妖精探し

 食パンに燻製肉、その上に卵とチーズを落としてトースターにかけた手軽な軽食を前に手を合わせた。

 口に運んだトーストはさっくりとした食感に、燻製肉の香ばしい香りと黄身のまろやかな味わい。我ながらいい仕事をした、と口元がほころぶ。

 空のケージの前には柔らかく煮た肉を入れた皿を置いた。そちらへ視線をやれば、はぐはぐと肉を食らう音はするがやはり姿は見えない。とはいえ餌の減り具合から、どうやら今回の食事は満足いただけたらしい。

(行方不明になった妖精族、ね)

 トーストを食べすすめながら、依頼内容を反芻する。いくら気まぐれな種族といっても、さすがに失踪期間が長すぎるとはリーヴも思う。

 事故などで身動きを取れなくなっているのでなければ、この失踪で誰かが得をしているはずだ。

 自然と、苦々しくため息がこぼれ出た。正義の味方を気取る気もないけれど、この類の「探しモノ」は若干気が重い。知れず、リーヴは空のケージの方へ視線をやっていた。


 ケージの中の「不可視の獣」よりも先に食事を終えたリーヴは、部屋の奥からショルダーバッグを持ってくる。その中へどこか無造作に、壁を囲む棚や店の奥から取り出してきた魔道具をカバンの中へと放り込んでいく。明らかに手に持つカバンよりも入れる量のほうが多いのだが、カバンが膨れていくこともない。カバン自体に魔法がかけてあり、見た目よりもかなり量が入るようになっている。

 そうして準備を終えたリーヴは、カバンを肩からひっさげた。片手に持つのは依頼人から預かった指輪がひとつ。

 ケージの方を見れば、皿は空になっていた。ケージの中へ手を入れ、なにもないように見えるそこをリーヴがいくらか撫でれば、満足げに「不可視の獣」は喉を鳴らした。リーヴはそのままひょいとそれを掴む。

「ちょっと窮屈だろうけど、いつもどおりな」

 そう頼むように言い聞かせて、ショルダーバッグへ「不可視の獣」を入れ込んだ。圧迫しないようにそっとカバンの蓋を乗せるように閉めて、リーヴは店を出た。


 大人が三人横に並べば少し窮屈に感じそうな、煤けた細い路地が幾重にも伸びる。両脇の建物からはかたや鉄を打つ音がするかと思えば、窓からきらめく色とりどりの光が溢れ出す。行き交う人々はといえば、鎧を身にまとった戦士に旅装束の魔法師など統一性はあまりない。

 武具や魔道具の工房が立ち並ぶこの地区は別名「職人地区」と呼ばれ、国内外から彼らの腕を見込んで人が流れ込んでくる。彼らはそれぞれに贔屓の店を持ち、旅支度の一環でここへやってくる。

 少し煙る街並みは相変わらずで、雑踏がリーヴを気にするそぶりはない。近すぎず、遠すぎず。そんな距離感をここの職人たちはよく理解していた。

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