Chapter6 VS『灯籠機関直下・幽離病棟零街区』
#6-1「生きとったんかワレ」
岩猿が死んだ。
それだけの事実を咀嚼しきれず、ここ何日間もオレの気分は晴れないままで居る。
原宿の街を、人混みに紛れながら当て所もなく彷徨っていた。
行き交う若者は素知らぬ顔で闊歩する。これが東京の街並みだ。
クソッタレが1匹いなくなっても、世界は何の表情も変えずに廻り続ける。
お前らは借金も負わず、そこそこマトモな親に恵まれた。
たったそれだけで小綺麗に生きる事を許されている。
きっと学校の成績だとか、会社での評価とかで一丁前に悩みながら、手近な恋愛や安っぽいソーシャルゲームの10連ガチャで一喜一憂を溶かしているんだろう。
そうして日常をやり過ごした後に、葬式には親類家族や友人知人が雁首並べて涙を流すんだろう。そういう悲しみや喪失感は、未だ息をする人々の、これからも生きていく為の決意となって繋がれていく。
「だったら、オレ達はどうなるんだ……」
遣り切れない気持ちを持て余しながら、ビルの合間に差す憎たらしいほど青い空を見上げる。
岩猿の葬式は行われなかった。親類は既に誰も居らず、離婚した元妻も連絡が取れなかったらしい。簡素な火葬だけお役所仕事的に済まされて、それっきりだ。
ヴェリタスをするなら誰だって地獄へ行く。
岩猿はヴェリタスで死んだワケじゃないけれど、裏社会で生きるなら、いつだって死ぬ事と隣合わせだ。ヤツだってそれは覚悟していただろう。
ビル街の合間から覗く狭い青空を見上げながら、オレは拳を握り締め直す。
裏社会に生きるオレ達は、死んだってロクに弔いもされない。大抵は平穏な家庭を持つにも値しないクソッタレだから、死を悼む誰かも居ない。
オレが追い掛けてきた最強の……果てが、これか。
割り切れもしないぜ、クソッタレが。
◆
「海に行くぞ」
ここは『そば処・こやま』だ。
まだ午前中なので、オレたち以外に他の客は居ない。
オレは座敷席で、扇風機に当たりながら胡座をかいていた。紫苑と蛭はカウンター席に居て、エプロン姿のザイツェフと透狐は暇を持て余し、それぞれタブレット型の端末に指を滑らせている所だった。
何の前フリも無く腕組したまま言い出した紫苑に視線を注ぎつつ、全員が固まっている。蛭だけは普段と変わらぬ無表情のまま、紫苑の提案に拍手していた。
ひとまず紫苑に聞き返す。
「何で海に?」
「せっかくの夏だからな。それに一馬よ、アンタは最近ずっと暗い。こっちの気分まで滅入る。それなら気分転換も悪くないだろう?」
人の様子に頓着しなさそうな紫苑がわざわざ言うほどまで、近頃のオレはナーバスだったのかと面食らう。
「そうと決まれば、ここからだと東京湾が近いか」
「紫苑クン……東京湾はやめておきたまえ。東京湾の海水浴場はどこも海が茶色い。挙句の果てにトコロテンの袋が流れて顔に激突してくる。正直クラゲかと思って少し焦った」
さっそく立ち上がろうとした紫苑を、ザイツェフが制止する。
やたらと具体的な意見だ。ザイツェフの体験談かもしれない。
「オレはトコロテンの袋が漂着する浜辺で遊ぶのは嫌だなあ」
「俺も嫌だな。そこまで東京湾って汚いのか」
「汚いというか、何しろ都心に近いからポイ捨てされたゴミが入れ食い状態ですよ。私も師匠と行った時に、浅瀬にその……何とは言いませんがゴムらしきモノが……」
そんなんが襲い掛かってくるビーチは流石に嫌すぎる。
「分かった、それならいっそ本格的なバカンスと行こうぜ」
おもむろに立ち上がって、無造作に透狐からタブレット端末をひったくる。戸惑う彼女には目もくれないまま、紫苑はタブレット端末を軽快に指先で叩く。
それからタブレット端末を無造作に座敷席へ放り、そば処の入り口にある引き戸へ手をかけた。
紫苑は笑んだまま振り返り、顎先でオレ達も外へ出るよう促す。
そば処から出て行く彼を、オレたち全員が首を傾げながら見送る。
間もなく室内まで響くパワフルなエンジン音が聞こえてきた。
「この音って……ヘリか?」
オレも、透狐も、ザイツェフも互いに顔を見合わせる。
蛭は一足先に紫苑を追いかけて、外へ駆け出す。
蛭の後からオレたち3人も後に続くと、車2台がなんとか通れる位の狭い通りに、ヘリコプターが大気を裂きながら降り立つところだった。
ヘリコプターが辺りのホコリやチリを舞い上げる中、紫苑は髪とシャツの裾を翻しオレ達に振り向いて言い放つ。
「適当にチャーターしてみた」
「いや……っていうか、あの色合いとか……見覚えある気が……」
けたたましくプロペラを回しながら降下するそれは、オレに何かを思い出させようとしていた。その疑問は直後に解決する。
ヘリコプターの中から、バリトンボイスの平坦なアナウンスが流れたからだ。
「本日はパスモ航空をご利用頂きまして、誠にありがとうございます。当便は快速、天国行きでございます」
「生きてたのかよテメエ!!」
思わず吐き捨てるように叫びながら、心から不安を抱く。
このヘリ本当に大丈夫か。
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