日常の中で起こったちょっとおかしなことを、ちょっと変わった人たちが話してくれるらしい。

金色音楽堂

第1話 俺のバイト先で起こった事件の話を聞いて欲しい。

 俺のバイト先で起こった事件の話を聞いてくれ。

 これは、俺の前のバイト先で起こった話だ。

 俺の前のバイト先は都会でも田舎でもない、治安が良いことだけが取り柄の中途半端な場所に立ってる普通のコンビニだった。

 深夜に目出し帽の強盗が来たとか、プリウスミサイルが飛んできて店が壊れたとか、そんな刺激的な話じゃないけど、退屈しのぎぐらいにはなると思う。


 俺は毎朝6時から9時まで働いて、それから大学に通ってた一般的な学生バイトだ。んで、俺の一個前のシフト、所謂夜勤のシフトに入ってたのがA。

 年齢がタメって分かってから、勤務の交代際とかに話すようになった。LINEも交換してたし、休みの日に出かけたこともあった。


 コンビニバイトあるあるだと思うんだけどさ、いっつも同じ時間に来て、必ず商品買っていく客がいて、こっそり裏でアダ名付けてたりする。まあ分かると思うんだけど、ウチのコンビニにもそういうやつがいたんだよ。

 俺とAはそいつのことを「エネゴリちゃん」って呼んでた。5時50分から6時の間に来て、必ずエナドリとバナナを1本買って、イートインで食べるんだ。だからエナドリゴリラ、略してエネゴリ。女だからちゃん付け。

 ゴリラって言っても、顔は普通……というかちょっと可愛い感じ。うん。買うものも固定だし、毎日いかにも出勤前です、みたいなスーツに薄いピンクのマスクの服装なのもあって、印象に残りやすいタイプの客なんだよ。

 それがちょうど俺とAの交代際に来るもんだから、2人で「さっきエネゴリちゃん来たわ」「ゴリラちゃん今日もお仕事か〜」みたいな感じでよく話してた。

 

 ここからが本題。

 確か6月の後半だったと思う。裏で制服に着替えてさあ働くか、って俺が気合い入れてる時に、「なんかおかしいんだよな」とかぶつぶつ言いながらAがしきりに首を捻ってたんだよ。

 ちょっと気になって詳しく聞いてみたら、さっき交換したゴミ袋の中に、バナナの皮がなかったんだって。

 エネゴリちゃんはイートインでバナナを食べるから、その横に設置してあるゴミ箱に皮を捨てるはずなのに、さっき交換した袋の中には見えなかったんだと。

 その日は「皮を持って帰るほど好きなのかよ」とか冗談言って、俺たちは2人で笑ってた。


 次の日、また俺が裏で準備してると、そこにパンパンの燃えるゴミの袋を持ったAが飛び込んで来たんだよ。「見ろよこれ、やっぱりおかしいだろ」って。なんかAが必死な顔してたから、とりあえず俺は覗き込んだ。

 でも、弁当の空とか普通のゴミしか入ってなかった。俺が「何がおかしいんだよ、別に変なものとか無いじゃん」って返したら、「いや、だからないんだよ、皮!バナナの皮が!さっきエネゴリがイートインでバナナ食って出てったの見たのに、やっぱり皮が入ってないんだよ!おかしいだろ」ってさ。

 俺は昨日のことなんてすっかり忘れててたけど、Aはずっと引っかかっていたらしい。

 まあ確かに変ではあるけど、そんなに目くじら立てることか?って思ったし、正直俺は面倒くさくて、「ゴミ持って帰っただけだろ」とだけ言い残して、店内の掃除を始めた。

 掃除始めるとAのことなんかすっかり忘れて集中してたんだけど、しばらくしてから、お客さんに声かけられたんだよ。「なんか臭うんですが……」って。

 確かに、かすかだけど店内に生ゴミみたいな臭いがしたんだよ。

 とりあえずそのお客さんに謝ってから、臭いの方向を探ると、どうやらその臭いは裏からしてるみたいだった。廃棄の弁当が悪くなったとかか、と思って見に行ったら、そこにはまだAがいた。

 ……何してたと思う?ゴミ袋を漁ってたんだよ。

 弁当の空を取り出して蓋を開けて覗き込み、放り投げては牛乳パックを拾って覗き込んで放り投げる、みたいに袋からゴミを取り出して、ひとつひとつチェックしては床に広げてたんだ。

 この行動だけでもうヤバイよな。でももっと怖いのはAの顔、もっと言うならその目だった。

 瞳孔が開ききってて、充血してた。俺が落としたコンタクト探してる時の100倍ぐらい必死に探してたよ。

 もう分かってるだろうけど、Aはエネゴリちゃんの食べたバナナの皮を探してたんだ。今考えると、ちょっと普通じゃないよな。

 でもその時の俺もちょっと普通じゃなくて、怖くなるんじゃなくて、Aにムカついたんだよ。それで、誰が掃除すると思ってんだよ!って怒鳴った。

 すると、Aはちょっと俺の方をみてから、「俺が片付けるから」って言って、またガサガサ始めた。

 俺はもう呆れて、最後まで片付けろよ、って言って仕事に戻った。多分20分くらいしてから、Aは帰って行った。

 一応ちゃんと掃除はしてあったから、店長とかには報告しなかった。


 でも、Aは次の日も、また次の日も同じことをしてた。

 俺はそんなに気になるなら、エネゴリちゃんに直接聞くなり、監視カメラで見るなりすれば良いだろ、って言ったけど、Aはプライバシーがどうとか、他人が見てたら意味無いとか言って、毎朝ゴミを漁り続けた。ゴミを漁るのはプライバシーの侵害じゃないのかよ、って思ったよ。

 でも、俺はやっぱり店長には言わなかった。深夜のシフトに入るのはAしかいなかったから、Aが辞めさせられたりしたら困るんだよな。

 一応友達みたいな関係だったこともあって、庇ってたんだよ。


 でも、日に日にAの行動はエスカレートしていった。

 Aがゴミを漁り始めてたから、大体10日ぐらいだったかな。少し早めにバイト上がらせて欲しい、って俺に頼んできたんだよ。「どうしても外せない用事が出来たから」って頭を下げてさ。

 俺はその日の弁当代を奢って貰うことを引き換えに、その頼みを引き受けた。10分早く来るだけで奢って貰えるなら、まあいいかと思って。

 5時45分くらいにAと交代したけれど、用事があると言ったAは、もう日課になっていたゴミ漁りをせずに私服に着替えた後、そそくさとイートインコーナーに入っていった。

 それを見て、俺はピンと来たよ。

Aは多分、エネゴリちゃんがバナナを食べる所を見ようとしてるんだ、ってな。

 少し早めに上がってイートインに先に入っておけば、エネゴリちゃんの様子を自然に観察できると踏んだんだろう。

 いつも通りの時間に入店してきたエネゴリちゃんは、レッドブルとバナナを買ってイートインへ向かったエネゴリちゃんは、Aの姿を見ると、会釈してから外に歩いていった。

 人がいる所でマスク外すのは良くないからね。いやあ、感染対策バッチリ。

 エネゴリちゃんに続いて、俯きながらゆっくり店を出て、フラフラと家と反対方向に歩いていくAの背中がすごく情けなく小さく見えて、俺は思わず吹き出したよ。


 次の日、裏の机に突っ伏して意気消沈しているAに俺は声を掛けたんだ。「昨日は残念だったな」って。そうしたら、それまでうー、とか、あー、と呻き声をあげていたAは、聞いてくれよぉ!ってすごい勢いで顔を上げて喋り始めた。


「昨日であいつの秘密を暴けると思ったのにアテが外れたよ。イートインには来ないし、やっぱりゴミの中にはバナナの皮は入ってなかった!クソクソクソッ!これ以上どう調べればいいんだよ!」


 Aはそれはもう悔しそうに地団駄を踏んでたよ。

 顔を真っ赤にしちゃってさ、エネゴリちゃんがゴリラならAはニホンザルだな、って思うと面白くて面白くて、腹抱えてしばらく笑っちゃったね。

 笑いごとじゃないんだぞ!って怒るAがまた面白くて、やっぱり皮まで食べてるんだよ〜、とか俺がふざけていたら、Aは唐突に黙り込んだ。

 ヤバい、からかい過ぎた、と思って「ごめん、Aは真面目に悩んでんのに」って謝ったら、「いや、そうだよな。アドバイスありがとう」とだけ言って、荷物をまとめて店を出ていった。

 強烈な嫌味だと思ったよ。俺は真面目に考えてないの最初からAにはバレてたんだろうなぁ。


 悪いことしたかもしれない、ってふざけて浮かれてた気分もすっかり萎えて仕事していたら、6時きっかりにエネゴリちゃんが入ってきた。

 モンスターとバナナを片手にレジに来たエネゴリちゃんに笑顔で挨拶する気も起きなくて、適当に接客してたら、エネゴリちゃんはバックの中をゴソゴソし始めた。あ、あれ、とか明らかに焦ってたな。

 友達から貰ったハンカチとか、一昨日から入れっぱなしの折り畳み傘とかをカウンターにドンドン広げて、最終的にすみません、すみませんと恐縮した様子で「すみません、財布どっかに落としちゃったみたいで……!」ってペコペコしてた。

 なるほど、そりゃあ焦るわな。

 それで、俺はエネゴリちゃんと一緒に店内を探すことにした。エネゴリちゃんは更に萎縮してたけど、「他にお客さんもいないので大丈夫ですよ」って説明して。

 正直下心ないとは言えなかったよ。さっき言ったけど、エネゴリちゃんはわりとかわいいかったからさ。

 それで、店内を見回しながら、ふと俺は思い付いたんだ。バナナの皮について、今聞いちゃえば良いじゃないか、ってな。

 無言はちょっと気まずいし、これで答えを聞いてAに伝えれば万事解決じゃないかと思って、俺は早速、「そう言えば、バナナの皮……」まで口に出して、俺は後悔した。

 なんて聞くのが正解なんだ。ゴミ箱に皮入ってなかったけど、食べてるんですか、とでも聞くのか?バカ丸出しの質問だし、何よりゴミ袋のなかに皮がないのを知っていることが気持ち悪くないか?下手するとストーカー、もしくはセクハラで通報モノだ。

 案の定エネゴリちゃんは「バナナの皮……?」と訝しげな視線を俺に向けてきた。変な汗を書きながら、俺はどうにかこうにか声を絞り出した。


 「バ、バナナの皮って、ほら、あの……リサイクル、とか……出来ないっすかね……」


 俺は自分でも何言ってるか分かんなかったよ、なんだリサイクルって。俺の黒歴史アルバムに新たな言葉が刻まれる追加される音がしたよ。

 いっそのこと鼻で笑ってくれ、と思った、そんな俺を他所に、エネゴリちゃんは普通に話し始めた。


「ああ、バナナの皮は良い肥料になるんです。発酵させたり、ちょっと手間はかかるけど……私は家庭菜園に使ってます」

「あ、そ、そうなんですか!べ、勉強になります」

「いえ、私が毎朝バナナ買ってるの覚えてたんですね……ちょっと恥ずかしいな」


 エネゴリちゃんは赤い顔を手でパタパタと扇ぎ、誤魔化すようにあは、と笑い、俺もふ、ふへへ……みたいに合わせて笑った。

 安堵と、それ以上にエネゴリちゃんの笑顔の前に俺はそれを電柱の影から見守るだけの、陰キャ大学生なのだと思い知らされて、同時に彼女にエネゴリちゃん、なんてアダ名を付けた過去の俺とAを殴りたくなった。

 もっとかわいいアダ名を付ければ良かったよマジで。

 んでその後、ふた手に別れて探してたら、俺が店のコピー機の横に彼女のピンクの財布があるのを見つけた。

 彼女は色々物騒な世の中だから、悪い人に拾われたりしてなくて良かった、って安心した様子で会計を済ませて帰って行った。

 彼女のお気に入りの財布だったし無事見つかって俺も安心したよ。


 その次の日から彼女は店に来なくなった。

 更に翌日、Aが無断欠勤。その日のうちに警察が事情聴取に来たよ。

 Aは彼女にストーカー行為を働いた上に、殺して逮捕されたらしい。

 警察は客として店に来ていた彼女にAが惚れて付きまとうようになったらしい、って言ってた。

 彼女、友人に最近つけられてる気がする、って相談とかもしてたんだってさ。で、昨日遂に部屋に侵入して包丁で刺し殺した、ってのが警察の語った事件の顛末だ。

 当然、地方新聞にも載ったよ。ストーカー殺人事件!って。


 でも、そうじゃない。

 俺には分かる。Aはただ、バナナの皮を探してただけなんだ。

 Aが早退してイートインで待ち構えてたあの日、俺はてっきりAはショックでおかしくなってトンチンカンな方向に歩いて行ったんだと思ってた。

 だけど、それは違ったんだ。

 Aは彼女の後を付けて、彼女の家のゴミ袋を漁って、それでもバナナの皮を見つけられなかった。

 そこに俺が、「皮まで食べてるんだよ」ってアドバイスをしたから、あいつは、包丁で……彼女の胃袋の中を探したんだ。


 当然俺も事情聴取されたけど、この話はしてないよ。相手にされないに決まってる。

 これってなんかの罪になんの?

 バイト?辞めたよ、なんか気持ち悪くなったし、もう続ける意味もなくなったし。そもそも最初に前のバイト先って言ったじゃん。

 でも、残念だよな。彼女けっこうかわいかったのになぁ、特に照れた顔が。

 部屋着もなんだっけ、ジェラピケ?みたいなの着ちゃって。掃除も料理も出来るし、まさに理想の彼女像。どうせぜんぶ童貞の妄想だけどね。


 ……いや、ほんとに。

警察の言う通り、優香──エネゴリちゃんは頭のおかしいストーカーのAに殺された。

 警察が言ったんだから、それが真実だ。


 これで俺の話は終わりだ。聞いてくれてありがとう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る