シルフェストとの行商交易 3

 少し仮眠を取って、起きる頃には昼はとうに回っていた。大きくひとつあくびをして、のっそりとベッドを抜け出す。このシルフェストとの行商交易期間は、どうしても生活リズムがズレてくる。

 シルフェストとの商談は、いつも夜に行われる。それはかの街が「夜明かりの街」と呼ばれることに由来する。シルフェストに住む者たちは夜に生きる種族が多い。このトラッキルスまでの訪問の御礼に彼らの生活時間に合わせるのが慣習となっていた。逆にトラッキルスの人々がシルフェストへ向かうときは、互いの行商は昼に行われる。

 カウンターのケージを覗けば、どうやらレスターはまだ夢の中。ひとり分の食事を簡単に平らげると、リーヴはカウンターの足元にある床扉を引き上げた。現れたのは倉庫へつながる階段だ。片手にランプを、逆の手に昨日買い込んだ魔石を下げて、暗がりを照らしながら慣れた足取りで降りていく。

 地下室には、店の中に置いておけない魔道具が様々鎮座している。単純な大きさの問題から、危なすぎて売り物にできないものまで、表に置けない理由は多岐にわたる。

 どこだったかなぁ、と言いながら、リーヴは奥の棚をガサゴソと探す。ものを動かせば埃が舞った。軽くくしゃみをひとつ。

(近々整理しないとなぁ)

 どうにも整理整頓が苦手で後回し後回しにしてしまう。とはいえ、他に頼むあてもないのだ。リーヴの店は彼ひとりで切り盛りしている。以前なら誰かを雇うことも考えられたが、レスターがやってきてからはそれも難しい。

 適当に埃を払う程度の掃除がてら棚を改め続けていけば、目的のものは程なくして見つかった。

 それは布にくるまれた三面鏡。大きさはリーヴの両手の上に乗るほどの小さなものだ。

 リーヴは倉庫に備え付けの机に三面鏡を広げ置く。背面を開き入るだけの魔石をこめて蓋を閉じ、三面鏡に映るように「夢への旅路」を置く。糖蜜のきらめく薬を映した三面鏡が鈍く光をまとう。そうしてしばらく様子を見つめていれば、コトンと軽い音とともに「夢への旅路」が鏡の中から転がり落ちてきた。

 この魔道具は、その身に映したものを複製する三面鏡。寸分違わぬものが作成できることがウリだが、あいにく複製するためのコストがあまりに高くつきすぎた。わざわざこれで複製するよりも他から調達した方が早くて安い。他にも大なり小なり欠点があり、結果買い手がつかず「お蔵入り」になった魔道具だった。

 複製された薬と買い付けた薬を片手ずつつまみ上げる。素人目に違いは全く無いように見える。リーヴは一度目を閉じ、脳内のスイッチをひとつ切り替えて目を開く。

 魔力を視認する眼で薬を視れば、片方は薄い赤色を、もう一方はほんのりと銀色をまとっている。鏡の魔力は銀色。この方法くらいでしか、リーヴは見分けがつかない。

(ま、使わないに越したことはないけどね)

 新しく魔石を三面鏡に入れこんで、薬の複製を続けながらそんなことを思う。定期的に様子を見にくる必要はあるが、ひとまずリーヴは地上の店へと戻ることにした。

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