第27話 お茶会
「今日はおこしいただきありがとうございます。エルティル様、フローラ様」
王都にある神殿で聖女エミールがにこにこと出迎えた。
テーブルにはお茶とお菓子が並べられており、いかにも聖女エミールの取り巻きですという令嬢がにこにことエルティルとフローラを待ち構えている。
(今度は何を考えているのかね)
ロイはにっこりと微笑んで「お招きいただき光栄ですわ。豊穣の聖女様」と、挨拶をして席に着く。
一緒にエルティルがいるため無茶もしてこないだろう。
本当は一人で意気揚々と乗り込むつもりだったのだが、エルティルが「王子が行くなら私もお茶会もお供しますよ♪楽しそうですし」と、頼んでいないのになぜかついてきた。
「そのままぜひうちの国に♪」と誘ってはみたのだが「それとこれとは話が別です♡」と断られたのだが。
そしてお茶会は……ひたすらエルティル様の会だった。
女の闘いを挑む勢いできたはずなのに、フローラに扮したロイそっちのけで令嬢たちがエルティルに媚をうっている。その様子をフローラは優雅にお茶を飲みながら見ているだけ。
(なんだこのつまらない会は……)
他の男が女性にちやほやされるのをひたすら見ているだけの苦行にロイは後悔する。
(ひょっとしてこいつらエルティルと話したかっただけか?)
……に、しても逆に変だ。
あれほどフローラに嫌がらせをしてきたぶりっこ聖女が何の嫌がらせもしてこない。
小さな嫌がらせをしないのはこの後なにか大きな嫌がらせをするつもりだからか?
何か大きな事を控えていると、そのことばかりに気持ちが向いてしまうもの。
わざわざセルクがいない時を狙い、回復を使えるエルティルを同時期に招待し、そしてわざとらしく聖女のカップだけ豪華な茶会。
おそらく毒関連かね……。
ロイはそんなことを想像しながら紅茶を飲み干した。
★★★
「きゃー―――!!」
あたりに悲鳴が響いた。
やっぱりと言うか何というか、ロイの予想通り、これ見よがしにロイを一人にして毒をいれたと思われる状況をつくりだしたあと、聖女が紅茶を飲んで倒れた。
セルクがこの場にいたら。「それは冗談でやっているのでしょうか」と真顔で突っ込んでいそうなくらい……想像の範囲をでない嫌がらせにロイは頭をかかえる。
聖女が苦しそうに倒れたのを笑いながらエルティルが治療しているところを見ると、彼もとっくにエミール達のたくらみに感づいていたのだろう。
「なんてことをするのです!!フローラ様!
聖女様のカップに毒を入れるなんて!?」
取り巻き令嬢がやたら大仰にフローラの体のロイに叫ぶ。
「衛兵!!いますぐ捕まえ……っ」
今にも衛兵を呼びそうな雰囲気の金髪の令嬢にフローラは微笑んだ。
「あら、何のことでしょう?」
「とぼける気!?
豊穣の聖女様のカップだけに毒を入れる事ができたのは一緒にラナの花を見なかった貴方だけよ!!」
そうだ、そうだと他の令嬢も追随するが……。
(こいつら馬鹿なんじゃないか)と、思わず真顔になりかけたがロイはにっこりと微笑みを浮かべ
「あら、凄いですわ。何故あなたは聖女様が倒れたのが毒だとおわかりに?」
と、逆に令嬢突っ込むと令嬢が顔色をかえた。
「そ、それは紅茶を飲んで倒れたら毒以外に何がありますか!?」
「体調が悪くなった、紅茶が気管にはいってしまった等理由はいくらでもあります。
それに、何故聖女様のカップにしか毒がはいっていないと断言したのでしょう?」
「え?」
「だっておかしいではありませんか。
皆さんが戻ってきて、従者がみなのカップにお茶をいれてくださいました。
そしてそのうち紅茶を飲んだのは聖女様だけ。
もしかしたら注いだお茶すべてに毒が入っていたのかもしれないのに。
それなのに、何故他のカップには毒がはいってないと断定なされたのです?」
ロイがくすくす笑って尋ねると、金髪の令嬢が顔を青くする。
聖女もとりまき令嬢も嫌がらせをはやく遂行したいと気が焦りすぎていたのだろう。
毒が聖女のカップにしか入ってないと証明するために、他の者が口をつけてから紅茶を飲まねばいけなかったのに、聖女エミールが真っ先に飲んでしまった。
おそらく聖女やこの令嬢の筋書きでは、豊穣の聖女やエルティル達が席をはずしているあいだに、フローラが聖女のカップに毒を垂らしたとしたかったのだろうが、聖女が真っ先に飲んでしまったため、フローラだけでなく従者も容疑者範囲にはいってしまったのだ。
「そ、それは貴方が聖女様を恨んでいるから!?」
「理由になっておりませんわ。
それに何故毒を入れた犯人が、エルティル様を連れてきたのでしょう?
回復魔法を使える大神官様がいるのに毒を入れるなんておかしくありませんか?
大神官様がいるのだから毒などたちどころに治るのがわかっていて毒を入れる馬鹿がどこにいるのでしょう?」
睨みつけながらいうと、その場にいた令嬢たちの顔が真っ青になる。
(……まさかこいつら本気でこれでフローラに罪をきせられると思っていたのか?)
いや、もしかしたら、優しすぎるフローラならその場で反論できず罪をかぶってしまったのかもしれないと、ロイは思いかなりイラついてくる。
数人で怒鳴りつけて威圧して相手が反論できないところで罪を着せる。
そうやってフローラの心を踏みにじってきたのかと思うと、むかついて仕方ない。
「わ、私は大丈夫。だからみんな争うのはやめて」
エルティルに治療されたエミールが涙ながらにいうが
「何が大丈夫なのかしら?」
と、ロイことフローラが冷たく言い放った。
「え?」
「これは貴方の問題ではありません。
このファルバード家当主 フローラ・シャル・ファルバードを貶めようとした事が問題です。
犯罪者に貶めようとしたのに無事にすむとでも?」
「も、もういいではありませんか。私は平気だったのですから」
はかなげにエルティルに寄りかかりながらエミールが言う。
「あら、貴方がよくても私が許しません。
私を貶めようとしたことは領地を貶めるも同じ。
ここでうやむやにするというのなら、わが領地の名において許しません」
「それは反旗を翻すということか」
フローラの言葉とともになぜか庭園の奥の部屋からデナウ王子が現れる。
複数人の気配は感じていたがまさか皇子がいるとは思わなかった。
その後ろには衛兵がぞろぞろといるところから、どうやらフローラをそのまま捕まえるつもりだったのだろう。
「あら、殿下がなぜここに?」
フローラが小首をかしげて聞くと、デナウ王子は横をむいた状態でフローラを睨みつける。
「たまたま居合わせただけだ、それより先ほどのことは本気か」
「誠意が見せていただけないのならば、そうなりますね」
「エミールが調査など不要といっているのだ、それでよいではないか!?」
「つまりそちらは誠意を見せるつもりがないというお受け取りしても」
フローラの言葉にデナウがぐっと唇をかみしめたあと、つかつかとフローラの前にやってくる。
「私の気を引くためとはいえゆるさんぞ」
「気を引く?婚約者を糾弾するような男性の気を引くですか。
これは面白い。殿下はご自分にそこまで魅力があるとお思いですか。
ずいぶん自意識過剰だこと」
「貴様っ!わたしを愚弄する気が!いくら私とて我慢の限界がある」
「限界?それはこちらのセリフ。
このように明らかに潔白である状況に置いて、私を貶めようとすることは断じて許されるものではありません。
婚約者だからといままでなぁなぁにしてきましたが、これはまぎれもなく、領主である私とわが領地を貶めようとする屈辱的行為。しかるべき処置をとらせていただきます」
「なっ!!」
「では私たちが調査をいたしましょう。
豊穣の聖女が身内ではありますが、……私が責任を持ちましょう。
聖女様と懇意でフローラ様とも懇意にしている私なら問題はないはずです。
第三者機関として調査をうけもちますよ」
エルティルがにっこりと進み出る。
「ふざけていただけだ!! 真に受けるな!!」
「さてそれでは失礼いたしますね。
それと、王子様。正式に今日の事は抗議し、あなたがいつまでたっても婚約解消の書類に印をおしてくださらないので、正式に聖王国の仲裁裁判所に願い出て婚約も無効にさせていただきます。
これ以後わが領地の庇護など期待なさらぬよう」
「ま、まて!!そんなつもりはな」
「ふふ、面白い。
そんなつもりもなく、犯罪者を捕まえる第二騎士団の兵士たちをつれてくるなんて」
「ぐっ!?」
「次にお会いするときは、貴方の婚約者ではなく、ファルバード公爵家当主、フローラ・シャル・ファルバードとしてです。軽々しく口をきいてこないでください。殿下。
私たちはいつでもその剣を抜くことができるのですから」
そう言って、ロイはこれ見よがしに聖剣を召喚してみせるのだった。
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