第9話 もう一つの記憶喪失

 チュン……チュンチュン……


 カーテンの隙間からは既に光が差し込み、行き交う人々の賑やかな声と鳥のさえずりが耳に入る。

 帰宅後そのまま熟睡してしまった俺は昼時まで眠っていたようだ。


「やべ……今何時だ……」


「あっ、おはようございますキサ先輩。 随分とお眠りでしたね? まぁ昨晩はあたしのせいで忙しかったと言っても過言ではないんですが……あ、今着替え用意しますね」


「ん? あ、あぁ……助かる」


 美しい金の刺繍の入ったワンピースを着た可愛らしい銀髪の少女が何故か俺のベッドの側で本を読みながら俺が起きるのを待っていた。


「服は昨日着ていた物をイーリルさん達が洗濯して用意してくれたらしいですよ〜、えっと……こちらですね。 それではあたしはリビングで待っておりますので、終わったら来てくださいね〜」


「あぁ……」


「それではー!」


----バタンっ


 ………………。


「えっ? 誰?」


 嵐の如く部屋を去った彼女に、俺は唖然とするしかなかった。



-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-



「あ、キサおはよ〜! 結構いい時間でっせー?」

「まぁ昨日は色々あったからね、仕方ないよ。 おはよう、キサ」


「おはようさん、泥の様に眠ってたわ……すまん。 ていうか起きたら謎の少女が目の前にいたんだけどもしかして……」


「おはようございます先輩っ! あたしがどうかしましたか?」


「おるやんけ」


 リビングへ向かい、スマホを操作しながらお喋りしていたイーリル達に挨拶しながらイーリルとアスティが座っている対面のソファに座る。

 すると隣に例の少女がいた。


 肘辺りまで掛かるサラサラの銀髪に、琥珀色で宝石の様に綺麗な瞳。

 夜の話などは既にイーリル達から聞いているのか、彼女ははにかみながらこちらに笑顔を見せる。


 服装も男物の寝巻きから変わっており、美しい金色の刺繍が入った白いワンピースに。


「いや〜、この度はご迷惑をお掛けしたようで……多分これからもご迷惑を掛けることになるんですけどね」

「迷惑ではないが大変だったぞ、真夜中に1人おぶって約1時間歩きっぱなしだったからな……。 んで、身体の調子は大丈夫なのか? 姿を現すなり寝たきりだったけど」

「それはもうおかげさまで! ありがとうございました♪」


 彼女はぺこりと頭を下げて感謝を伝えてくる。

 あれ、魔結晶から生まれたから相当訳ありな子なのかと思ったけど割と普通だな?

 そもそも彼女は一体なんなのだろうか、絶対に何かあるのは間違い無さそうだが。


「キサが寝ている間に彼女の事情は一通り聞いておいたよ。 彼女はフェト、君と同じく精霊術師の様だ。 それも"神眼"持ちのね」

「いや〜、この子凄いね〜! キサの時みたいにまた面白い事になりそうだよ」

「俺と一緒? なんだそりゃ、まぐれって訳でもなさそうな巡り合わせだな……。 イーリルから紹介があったかも知れないが俺はキサ、色々あって記憶がない居候だよ」


「たはは……ほんと同じですねキサ先輩……」


「同じ? 精霊術師のことか?」


 困った顔で苦笑いするフェト、その意図がまるで分からない。


「キサ、その子魔結晶に封印されてて名前以外記憶喪失だって」

「…………えっ?」

「名前も定かじゃないらしい。 うーん……使用者のコピー体を作る魔結晶だったりするのかな? 謎は深まるばかりだね」

「ごめんなさい……」


 フェトは申し訳なさそうに誤る。


「き、記憶喪失……?」


全世界を探してもないのではという記憶喪失の共有者の登場に、俺は目を大きくして口が閉じなくなっていた。


-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-



「おいやめろイーリルッ!!! そんなんで記憶が思い出せる訳ねぇだろ馬鹿ッ!!!」

「失礼なっ! キサは無知だから知らないからも知らないけど世の中にはショック療法なるものが……」

「お前それで思い出すどころかトラウマ植え付けたんだろうが少しは自重しろ馬鹿っ!」

「えっ? このボタン押せば良いだけですよね? これで思い出す手がかりになるならいくらでもやりますよ〜」

「イーリル……もうそれ分解していいかい?」


 一通りフェトの事情を聞いた後、イーリルが少しでも記憶を取り戻せないかと"魔力壊死くん"を取り出し始めリビングはひと騒動起こっていた。


 どうやら彼女は恐らくこの世界の住人であったらしい。

 俺と同じく自分に関しての記憶は著しく欠如しているが、俺と違ってこの世界の事について詳しかった。


 だが不思議なのはイーリルやアスティが彼女の様な人物がどれだけ調べても存在しない事だった。

 魔結晶に封印されており、圧倒的な魔力も持ち"神眼"持ちの精霊術師……どう過ごしていてもこの世界で住んでいたのであれば少しは情報が残っているはずだ。


 それでも何も進展がない事にイーリルが痺れを切らし、記憶を取り戻すという強行手段を取ろうとし始めたのだ。



「でも本当にどういうことなのだろうね、"神眼"の力を持っていたのはかつての英雄1人しかいないと聞いていたが実は記録が残っていないだけでまだいたのだろうか?」

「よく分からないですけど結構面倒臭い境遇だったりしますあたし……? これからどうすれば……」

「ふっふっふ、安心して下さいフェトちゃん。 ここは私とアスティの店、"フェトちゃんの為"に、私が一肌脱いで匿ってあげましょうっ!」

「魔結晶や俺、色んな事がバレたら面倒だからというどちらかと言えば自分の為じゃないのか」

「うるさいですよ〜」


 問いには応答せず、目を合わせようともしないイーリル。

 明らかに図星じゃねぇか。


 まぁ俺も面倒ごとは嫌なので結局否定はしない。


「よ、良かった……! ありがとうございますフェトさん! いや〜、良い人達に拾われましたねキサ先輩!」

「そこに関しては異論はないけどな……ていうか先輩ってなんだ?」


 最初から気になっていたが、妙にフェトとの距離感が近い。

 イーリルとアスティにはまだよそよそしさが残っているが俺に対しては気兼ねなく接している様子、同じ境遇の親近感からだろうか?


「? 何か問題が?」

「いや、別に好きに呼んでくれて構わないが……」


 よく分からないが別にいいか、記憶喪失の先輩という事にしておこう。

 ……自分で言っておいてまるでろくな先輩じゃないな。



「まぁ当面の目標は2人の記憶を取り戻すことかな〜。 キサも記憶がなきゃ元の世界に戻った時に意味がないもんね」

「えっ? 戻れるのか?」

「キサを召喚した魔法陣、あれ元々王国の機密書庫に眠ってた本に書かれてあったんだよね。 だからまた書庫に潜り込めれれば帰還する方法が書かれた本もあるかもって話、バレたらヤバいけど……」

「お前どんだけバレたらやばい不祥事抱え込んでんだ」


 そうか……記憶が無かったから考えもしなかったけど元の世界に帰らなきゃなんだよな。

 向こうでは失踪扱いとなっているのだろうか、そもそも家族はいたのだろうか。

 それも関して結局記憶が欲しいところだな。

 

「でもそれも時間掛かりそうだし、取り敢えず2人にこの国を紹介しないとね。 てことで、はいこれどーぞ」

「……? ローブ?」

「着ればいいんですか?」


 イーリルから全身が隠れるフード付きのローブが俺とフェトに手渡される。


「それでは王国案内ツアー、行ってみよー!」

「出掛けるよ、キサ、フェトさん」


 イーリル達もローブを着て外出の準備を始める。


 イーリルの先導が不安な面があるも、見慣れない街並みを探索する事に心躍る自分もいた。

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