ミュージカルの“お約束”はどこに??

 お嬢様の通っていらした学校では、毎年6月、雨が多い時季に読書週間があって、感想文の宿題が出されていた。芸術の秋にはミュージカルの観劇会があり、こちらも感想文が宿題だった。


 ミュージカルを観たのは10月の半ば。そのときは、帰るなり、面白かった! と上機嫌だったお嬢様が、この日、11月1日は、モヤモヤがそのまま表れた顔で学校の門を出てきたんだった。


「どうかしました?」

 おかえりなさい、と、出迎えて、駅までの道を歩きながら聞いた。なるべくさりげなく、と心に念じながら。そのときには、別に、とだけ言って口を噤んでいたお嬢様だったけれど、家の最寄り駅で迎えの車に乗って扉を閉めた途端、

「別に! たいしたことじゃない。でも、納得いかない!」

 そう言ってシートに体を投げ出し、それからため息を1つ吐いた。話し出すのを、黙って待つ。と、お嬢様が、こないだのミュージカルの感想文ね、と話し出した。


「どうも納得いかなくて」

「納得いかない? どんな風に?」

「ミュージカルの内容、覚えている? 観劇会の帰りにお話ししたと思うのだけど」

「ああ、ええ。平和な町に住んでいるしゃべれない女の子が、町の人の時間を奪って効率第一にしてしまう時間泥棒とただ独り戦って、最後には自分を犠牲にして、町のみんなの穏やかな暮らしを取り戻すって。私も昔、本で読んだことがあります」

「そうね。その本でも、主人公はしゃべれない設定だったわ」

 私も読んだ、そう言うお嬢様に、さらに言葉をかける。

「そうですね。で、ミュージカルでは、そうもいかないから」

「ええ、主人公の女の子は、しゃべれないけれど歌えるって設定になっていて」

「しゃべれないのに歌えるんですか? って、私がびっくりしたんでした」

 そうそう、そうだった。そんなことってあるかしら? 心因性の失語症? なんて考えていたのよ、確か。


「不思議よね。でも、ミュージカルだから、そうしないとしかたがなかったんだろうと思って、感想文ではそのことには触れなかったのよ。なのに」

「その点にズバッと触れた感想文が、評価された?」

「そ。読書感想文のときと、まったく逆じゃない? なんで? って思っちゃって」


 別に、悠乃ゆのさん(あ、その感想文を書いた子ね)の感想文が褒められたのが面白くないとかじゃないのよ。ただ、それは言わないお約束でしょ…と思って、書かないでいた点が、『子どもならではの素直な感性』とかなんとか、そんな評価を受けていたのが、何となく納得できない感じがして―。


「『しゃべれないのに歌えるなんてとても不思議。どうしてかしらと思いました』、って、終始そのことばかり触れていて、時間を取り戻す勇気ある行動には何も触れてないし、それって、このお話でみんなに考えてほしいこととは違うと思うのだけど」


 引っかかっているのは、大人たちの意図と逸れた内容が良しとされる理由と、読書感想文と矛盾した評価が出る理由についてか。なるほど。


「それは確かに、もやっとしますね。でも、読書感想文と今回の観劇の感想文の評価は、違う方がされたんでしょう?」

「そうね。読書感想文は担任の阿南あなみ 先生が、ミュージカルの感想文は学年主任の高塚こうづか先生が見てくださったわ」

「やっぱり。人によって評価ポイントが違いますからね」

「そうか。人間だから、ブレがあってもしかたないのね。AIの方がいいのかしら」

「AIに、感想文の評価を? できるでしょうか?」

「できるんじゃないの? たくさんの事例を読み込ませれば」

「そう、ですかねえ??」


 …それは、何だか味気ないような。そのとき、私はそう思った。あれから10年近く経つ今もそう思うけれど、若い世代の人たちは気にしないのかしら。


        ***


 メモ欄の下に関連記事ボタンが標示されているのに気づいて、押してみた。さて、どんな関連記事が、表示されるかしら?


 …ん? 5人の貴公子ランキング??

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