第6話 月下美人

 その後、俺は部屋に案内され風呂に入ってすぐベッドに潜り込み眠ってしまった。

 転移から様々なことが起き、体はかなり疲労していたらしい。


 そのままぐっすり眠っていると、何故だか顔に何かがずっと小突いているような感覚が繰り返される。


「んにゃ……なんだよ……」


 手で追い払おうとするが何度追い払ってもずっと小突いてくる。


「んもぉ……一体なんなんだよ……」


 仕方なく目を覚まし、目蓋を擦り周囲を確認すると精霊達がずっと俺の頬を小突いていた。


「……ひっ!? ……ってなんだ、またお前らか。 自ら触れてくるなんて珍しいな、どうした?」


 すると精霊達はついてきてと言わんばかりに俺を誘導する。


「……? ついて来て欲しいのか?」


 外へ出る扉付近でふよふよと誘導し続ける精霊達。


「……ま、無視するのも可哀想だしな」


 "仕方ないな"と小さく呟き、イーリル達から借りた男物の寝間着に、一応のローブコートを羽織り精霊の導きどおりに外へ出た。



「ふぅ……思ったより夜は肌寒いな、春の始まりなのか、秋の終わりかけなのか……そこら辺か?」


 精霊達について行きながら羽織ったローブコートのポケットに手を入れ身を縮める。


 そして数十分そのまま眠気と戦いながら歩き続けると、町並みを歩いていた筈がいつのまにか森の中を歩いていた。


「……あれ? いつのまに森の中にいたんだ? 精霊の誘導のままに歩いてきたけど、ずっと家が並ぶ王国の中だったぞ?」


 ウトウトとしていた思考を呼び覚まし、足を止め森の中を見渡した。

 もはや来た道すら分からなく、精霊達がこっちこっちと誘導するだけ。


「ははっ……これ帰れんのかね……」


 もうどうとでもなれと言う気持ちで何も考えず精霊達について行くことにした。



 そして代わり映えのしない森を歩いていくと……


『…………♪』


「ん?なんだ? 着いたのか?」


 精霊達は木々を抜けると、月の光が差し込み精霊達が幻想的な光を放ち水辺を舞う、美しい湖へと辿り着いた。

 精霊達は目的地に着いたからなのか嬉しそうに俺の周りをふよふよ浮く。


「へぇ……こりゃ確かに綺麗だな。 精霊が見える俺にとっちゃ幻想的な光景だ」


 しばらくその光景に目を奪われるが、ふと何故精霊達が自分をここに呼び出したのか疑問が残る。


「なぁお前ら、俺をここに呼んだ理由って……ってどうしたお前ら?」


 湖のほとりで何かを囲うように集中している精霊達。

 まるでここだここだと言わんばかりに主張してくる。


「はいよ、そこに何があるんだ?」


 不満一つ言わず精霊の言う通りに着いていく。


 精霊が集まる一点を確認する為に近付きしゃがむと、ずっと待っていた様子で精霊達は俺に合わせて散り散りになった。


「……これは……?」


 精霊達が大切そうに守っていた物。

 それは精霊達が離れたことにより光に包まれ現れた。


 拳サイズでひし形の……不思議に輝く透明な結晶だ。

 俺はそっと手に取ってみた。


「随分と綺麗な結晶だが……底知れない力を感じる……全身の毛が逆立ちそうな程な」



 そのまま手に収まった謎の結晶を眺めていると、その結晶は俺に反応するように突如光を放ち、魔力を解き放った。


「な、なんだっ!?」


 身の危険を感じすぐに結晶を手放すと、結晶は宙に浮かび、魔力で何かを作り出している。


 その魔力は形となり、女性の輪郭の様な物が作り上げられていった。



「………………女性の輪郭?」



 俺の予想通り、結晶から一人の銀髪の美少女が作り出され、一糸纏わぬ姿でその場に倒れ込む。

 そして結晶は役目を終えたのかその場に落ち、何も反応しなくなった。


「……って待て待て待て待て! 何が起きたんだ大丈夫かあんた……ってやばい! 健全な心の持ち主には破壊力がえげつない光景だっ!」


 幻想的な空間で一人だけ現実的な状況を作り出している健全な青年。

 着ていたローブコートをすぐに彼女に被せ、目に入るダメージを防ぐ名采配。


「だ、大丈夫かー? 生きてるかー?」


 仰向けで倒れる美少女のほっぺをつんつんと突き、様子を伺うと、身体がぴくりと動き、スゥスゥと寝息を立て始めた。


「って寝てるんかーい」


 誰にも届かない突っ込みは夜に溶け、どうしようかと考えているうちに気づけば彼女の髪に触れていた。


 ざっと肘辺りまで伸びた銀髪は、すくうだけで砂の様にサラサラと落ち、月の光に反射して星空の様に輝いた。

 まるで人形かのように整った寝顔は美しくてつい目を逸らしてしまう。


「寝顔をまじまじと見るのは失礼だよな、それにしても一体何が……?」



 気を引き締め直し、どうしようかと辺りを確認する。


「帰り道がまるで分からないからまた精霊達に頼りたいんだが……イーリルとアスティが助けに来てくれるかも知れないけど場所分からないだろうしな…………んっ?」


 そこで俺はとあることに気付いてしまう。


「あ、駄目だ、あいつらが助けに来てもらったら困る、言っちゃえば精霊達に頼ってこのまま帰るのもまずいわ」


 もし、彼女達がこの状況を発見し、何も纏わぬ美少女が眠っており、青年が森の奥底の湖で彼女を見守っている状況を見たらどう思うだろうか。


 そしてもし、生まれたままの姿をして眠っている美少女を背負い突如夜中帰ってきたらどう思われるだろうか。


 どうなるかまでは流石に分からないが確実に良からぬ誤解を受けるだろう。



「……な、なんでこんな厄介ごとに……っ!?」


 元凶である精霊を探そうと辺りを振り向くが、俺を導いた精霊達は危機を察したのか焦った様に森の中に消えていった。


「っておい!?お前ら逃げるなよ!? 分かった!怒らないから!せめてっ!せめて帰り道ぐらいは教えてくれぇぇぇえええ!!」


 どんなに叫んでも彼らが帰ってくることは無かった。


「……アァァァ……、もう二人の救助を待つしか……。 なぁ、あんた起きてくれよ。 あんたが起きないとまじで俺の信頼という信頼が全て崩れ去るというか人として認められなくなるんだ」


「…………スゥ」


 まるで聞こえてないようだ。


「起きてぇ!朝ですよぉおお!頼むから起きてそして俺に帰り道を教えてぇぇええ弁護してええぇぇぇ」


 明らかな嘘と明らかに叶わないであろうお願いをするが案の定起きはしない。


……しかもそのせいで更なる厄介事を持ち込んだようだ。



「あれ? アスティー! なんかこっちの方からキサの声が聞こえた気がするー!」

「本当かい!?良かった……。 足跡を追って正解だったね。 誘拐されてるのかも知れないし早くみつけようイーリル!」



「………………」


 森の中から聞き覚えのある二つの声が届いてくる。

 突然の修羅場に口が塞がらないのだった。

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