第40話 悪くない

「用意はできたか?」


 デナウ王子の言葉に部下の一人が深々と頭をさげた。

 王宮の舞踏会会場にデナウとその部下たちが揃っている。


「は、フローラを捕らえるため複数の魔導士と騎士たちを舞踏会会場の周辺に潜ませております」


「あれはまがりなりにもファルバード家の当主だ。絶対逃げられないようにしろ!

 すぐに殺さないと、黒の塔と聖神殿が介入してきてしまう。

 あくまでも一国の問題として片付ける」


「はっ」


「必ず大賢者セルクと大神官エルティルが同行していないか確認しろ。同行していた場合計画は中止だ」


「かしこまりました」


「今日こそお前の息の根をとめてやる、フローラ」



★★★



「おや、フローラ様?」


 厨房でレクシスに手伝ってもらってこっそり作ったお菓子をを父のもとにもっていこうとするフローラをエルティルが呼び止めた。

 ちょうど父アレスの治療中だったらしく、アレスの病室のすぐ近くの廊下で出会ったのである。

 アレスもだいぶ回復し、短い時間なら普通に会話できるようになった。

 エルティルの話では来週には意識もはっきりし普通に活動できるようになると言っていた。


「あ、はい。まだ小さい時なのですけど、父の好物と父の専属の侍女に教えてもらったものです。

 喜んでもらえると嬉しいのですが」


「なるほど。お父様にお菓子ですか」


 エルティルに言われて、フローラは顔を赤く染めた。


「はい。喜んでもらえるといいのですが」


「きっと喜ばれますよ」


「はいっ」


 そう言ってフローラは微笑んだ。

 父アレスが話をできるまで回復して数日。


 アレスとフローラの間にはまだ高い壁がある。

 アレスは罪悪感からか会話をしていてもフローラに謝罪するばかりで、まるでここに来る前の自分を見ているようだとフローラは思う。

 

「フローラ君は謝りすぎだ。

 悪くない事を謝る必要はない、もっと胸を張っていい」


 会話中よくロイが言ってくれた言葉。

 あの時はよくわからなかったけれど、父を見ているとロイの気持ちがわかる気がする。


(自分を守るために頑張ってくれたのに、何故そこまで謝るのだろう?)


 けれど申し訳ないと謝ってばかりのフローラだからこそ父の気持ちもわかる気がして、謝らなくていいとも言えず、どうしたらいいのかわからない。


(……私は気にしてないってわかってもらえるといいな)


 そう思いながらフローラはお菓子を大事そうに見つめるのだった。




★★★



「殺気駄々洩れだな」


 会場について、小声で貧相な従者に化けたセルクにロイが言う。


「ええ、隠せてませんね」


 セルクも苦笑いをうかべつつ、敵の位置を把握するために魔法を展開する。

 豪華にかざられた舞踏会会場はいたるところに殺気をもったものが潜んでいる。


「あら、フローラ様」


 煌びやかなドレスに身をまとったエミールが嬉しそうに話しかけてきた。

 その姿は自信に満ち溢れていて、きっとこの後フローラが婚約破棄から処刑されるという話を聞かされているため、嬉しそうなのだろう。

 

「今日は七賢者のセルク様と六聖者のエルティル様はご一緒でないのですね?」


「ええ、彼らも忙しい身ですから」


「あら、それは残念ですわ。それではまたあとで」


 と、去っていくエミール。


「わざわざ確認しにくるとかわかりやすい事で」と、その背を見送って、フローラは椅子にどかっと座る。


 七賢者と六聖者がいないうちにフローラを始末する。

 お粗末な作戦ではあるが、ロイ側にも都合がいい。

 それだけの蛮行をおこなえば、黒の塔も聖王国もデナウとデデルなどを戦勝後、捕虜にせず処刑しても文句を言わないだろう。

 

(俺の嫁を苦しめた連中だ、生きている事を後悔するほどにきっちり粛清させてもらう)




★★★


「……これは?」


 ベッドの枕に力なく横たわりながらフローラが作ったお菓子を受け取ったアレスが驚きの声をあげた。

 セナの葉を形どり、ファルバード領では好まれていた焼き菓子だ。



「はい。お父様の好みと聞きました。

 もしかして違いましたか?」


 おずおずと、フローラが尋ねる。

 小さい時初めて手紙を送った時。

 父が大好きだと聞いたお菓子もつくって同封した。

 帰ってきたのはボロボロになったお菓子だけだった。


 あの時は食べてもらえなかったけれど、今ならアレスに喜んでもらえるかもと、レクシスに頼んで厨房をかりて作ったものだ。

 

 フローラの母がよく作っていたレシピをそのまま再現しているはず。


「……いや、まさかフローラの手作りが食べられる日がくるとはおもわなかった。

 ……あの時はすまなかった」


「気にしないでください。状況を考えれば仕方なかったと思います。

 あの時の分を今食べてもらえるだけで嬉しいです」


 フローラの言葉にアレスは力なく微笑むと、一口口にした。


「……おいしいよ、フローラ」


「本当ですか?よかった」


「テレサもよく作ってくれた」


「母もですか?」


「ああ、もともと彼女は侍女で料理が好きだった。

 フローラはテレサ似だな」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


「ああ、とても上手だ」

 

 父の顔をはずかしくて直視できなくて、フローラがアレスの手のほうに視線をうつすと、ぽたりと何か水がアレスの手についてフローラは思わず顔をあげた。

 アレスも自分が泣いている事に気づいたようで慌てて手で涙をぬぐう。


「……お父様? どこか痛いところが? 今すぐエルティル様を呼んできます!」


 慌ててフローラがエルティルを呼びに行こうとして、アレスがフローラの手を握る。

 

「……違う。違うんだ」


 そう言って、フローラを引き寄せて抱きしめる。


「お父様?」


「……ずっと、こうしたかった。好きだよフローラ。愛している。

 君は私とテレサの自慢の娘だ。

 ……すまなかった。本当にすまなかった」


 声を震わせて言う、アレスに、フローラは目をつぶる。

 なんと声をかけていいのかわからなくて、ぎゅっとアレスの背に手をまわした。


「もう私は気にしてませんから、謝らないでください」


 そう言ってぎゅっと抱きしめる。


 そうだ。悪くないのに謝るのは違う。

 アレスは悪くない。


(だからどうかもう謝らないで。お父様は悪くない)


 そう伝えたいのに伝わらないもどかしさにフローラは反省する。

 自分も皆にこのような気持ちにさせていたのだと。


 ロイやレクシス、それにセルクやエルティルが少しずつ少しずつフローラの謝る癖を治してくれたように。

 私もお父様の心を癒してあげることはできるのかな?


 そんなことを考えて目をつぶった瞬間。


「婚約破棄だ!!!」


 どこかからデナウの声が聞こえた。


 


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