第10話 トリスちゃん、キッーク!

「それでは始め!」


 リチャードの力強い掛け声とともにライオネルとの組み手が始まった。


 ライオネルはオーソドックスなロングソードの練習用木剣。

 対するわたしは素手で何も持たない。


 代わりに篭手と脛当てを木剣代わりに付けてもらった。

 これを代用として、試合に臨んでいるが正直、いらない気がする。

 ただ、そこは妙に紳士なライオネルがかたくなに着けることを強要してきた。


 曰く、『乙女は肌を傷つけるべきではない』だったかな。

 妙なところが乙女チックな黒騎士さんだ。


「傷が残らんように抑えられるか、分からんが恨みっこなしだ!」


 言葉の割には全く、遠慮もしていなければ、容赦もしていない。

 手を抜けない性格ということが良く分かる。


 腕の長さのリーチを生かした鋭い突きだ。

 左右に避けたとしても多分、避け切れないだろう。

 伝え聞いたライオネルの技量が本当の話であれば、突きから、払いへと変化させて、首筋を狙ってくるに違いない。


 では仰け反のけぞって、避けるのはありだろうか?

 これも無理だろう。

 リーチの差は埋めがたいもので突きを避けられたとしても、次の攻撃は避けられない。

 だったら、どうするのか?


「跳んだだと! 馬鹿な!」

「よっ!」


 そこでわたしが思いついたのはダンケルクでネイトが披露していた八艘飛はっそうとびの技を再現することだった。

 今のわたしになら、出来るという自信があったのだ。

 ライオネルの突きを見切り、それよりも早く動き、大地を蹴って、宙に飛ぶ。

 そして、彼の剣先に乗ってから……


「俺を踏み台にした!?」

「とうっ」


 ライオネルの木剣を中継地点にして、また跳んだわたしの足先の目的地は彼の頭頂部!

 そこを思い切り、踏みつけてから、再び跳躍する。

 クルクルと一回転してから、着地。

 我ながら、思っていた以上にきれいに決まった。


「親父にも踏まれたことないのに……」


 ライオネルは意味不明の言葉を発しながら、仰向けに倒れていった。

 ちょっと強く、踏みすぎたのかな?

 頭の打ち所が悪かったのかもしれない。

 もう少し、手加減をするべきだったんだろうか。


「勝者。ベアトリス嬢。まずは一勝ですね。次の相手は僕です」


 首を捻り、考えに耽っていたわたしを現実に戻したのはどこか、背筋に寒さを感じる抑揚のないリチャードの声だった。


「弓での勝負です」

「へ、へえ?」


 弓矢で競うなら、足はそこまで重要ではない。

 何より、豪傑で知られるライオネルを一撃で倒した蹴りを使えない。

 リチャードはこの勝負は確実にいただくと思っていることだろう。

 でも、弓で足が使えないなんて、誰が言ったの?

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