第8話「思わぬ出会い」

 次の日。


 ネコは朝食を済ませると、いつも通り化粧を行い、ベージュの襟がレースになったカットソーにカミツレの制服と似たデザインのハイウェストスカートをチョイス。肌寒くてもいいように黒のショールを羽織って出掛けた。


 実家に帰るのにかかった時間の半分ほどかけて、ある大きな病院へと赴く。


 そこの入院患者にネコの祖父、有坂隆臣がいる。


 病床の上で身体を横にして窓を眺めるその老人は、齢が70を越えてなおも若々しく活気に溢れた眼差しをしていて、ベッドで横になっているのが似合わない。そう思わせる人物だった。


 彼は、ネコの姿を見ると一瞬驚き、すぐニカッと笑う。


「おう、ネコか。一瞬、どこの美女がやってきたのかと思ったぞ」


「おばあちゃんに怒られるよ。久しぶり」


「ああ、久しぶりだな。2年前にリヴァルツァへ遊びに行った日以来だ」


「これ、お土産のプラモデル」


 そう言って、ネコは戦車のイラストとM46パトリツィアと書かれたプラモデルを渡す。


 受け取った隆臣は目を細めると、にやりと笑いながら箱を開けて中身を検める。


「ほほう、俺の親父様がグランタニアで作ってた奴だな。お前にもよく話したよなぁ」


「胃の調子は大丈夫なの?」


「あぁ……大好きだったリヴァルツァのキングバーガーはもう二度と食べられないかもしれないが、まぁ命に比べたらな」


 そういって、彼は腹をさする。


 隆臣は社長職を辞して以来、リヴァルツァ合衆国に伯母と住むネコを訪問しては有坂家の歴代長男の話をし、またミリタリーの知識を授けたのも彼だ。


 今のネコを形成した人物の一人と言っても過言ではない。


「最近はどうだ」


「笑わない?」


「善処はする」


「女の子のフリをして、カミツレ女子に通ってる」


 彼は飲もうとした水を盛大に噴き出した。


「凄いな、確かにお前はその気になったら下手な女よりも美人だからな! うわっはっはっはっ!」


「もう、笑わないって言ったじゃん」


「善処はしたんだ。けれど耐えれなかったんだ」


 彼は水を飲みなおし、咳払いをする。


「それで? カミツレというとミーティアか。着けるのは久しぶりなんだろう?」


「うん。だけど問題無し。むしろ上級生よりも上手く扱えてるって褒められた」


「なんと言っても有坂家の長男だからな」


 その後も、世間話は続く。


 伯母の真子は元気していたか? とか、ガールフレンドはできたか? 学校では友達ができたか? いじめなんか受けていないか?


 そんな些細なことばかりだが、隆臣が体調を崩してから2年もの間、待ち望んでいた時間でもある。


 やがて、いつになく隆臣は真剣な表情になって神妙な声色になる。


「なぁ、ネコよ」


「うん、なぁに?」


「急がなくていいが、恋をしろよ」


「恋?」


「ああ。恋は人を変える。俺の親父、ネコにとって曾爺さんはそれで有坂重工を立ち上げた。曾爺さんとの差で悩んでた俺を救ってくれたのも婆さんだった。そして隆文。お前の親父もだ」


「父さんが?」


「アイツはずっと好きな物を作って遊ぶ、それしか考えられないで、あまり誰かに寄り添うような奴じゃなかった。けれど、お前のお母さんと出会いを経て、人を想うという事を初めて知ったんだ。今は、アイツも試練の時だが……」


 ネコは、喉の奥がきゅっと乾くような気がした。


 父さんは、今も母さんのことが好きなのだろうか。


 そんな事を考えていると、隆臣はネコの肩に優しく手を乗せた。


「そして次はお前だ、ネコ。一人でも良い、心の底から人を愛し、人を想いなさい。それはお前の糧になるはずだ。だけれど、糧にしようと恋に恋する事だけはやめるんだぞ。それは愛とは言わない」


「恋に恋する?」


「ああ。目的と手段が入れ替わってしまった奴のことだ。人を愛するのは飽くまでも手段だという事を忘れるなよ」 


「覚えておくよ……じゃあ、今日はもう帰るね」


「おう、気を付けて帰れよ」


「また近い内に来るから」


「ハッ。年頃のガキがジジイのところに顔を出すのなんてのはな、プレゼントとお年玉をねだる時だけでいいんだ。貴重な時間は同じ年頃の奴らに使ってやれ」


「わかったよ、じゃあね」



 ロビーにて自販機から飲み物を買って休憩していると、ネコは予想外の人物を目にする。


 ぼさぼさのボブカットで貧相な身体に眼鏡、微妙な柄のパーカーと色の抜けたジーパン。


 佐藤加奈その人だ。


「やぁ、佳奈? 奇遇だね!」


「なんだこの美人っ!? ってネコくんか! 私に声をかける美人がそうそう居てたまるかってね! ――って、なんでネコくんがここに!?」


「それはこっちのセリフだよ。帰り? それなら一緒にどこかでお昼ご飯を食べよ?」


「えっと、席代……要りますか?」


「いつも一緒に食堂で食べてるじゃん!」


 場所は近場のバーガーショップに決まった。


 ネコの姿はどこでも目を引いて、佳奈は一緒にこんな場所へ連れてきた事にいたたまれない気持ちになっていた。


「私、こういうところしか知らなくて……」


「いいよいいよ、こっちの方がボクも楽だし」


 そういって、ネコは適当なセットメニューを選ぶ。


 対する佳奈は最安値の単品メニューを数点と水という徹底的なコストパフォーマンス重視のメニューを選んだ。


「こんなところで会うなんて奇遇だね。ボクはおじいちゃんのお見舞いなんだけど、佳奈も?」


「私は……うん……そうなの、弟のお見舞い……」


「ふ~ん? じゃあ、帰省みたいなものって弟のお見舞いの事だったんだ? 隠す事ないのに」


「うん……」


 そういう佳奈の顔は暗い。


 ネコは、これ以上詮索するのはまずいと判断してそれ以上は何も言う事はなかった。


 やがて、二人が食べ終わって暫くしてから佳奈が口を開く。


「この間ネコくんが色々話してくれたからさ、私も話すよ」


「わかった」


「弟はね、生まれつき心臓に病気を抱えていて入院しがちだったんだけど、ウチのお父さんの工場が経営難で治療費をねん出する事ができなかったんだ」


 そう言うと、手にした紙コップをくしゃっ、と握りつぶした。


「私が中学3年の時には高校いくお金も無くなちゃって弟を生かす為に私が働くかって状況だったの。けど、国がやってるミーティアの適性検査で良い結果が出たお陰でカミツレの入学が決まってさ。お陰で学費は全部タダだし、実験に参加すれば謝礼も出るし、それで……いまに至るって感じかな」


 たどたどしく、一気に吐き出すように。


 伝わりづらくて、ある意味で佳奈らしい言葉の羅列を、ネコは頷きながら応える。


「そういう経緯があったんだ……」


「言うほど隠す様なことでも無かったし、ただ運が良かっただけ」


「でも、お陰で皆が幸せになれたんだからいいじゃないか。佳奈の優しさが幸運を呼んだんだよ」


「皆が幸せ……か……」


「やっぱり、君は凄いよ。誰かの為に何かを出来るっていうのは」


「でも、それ以上に迷惑をかけてるし……」


「もう、また自分の事を悪く言ってる。大丈夫だよ迷惑に思ってないってば」


「本当に……?」


「そうだ! ねぇ、佳奈はこの後どこかに行く予定はある?」


「ん? 無いよ? このまま帰って学校戻るだけ」


「それじゃあさ、一緒に遊んでいかない?」


「それって、デートですか!? やっぱり別途料金いりますか!?」


「ん~、どうしよっかな~? ボクみたいな美人は高いよ~? 払える~?」


「が、ガチャ禁します……」


「あははっ! 冗談冗談! 一緒に遊ぶのにお金は取らないって!」


「いやぁ~、それ超ご褒美じゃん!」


 そうして二人は街に繰り出した。


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