妖精探し 3
職人地区を抜けて、リーヴがやってきたのは山につながる街外れの裏路地だった。トラッキルスには、霊峰イスベルクに向かうための登山口がいくらか整備されている。
木漏れ日の照る土の地面を一歩一歩登っていく。空気は澄んでいて心地よいが、登り始めて三十分もすれば額から汗が滴り落ちた。真面目に登るのはいつぶりだろうか。リーヴのところでは扱わない代物なので、あまりイスベルクを登る機会はない。
遠くでは鳥の鳴き声がし、風が吹けば木々がざわめく。幸い、先人の歩んだ軌跡が道となって残っているため、ひとりでも迷うことはなさそうだった。
そうして、かれこれ一時間ほど登った頃。ふいに視界がひらけた。
現れたのは木々に囲まれた花畑。色とりどりの草花が咲き誇り、吹き下ろす風に揺れている。
リーヴは額の汗を手の甲で拭うと、少し乱れた息をなだめるため、深く息を吸い込んだ。街の中よりもずいぶん澄んだ空気は新鮮で心地よい。
ひと心地ついたところで、リーヴはそっとカバンを開いた。カバンがひとりでに少し跳ねる。草木の上へ「不可視の獣」が軽々と降り立つ。そのまま駆け出す音と、どこかリズミカルに揺れ沈む草花を見てリーヴは少し眉を下げた。
「レスター。ちょっと戻っておいで」
レスターと呼ばれた「不可視の獣」は、呼び声に応えるように一度足を止め、そのままこちらへ駆け寄ってくる。リーヴは片膝をつき、両手を広げて迎え入れた。
ふわりと柔らかくあたたかな感触を抱き寄せて撫でてやる。彼が満足するまでそうしていれば、じきにレスターは満足げに喉を鳴らした。彼の本来の姿を思えば、こうした広々とした場所で駆け回るのは性に合っているのだろう。
「また一緒に来ような。仕事以外で」
リーヴはそう言いながら、上着のポケットから依頼人の指輪を取り出した。手のひらに載せたそれをレスターの鼻先へ持っていってやれば、彼はすんすんと鼻を鳴らす。
すると、リーヴの眼前、ちょうど「不可視の獣」がいるところがおぼろに霞む。色がにじみ出るようにして空気を染めていく。
滲み出す色は陽炎色。形作るのは獅子のたてがみ。
けれど、それは実像を結ぶところまでは行き着かない。あくまで薄ぼんやりと、そこに「何か」があるように揺らぐ程度にとどまっている。ともすれば錯覚のように思えるほどの小さな変化だ。
それでもリーヴは軽く口笛を吹いた。この指輪、思ったよりもずいぶんと質のいい魔法がかけられているらしい。妖精族は魔法との親和性が高いとはいうが、魔法の扱いに長けるかどうかは個々人の素質の差だ。
「久しぶりだな。お前も気に入った?」
おぼろに霞む「不可視の獣」の頭をなでれば、満足げに揺らぐたてがみをこちらへ擦り付けてきた。
リーヴの店にある、空のケージ。その中に住む「不可視の獣」
それは、陽炎のたてがみを持つ獅子である。彼は強い魔力を取り込むことによって、自身の体躯に本来の「色」を取り戻すことができる。リーヴの唯一の同居人であり相棒だ。
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