時間遡行した元男装令嬢の華麗ではない逆転人生~とりあえず、蹴ります~

黒幸

第1話 ダンケルクの戦い

 その日、西海のダンケルクで一つの戦いが終わろうとしていた。

 ただの戦いではない。

 かつて栄華を誇った一族フォルネウス家の滅びゆく、最期の戦いである。




 フォルネウス公爵家は王家から、枝分かれした氏族の一つだった。

 戦乱の世が来るなどまだ、誰も知らなかった時代に端を発する。

 長い平和な時は弊害も生む。

 安定して王位継承が行えるようにと王族を増やしすぎたのである。


 そこで臣籍降下が行われることとなった。

 こうして、誕生したのが、元王子を初代とする公爵家だったのだ。


 特にフォルネウス家とカラビア家の二大公爵家はその筆頭と言ってもよかった。

 水際の要衝を抑え、海運を手掛けるだけでなく、海賊をもコントロールする海のフォルネウス家。

 荒くれ者の猛者を率いて、辺境を脅かす蛮族との戦で名を上げる陸のカラビア家。

 二大巨頭と言っても過言ではない両家の関係は微妙なバランスの上に成り立っていた。


 王家に対する忠誠という観点では協力関係にあったものの互いに相手を出し抜くことしか、考えていなかった。

 しかし、政争において、カラビア家はフォルネウス家に遠く及ばなかった。

 当代の当主キース・フォルネウスの手腕が人並優れていることも大きく、影響したのだろう。

 やがて、王家に娘を嫁がせることに成功したキースによって、フォルネウスの血を引く王子ノエルが戴冠したことにより、フォルネウス家はこの世の春を謳歌することとなる。

 キースの息子達も要職に就き、フォルネウスの一族が王宮で幅を利かせるようになっていた。

 対するカラビア家は政争に敗れただけではなく、反乱を起こした首謀者として落ちぶれていた。


 だが、キースの思い描いた未来図は足元から、崩れ去っていくことになる。

 姻戚関係で勢力を保つやり方が破綻を生じた。

 やや強引とも取れるキースの政治手法が反感を買っていたことも大きく影響したのだろう。

 さらにキースが頼りとしていた後継者ジェラルドが夭折したばかりか、キース自身も病に侵されたことで一気に屋台骨が崩れ去る。


 そして、地方に散っていたカラビア家の残党が挙兵した。

 それでもフォルネウス家の保有する戦力は圧倒的な物であり、連携が取れていないカラビアの乱で揺らぐことは無いと思われていた。

 鎧袖一触で終わる。

 その考えが既に間違っていたことに気付くまでさして、時を要さなかった。


 ジェラルドの嫡男コンラッドが東征の軍を率いて、東へと発つが情勢は優勢どころか、悪化しており、逆に待ち構えていたカラビアの大軍と対峙する羽目に陥り、這う這うほうほうの体で逃げ帰ってくることになる。


 以降、フォルネウス家の軍は各地で苦戦を強いられ、追い詰められていく。

 その結果、王都からの撤退も余儀なくされたフォルネウスに落日の時が訪れる。

 既に統帥であるキースはこの世になく、次男のナイジェルが後を継いでいたが、彼は果断の人ではなかった。

 もはやフォルネウスに待つのは滅びだけである。




 トリスタン・フォルネウス。

 前当主キースの三男であり、智謀に長け、武勇も兼ね備え、フォルネウス家最後の勇将と呼ばれた男だ。

 人望も薄く、決断力に乏しい現当主ナイジェルに代わり、一族を率いて、各地を転戦したトリスタンだったが、滅びゆくフォルネウス家の運命を変えることは出来なかった。


「さらばだ……」


 トリスタンは唇を強く、噛み締めた。

 あまりに強く、噛んだ為、血が滴り落ちていくのも気にも留めず、トリスタンは沈みゆく太陽に照らされた海原に目をやる。


 赤く染まりゆく海原は夕焼けによるものだけではない。

 文字通り、血の色に染まっていたのだ。

 物言わぬ屍となった者らが波間を揺蕩たゆたっていた。


 トリスタンは着込んだプレートアーマーの上にさらに金属製の甲冑を二重に着込む。

 入水した後、浮かび上がり、辱めを受けないが為の作法である。


 最後に彼の目が追ったのは遠くの船の上で空を舞うように華麗に戦う敵将の姿だった。

 まるで自由な鳥の如く、船から船へと飛び移る敵将ネイト・カラビア。

 一代の天才。

 軍事の鬼才。


 かの男の出現により、フォルネウス家の未来は今まさに永遠に閉ざされようとしている。

 しかし、今際の際を迎えんとするトリスタンの心を過ぎるのは決して、後悔の念だけではない。

 どこか、充足した思いを感じているのも事実だった。


「もう見届けるべきことはない……。終わったのだ。全てが終わったのだ……。私は全てを見た……終わるのだ……私も!」


 トリスタンはネイトに別れでも告げるように不思議な視線を送ると、それを最後におもむろに錨の鎖を引き千切った。

 自由になった錨は重い。

 それを手に取り、重さを確かめるとトリスタンは船の舳先から、勢いよく仰向けに飛び込んだ。


(ああ。彼のように私も自由に生きたかった……鳥のように私も……)


 暗い海の底へと沈んでいくトリスタンが最期に願ったのはただ、それだけだった。


 トリスタン・フォルネウス。

 享年三十四。

 フォルネウス家中興の祖であるキースの愛し子と呼ばれた勇将はかくして、散った。

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