敦盛散華
秋山如雪
一. 一ノ谷にて
少年は、夜の海を見ながら笛を吹いていた。
その手に握られているのは、祖父・
少年の名は、平敦盛。この時、15歳。
寿永二年(1183年)5月の
(
同時に、共に笛の名手として、お互いに通じるものがあった。
その清経が、
その衝撃は、彼には計り知れなかった。
夜の海に漂う、満月を見ながら、笛を吹いていた敦盛だったが、その音色は、死者を弔うかのように、寂しげであった。
寿永二年閏10月1日。清盛の五男であり、敦盛にとって、叔父に当たる
平氏は、軍船同士をつなぎ合わせ、船上に板を渡すことにより、陣を構築。勢力は衰えていたが、「海の上」では平氏はまだまだ強かった。
義仲軍は足利義清・
この勝利により平氏軍は勢力を回復し、再入京を企て
そして。
寿永三年(1184年)2月4日、鎌倉方は矢合せを7日と定め、源頼朝の弟、
平家軍は福原に陣営を置いて、その外周、即ち東の
ところが、同日、搦手を率い
軍議が開かれたのは、その直後だった。
平家方の大将は、「知の
軍議には、清盛の異母弟の
また、勇将として名高く、敦盛と同じく清盛の甥でもある「
威風堂々たる、武人で、弓矢の名手であった教経は、この中でも一番、「戦に場慣れ」しているように、敦盛の目には映っていた。特に恐ろしげな、「鬼」のように鋭い眼光が苦手だった。
「さて。作戦だが」
知盛が一同を見回す。薄く口髭を生やし、端正な顔立ちの彼は、この時、33歳。敦盛の目には、いつでも冷静沈着な、「大将」格には相応しい人物に、知盛は見えていた。
「私と重衡は生田口、
通盛は、教経の兄に当たる。なお、塩屋口は、一ノ谷からさらに西になる。
「はっ」
諸将が頷く中、一番若い敦盛が疑問に思ったことを声に出していた。
「知盛様」
「何じゃ?」
「それだけにございますか?」
「それだけ、とは?」
「源氏方は、総兵力6万を越える大軍にございます。万が一の備えをしておいた方がよろしいのでは?」
だが、若く、戦の経験がほとんどない敦盛の発言など、彼らには聞く耳を持たないものだった。ましてや、平家軍は8万とも10万とも言われる大軍を擁していた。
「敦盛。そなたは若いからわからんだろうが、我が方は、一ノ谷を中心に強固な陣を構築しておる。万が一にも破られることはあるまい」
「しかし……」
なおも食い下がろうとする敦盛を鋭い声で制したのは、あの恐ろしい目をした教経であった。
「黙れ、小僧」
その迫力と、他人を圧するような威圧感のある声音に、敦盛は黙った。
「平家が総力を結集する
彼の言葉通り、清盛の三男、宗盛が海上に船と共に待機する手筈になっていた。
だが、敦盛には、それは「逃げ」の戦術に思えてならなかった。
同時に、背後の山が気にかかっていた。
「どうした、敦盛。怖気づいたか?」
そう、野太い声をかけて、彼の考えを止めたのは、知盛の長男で、16歳で、同い年の知章だった。父の知盛とは反対に、筋骨隆々の力自慢の男だった。
「違います。ただ、あの山が気になります」
そう言って、彼が指を差した先には、
ただ、そこは険しい断崖絶壁の山というより、「崖」であった。
「私が源氏の大将なら、あそこから攻めます。ですから、どうかあの辺りの守りを……」
と言いかけたところで、大きな笑い声が響いた。
忠度だった。つられて、教経まで笑っていた。
「ははは。敦盛。おぬし、戦を知らんな。あのような断崖絶壁から攻められるものか」
「まったくだ。小僧はおとなしく、後ろで見ておれ」
二人の大人にからかわれた上、大将格の知盛からも、
「鉄拐山はないな。それにその辺りには、忠度殿を配しておく。文武両道のそなたなら、万が一の心配もあるまい」
と、忠度に念を押しており、忠度も、「お任せあれ」と自信満々に頷いていた。
だが、若い敦盛の感性は、違っていた。
(誰もが「攻めない」と思うところから、攻められたら、終わる。しかも九郎義経は
彼は知っていた。
源義経は、京の都で、「朝日将軍」と呼ばれ、権勢を振るって、暴虐の限りを尽くした源義仲を、同族でありながら、宇治川の戦いで、見事に制し、さらについ先程入ってきた情報では、三草山で資盛、有盛を破っている。
それまで、源義経の名を知らない者が多かったが、彼はこれらの戦で武名を上げていた。
さらに、気になったのは、義経の軍が、軍を分けたことだ。1万騎を率いていたはずの搦手の大将格の義経は、忽然と「消えた」と思われていた。行方が掴めないのが不気味に思えた。
(何もなければよいが)
彼の視線の先にある、鉄拐山。またの名を「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます