2014年2月4週①

「ちーちゃんって卒業したらどうするの?」

「えー、適度な会社で働いて、適度な人見つけて、適度に怠惰な専業主婦したいかなー。」

「それはまあ知ってるんだけどー。」

「えー、じゃあ老後の話?」

「そうじゃなくてー。地元に帰るのか、ここにいるのか、違うところに行くのか。とかね。」

「あー、まあ都会の方が人はたくさんいるし、出会いの可能性は高いし、ここに残ろうかな。あやちは?」

「まだ考えちゅー。」

「あやちは将来はじゃあどうしたいの?」

「えー、考え付かないけど。ちーちゃんに養ってもらおうかなーって。」

「まーたそういうこと言ってー。そろそろ独り立ちしないと。子供も欲しいでしょ?」

「そりゃあ、子供は欲しいけど…………。」

「ほら、わたしと結婚なんてしたら子供産めないよ?」

「でもー……。むー……。」

「あやち?」

「なにー?」

「もしかして、何か悩んでる?聞くくらいならできるよ?」

「ちーちゃんに言っても分かんないもん。」

「そんなの、聞いてみないと分かんないじゃん?」

「そんなことないもん。ちーちゃんは分かんないもん。」

「えっ……。ごめん……。」

「……。ごめん……。ちょっとトイレ借りるね……。」

「……。どうぞ。」


なんかマジで何だろ。

落ち込んでるとかじゃないよね。

怒ってたなー。

始めて怒られたなー。

高校生の時はここまでの仲じゃなかったしなー。

怒られたことはなかったなー。

大学に来て、地元から離れて、知り合いがお互いに全然いないからいつの間にかいつも一緒にいて。

ここのところは合い鍵まで準備して、あやちの方が先にわたしの家にいることもあるし。

部屋を暖かくしといてくれる分には嬉しいけどね。

でもね。たしかにねー。

あと1年で卒業かー。

こうやってあやちと遊ぶのもあと1年かもしれないと思うと。

たぶん卒業しても遊ぶんだろうけど、ここまで入り浸るってことはないだろうなー。

仕事ってヤダなー。

遊べなくなるのって、よく考えるとヤダなー。

お父さんもお母さんも、そうやって考えるとすごいなー。

毎日『会社行きたくない』って駄々こねながら、家出るのって。

わたしにできるかな…………。

仕事が終わってから、何をして自分を癒せばいいのかな。

あれ、わたしってなんか。

何もなくない?

ああー、トイレを流す音が聞こえる。

もうあやち帰ってくるなー。

きまずー。

どうしよ。

どうやって空気もどそう。


「ねえ、ちーちゃん?やっぱり相談してもいい?」

「へぇっ!い、いいよ。」

「…………。」

「…………。」


壊そうとした空気を、元に戻しながら、でも元の鞘に納まったようにしおらしいあやち。

せっかく相談するって決意したらしいから、タイミングは任せるけど。

…………。

……………………。

長いなー。

さすがに長い。

別に無言なのは良いんだけど。

わたしも座って待ってなきゃいけない空気?

スマホ触って時間潰すってできないから、ただ待ってるだけっていうのが一番つらいよね。

ん-、決心をつけるあやちの方が辛いかも?

…………。

待つかー。

どうせわたしの家だし。

どうせ明日は休みだし。


こういう時にデジタル時計にしといてよかったと思う。

じゃないと、秒針を刻む音が響いて、焦燥感に駆られてたと思う。

あとわたしの後ろに時計があって良かったかも。

視界の中にあったら、時間数えちゃうかも。


ちょっとそろそろ冷えてきた気がする。

たぶん電気カーペットの電気が自動でキレたんだと思う。

付け直さないと寒いけど。

スイッチがあやちの足元にある…………。

座る位置間違えたなー。


わたしはたまにもぞもぞ炬燵の中で足を動かくけど、あやちはホントにじっとしてる。

ちょっと触ってあげて、緊張ほぐしてあげた方が良いかな?

硬い空気感作り過ぎたかも。

あー、待ちすぎた!?

じゃあわたしのせいじゃん!

でも、急に空気を壊して、そのまま戻らなかったら…………。


大丈夫!

あやちならきっと大丈夫!

ゆっくり。

マシュマロをムギュムギュするみたいに、あやちの心に触れれば、大丈夫。


「あやち?寒くない?」

「…………。ん-。…………。」

「その『ん-。』はどっちの意味だい?えいっ!」

「ひゃぁっ!」

「あー、あやちの手めっちゃ冷たいじゃん!もー、言わんこっちゃない!電気カーペット切れちゃってるからさ、付け直すね。ちょっと失礼よ。」

「…………。」


とりあえず空気を弛緩させることには成功した。はず。

のそのそと、あやちの上に乗っかりながら、向こう側にあるスイッチを入れ直して、定位置に戻っていく。

スイッチ入れ直しても、暖かくなるまでまだちょっと時間かかるし、困ったもんよねー。


「ねえ。ちーちゃん。」

「ん?どうしたの?あ、暖かいものでも飲む?ココアでいい?」

「えーっと。……。うん。ココアが良い。」

「あいよー。ちょっと待っててねー。」


作るなんて大したことはしない。

お湯を沸かして、ココアの粉をコップに入れて、お湯を入れるだけ。

あやちはいつも、ちょっと+α濃いめ。

ドロッとしたココアの粉の塊みたいなのが、そこに残ってるのが好きらしい。


「はい、お待たせー。炬燵暖まるまで時間かかるから、これで少し暖まってね。」

「……。ありがと……。」

「どういたしましてー。それ飲んだらさ、狭いかもだけど一緒にお風呂入る?」

「え、狭くない?」

「狭いよ?言ったじゃん。でもそういうところの方が話しやすいかなーって。どうする?」

「…………。じゃあ一緒に入る。」

「りょうかいよー。お風呂とタオルの準備するから待ってて。」


あやちの部屋着セットはいつもうちに常備してあるから問題なし。

タオルのセットも、あやち用を買ってあるからOK。

お風呂は10分もすればたまるから、放っておく。

たぶんココアが飲み終わるころには、ピーピー唸ってお湯がたまったことを教えてくれるはず。


にしても。

あんまり何も考えずに誘っちゃったなー。お風呂。

自分でも言ったし、あやちにも言われたけど、狭いよねー。

あ!

あれやってみるか!

お風呂で冷酒!

夢だったのよねー。

露天風呂で、桶を浮かべて、その中にお酒入れとくやつ。

狭いのが余計に狭くなるけど。

もう色々やってしまおう!

木の桶なんてそんな都合のいいものはないから…………。

洗面器?

風情ないなー。

もっとこう良い雰囲気が出せそうなさー。

持ってないかなー。

まあいっか。

あとは、お酒は、…………。

ワインか?

ワインしかないね。

じゃああれだ。

いつものワインセットをお風呂に置くかー。


とすると、どうやるのがいいんだ?

先にあやちに体洗ってもらって、そのままお風呂に入ってもらって、わたしが体洗って、ワインクーラーを取りに出て、お風呂に入る。

こうなると、お風呂に浮かべることはできないなー。

まあいっか。

わたしが飲むだけだし。

わたしたち二人が物思いにふけってる隙に、お風呂が沸いたらしい。

急かしてくるようにピーピーうるさい。


「よし! !あやち! お風呂行くよ! 」

「……。ぅん……。」

「あやち、先洗っちゃってよ。あやちがお風呂に入ってる間にわたし洗うから。」

「え、じゃあちーちゃんその間どうするの?」

「ん-、特に何も考えてなかったけど。ん-。さっきのコップ洗ってようかな?」

「…………。ちーちゃんが洗って。」

「え?」

「あやちの体、ちーちゃんが洗って。」

「え?」

「あやち待ってるから。早く来てくれないと、あやち風邪ひいちゃうかも。」

「え?」


服を脱ぎながら言うもんだから、言い切った頃には中に入っちゃってるけど。

マジで?

そうかー。

もしかして、そういうことか?

最近怪しくはあったけどね。

確信とれるまでは、むしろ変に思いこむほうが恥ずかしいじゃん?

ちょっと今のは、確信的だった気がするなー。

そっかー。

あやちはわたしに体を洗ってほしいのかー。

いつものテンションだったら笑い飛ばして、『イヤ!』って言いつつも、体を弄んでワイワイしてたんだろうけど。

今はそうもいかないよね。


そう考えると、今までのあやちの行動にも説得力が出るし。

わたしはあやちの心を弄びすぎたし。

最終的に、『男と結婚して子供産むから、あやちとは一緒に居られない』なんてこと言われたら。ね?

わたし、すごいあやちを遊びの女みたいに扱ってるみたいだよね?

そう伝わったらさ、怒りたくもなるよね?


いや、怒ってるのかな?

もしかして、自分だけが突っ走ってたことに気づいて、わたしと気持ちの乖離に気づいて、感情が弾けちゃっただけなのかな。

そうだとしたら、今から起きるこれも軽率すぎるよね。

本気じゃないなら、あやちにここまで構う方が傷つけるよね。

どうしよう。


今日だけ。

今日お風呂に入って、確かめる。


あやちの気持ちが勘違いだったら、今まで通りでいい。

ちがう。

今まで通りにしたい。今まで通りが良い。


あやちの気持ちが本当なら。

本気だったら?

十中八九そうだと思うけど。

そうだったら。

あやちがわたしのことを好きだったら?

友達としてじゃなくて、恋人として好きだったら?

どうできる?

なにができる?

今日判断できる?

『わたしも好き!あやちと付き合う!』なんて軽々しく言える?

…………。

それは無理。

それはあやちに失礼。


じゃあ。

時間を貰う?

今日は判断できないけど、今度返事するね?

じゃあいつまで待ってもらうの?

明日?

来週?

来月?

来年?


わたしの気持ちは何があったら決まるの?

それは…………。

それは今はたぶんわかんない。

それが起きた時にしか分かんない。

気持が決まったことを後からしか把握できない。


あー、今まで悩んでた時間が結構無駄だったことに気づいた。

廊下に立ってたわたしの体が、そこに転がってるワインくらい冷えてる気がする。

いまワインを飲んでも、冷たく感じないかも。

ってことは結構時間たっちゃってる?

あやち待たせちゃったなー。

急がなきゃ。

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