鐘の音

かなやわたる

いつもの風景

 草が揺れる音が鳴っている。俺の手の中には幼馴染から届いた一枚の手紙がひらひらとなびいていた。


 窓越しに緑の葉っぱが揺れているのが見えた。

 雲一つない青空が四角窓の向こうに広がる一方、カウンターの向こう側に座っている少女はただ黙って本を広げていた。茶色い天井の下には丸机が三つほど並んでいる空間には、蛇口から流れる水が流し台を打ちつける音だけが響いている。視界に映る机や椅子は、普段めったに使われない。彼女が座っている椅子や机を使うのはこの少女か、気まぐれに遊びにくる友人たちか、はたまた極稀にドアをくぐってくるお客さんくらいのものだった。

 皿についた泡を水で落としては脇に置いていく作業を繰り返す。どれだけ音を立てまいとしてもカチャカチャと煩い音が響かせてしまう。おそらく彼女は気にしない。それどころか耳にすらも入っていないのかもしれないが、それが却ってこの雑音を大きくしているように思えてしまった。実際彼女はそんなノイズを気にするふうでもなく、時折その白い指で肩ほどまで伸びた茶色い髪を撫でたり、本のページをめくったりしていた。

 最後の皿を洗い終え蛇口をひねる。さっきまで流れていた音が消え、辺りはしんと静かになった。彼女の手元に置かれているカップの中身はすでに空だったが、そのままにしておいた。

 空気を入れ替えるため入り口の近くにある窓を少し開けた。外から冷たい空気と太陽の暖かさが混ざった風が入ってくる。窓際で浴びる分には心地が良い。一方で影の中にいる彼女には寒すぎるかもしれないと思った。しかし彼女は長袖を着ているうえ、熱い飲み物を口にしたばかりだったので、そのままにしておくことにした。

 ついでに机を拭くことにした。その辺にあった布を水で濡らして机を擦る。埃一つない代わりに汚れ一つない天板は、濃い茶色に変わっていく。同じ調子で他の机も撫でていく。誰が見ても取るに足らない時間である。

 パラリ、と本をめくる音が先ほどまでより鮮明に聞こえた。少女の正面に戻った。彼女の青っぽい瞳の線は相変わらず手元の本に注がれている。手持ち無沙汰にその辺にあった椅子に腰かけた。窓越しに外を見ると、小鳥が枝に止まってせわしなく首を動かしていた。


パタン。


 乾いた音とともに、意識が現実に戻された。目の前にはいつもの風景。窓の外にいたはずの鳥はいつのまにやら消えていた。さっきまでより景色が赤みがかっているような気がする。

 彼女は本を閉じて、右手首につけた銀の腕輪を撫でていた。彼女は俺の視線に気が付くと、黙ったまま手元のカップを差し出した。淵に茶色い跡がついている白いそれに、準備していた茶色い液体を注いでいく。

 とぽとぽと注がれていくと同時に、独特の苦い香りが一帯に広がった。一杯になったカップを彼女の目の前に置いた。

彼女は親指と人差し指で持ち手にそっと触れると、ゆっくり持ち上げた。数回息を吹きかけてカップに口を付け、すぐに離して机に置いた。彼女は相変わらず何を考えているか分からない瞳で、茶色い液体を見つめていた。

 しばらくそんな時間が過ぎ、カップの中身が再び空になったところで、シイはこちらに顔を向けた。視線が交錯する。彼女は口元に笑みを浮かべた。

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