

で、喋ってる内容によく耳をすませたわけ。


・・・・・・


『プツッ・・ザーー「無線確認」ザー「聴こえますか、どうぞ」ザープツッ・・』


「聴こえます、、、どうぞ」


『プツッ「こんな辺鄙なド田舎で、誰も寄り付かない山ん中にお前みたいなスーツ姿の人間なんぞいたら、すぐ警察呼ばれるだろうな」プツッ』


「そうならないためにも早く終わらせますよ。

右も左もわかんない新人なんですから、これ以上余計な面倒はごめん被ります。それに、先輩みたいな人間にはなりたくないので。」


『プツッ「ひどいねー、1週間でこんな悪態つける人間てのもどうかと思うよ?」ザー「友達いないとか以前に人のことバカにしてるでしょーよ、ましてや先輩ですよ?先輩は敬えって今まで誰かに・・」ブツッ』


「ハイハイ。もうそういうのいいですから。始めますよ。」


男は息を大きく吸った後、鳥居の中心に立ち


「人を思い、人を讃え、人を救う。」


そう言って、体の前で何かの印を結びながら今度はこんな事を呟き始めた。


臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前


言い終わると、いつの間にやら、男は刀らしきものを右手に携えていた。そして、恭しく一礼をしたと思ったら束の間、次の瞬間、男はまるで神隠しにでもあったかのように、煙のように姿を消していた。


・・・・・・


そんなことがあって、私夢でも見てたかって思ったの。だって怖くない?人が消えたんだよ。それがしかも結構印象深い人が。なんか変なことぶつぶつ言った後に。

スーツだよ?もしあれが幽霊ならもっと、、いや別に幽霊なんて見たこともないけど、もっとこうおどろおどろしい格好するとか、目立たない格好するとかあるでしょ。

でもさ、スーツでしかもバリバリトランシーバーなんか使って喋ってたわけ。それが消えるって変でしょ。変だよね?


でさ、何が起こったか一瞬わかんなかったんだけど、これ自分も消えるんじゃないかって思って、怖くなって、でも好奇心もあって。

で、鳥居を調べたわけ。一見すると何も無いんだけど、その人が通った方向から私も通ってみようとしたら、明らかに硬い壁にぶつかった感じがしたの。これはいよいよだと思っちゃって、急いで階段を降りて、誰かに伝えなきゃって思って。でも、階段を降り切った頃には、なんだか自分が見たものに自信が持てなくって。


それで、結局何もせずに家に帰ってきちゃった。先にも書いたかもだけど、この話は誰にも話してない。とても信じてもらえるような話ではないけど、やっぱり何かすごい体験だったとは思ってる。

あっ、でも、もし遭難とかあの人がしてる事になったらやっぱり話さなきゃだめかな?まあ、仮に本当の出来事でも、遭難したみたいな感じなら、例のトランシーバーの向こう側の人が捜索届とか出すだろうし。話さなかったら私に責任ってあるかなぁ?まあ、その時に考えればいいかな?

でもこれで私も誰かに話振られた時に咄嗟にできるネタができたことになるよね!ヤッタぜ!


これから1ヶ月くらい、もしかしたら何か私にとってかけがえのない夏休みに、、、なるかわかんないけど、なるといいな。

ということでおしまい。おやすみ、私。


・・・・・・


「さやー。ごはーん。おりてきてー。」


親の声が2階にまで届く。ちょうど日記を書き終えて、彼女は腹が減っていた。今日の晩御飯はなんだっけな、と、親に教えてもらったはずの献立を思い出そうとしながら、一段ずつ、急で「ピシッ、ミシッ」と軋む音を響かせる階段を降りていった。

階段の下に、母親の顔が見える。


「そういえば言い忘れてたんやけど、今日から1ヶ月くらい、うちに泊まってもらうお客さんが来るから。」


「.....まさか私が知らないだけで民宿とかやってんの?この家。」


「そうじゃなくてね、今度のお祭りで、町長さんが肝入りの大っきい企画やるために、専門の業者さんよんだらしいとよ。でね、その準備する為に早めに来たいって事で、でもこっちとしても一々ホテルに戻ったりしてもらうのも大変やろからね。この辺でもウチはほら。部屋は一杯あるやない?だから、泊まってもらう事にしたとよ。」


「また損な役割押し付けられてる。そういうの断った方がいいに決まってんじゃん。現代ならもうなんとかハラスメントだよ?それ。大体その人達の性別が男だったりしたらどうすんの?私たち女だけなんだから自分の身も守れないんだし。」


「まあねぇ。でも一応離れの方に泊まってもらうし、いつも町長さんには良くしてもらってるしね。こういうところで貢献せんといかんわぁ。ね?」


母親のお人好しさに呆れつつ、そういう面を私に向けてくれないかなぁと心の中で悪態をつく。こう言った事は度々おこり、これまで育ててくれた感謝とどこからともなく感じるイライラが混ざった複雑な感情を伴わせながら、結局母親に丸め込まれる。ある意味でこれは彼女たちの日常の風景であった。


さやかは食卓に着く。母親は奥の部屋に祖母を呼びにいった。

皿には生姜焼きと、千切りのキャベツ、ミニトマトが2個ずつのせられており、味噌汁と白ごはんに、昨日の残りの冷汁。

生姜と肉のいい香りが食卓に漂い、先に食べちゃおうかと悪戯に思った時だった。


『カァーン』


玄関の呼び鈴が鳴った。母親は奥からまだ帰ってきておらず、さやかは仕方なく席を立ち、玄関を開けに行った。


「はーい。どなたですか?」


「すいません。今日から1ヶ月お世話になります。株式会社ラブディアの義亀よしかめと申します。」


「あーはいはい。ちょっと待ってくださいねー。」


ガラガラガラ...と玄関を開けて外を見る。


ハッと息を呑む。


玄関の前に立っていたのは男だった。その男は心配そうにこちらを覗いていたが、さやかは体が固まってしまい、何も言い出せなかった。


「どうかしましたか?」


男が聞いてきた。自分が固まっていた事に気づき、さらに動揺するが、咄嗟に


「母を呼ぶのでちょっと待っててください。」


と伝えて、顔を背け、奥へと慌てて走り出す。


「あの、全然大丈夫なんで、ゆっくりで。」と背後から聞こえた気もしたが、さやかはそんな事、聞く余裕なんて全く持っていなかった。


なぜなら男は、昼間見たあの、消えた男、スーツの男だったのだから。

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