そんな事では、王子様。
ぱっつんぱつお
初めまして、私の婚約者様
私には同い年の婚約者が居る。
5歳の時に婚約して、今日、17歳の秋──、彼女と初めて会った。
「お会いしとう御座いましたわミカエル殿下」
「私もだよ。アンダーウッド辺境伯ライリー令嬢」
桃色の髪に青林檎の瞳。愛らしい色を持つ彼女はその色に似合いの微笑みを浮かべた。
飛び抜けて可愛いわけでも特段に美人でもない。
腰までのヘアーは令嬢らしく艷やかに輝いているが、王都では見慣れた
濡羽色の髪にアメジストの瞳のマルチネス公爵令嬢や、空色の髪にグレーの瞳のアリア伯爵令嬢、栗色の髪と瞳のアメリア男爵令嬢、私の周りに引っ付いてくるご令嬢方と何ら変わりない。
父である国王は、
仮にも私は第一王子だ。繋がりを強固にしたいとしても、わざわざ辺境伯を選ぶ理由が見つからない。
しいて挙げるなら金髪緑眼の私とライリー嬢が並んでも違和感がないことぐらいか。青林檎の瞳と深緑の瞳、よくマッチすると思う。
学園の最終年度でやっと辺境から出てきたわりには田舎臭くなくて助かった。王都の貴族令嬢と比べるといささか綺羅びやかさには欠けるが、まぁこれぐらいなら許容範囲だろう。
私の瞳に合わせたのか季節に合わせたのか、フォレストグリーンのドレスにレースなどの装飾は無くいたってシンプル。まるで軍服だが上品だといえば、そうだともとれる。
何にせよ、此方で用意したドレスに着替えてもらわずに助かった。
「さ! ライリー殿、お主は学園の新しい年を祝うイベントは初めてだろう? 折角だから此処で見ていなさい」
「陛下、わたくしの為にそんな……こんな未熟者に勿体なき席ですわ……!」
「良いのだ良いのだ。私の息子も出場するから、しかと見届けてほしいのだよ」
これから行われるのは、
いや、自慢か。
今までの一回も敗けたことがないのだから。流石に騎士団長の息子と学年が被っていれば危うかったが、頭の良さも剣術も国王の息子として不足は無い。
「ライリー嬢、必ずや勝利を手にして貴女に捧げましょう」
「素敵! 楽しみですわ!」
片膝をつき彼女の手を取ると、柔らかく微笑み互いの瞳が交わった。
頬は色付き、指先に熱が宿る。他の女と変わらない反応を見せるから、他の女より少しだけ特別に扱えば満足するだろう。
──それから二時間後、私はまたもや勝利を手にした。
観戦していた貴族令嬢の黄色い声を一心に浴び、今年は初めて会った婚約者の彼女に捧げよう。
高みの見物をする二人の元へ行けば、いつも通り「見事だった」と父である陛下が褒める。ライリー令嬢も「まるで舞っているようでしたわ!」と驚いているから、女とは容易いものだなと感じた。
つまらなくもないが惹かれもしない、安定した結婚生活ぐらいは望めるだろう。
「美しい男性達が演舞をなさる姿を辺境では観たことがないのでとても新鮮でしたわ! それで、闘いはいつ始まるのでしょうか?」
「え……? どういう意、」
「なはは! そうかそうか! いやあこれからだよ!」
「ッ陛下!?」
不思議そうに首を傾げる彼女に、陛下は「ライリー殿にも参加してもらおうと思うのだが、いけるか?」と問う。
まさか。相手は辺境伯の娘とはいえ貴族令嬢だ。
「まぁ! それは是非に!」
「いえライリー嬢、貴女は!」
「ミカエル。彼女もアンダーウッド辺境伯から剣術を学んでいるのだ。偏った瞳は捨て取り敢えず剣を持ちなさい」
「っ、そう、仰るのなら。ですが真剣の峰では不安ですので模擬刀でも良いでしょうか」
「わたくしはどちらでも構いません」
「はてさてそれは
畏まりましたと丁寧にご令嬢らしくお辞儀をし、あろうことかドレスのスカートをぺろりと剥がすではないか。
「君!!? 何を……!?」
思わず目を背けたのだが、彼女は「いえ大丈夫ですよ」と答える。
何も大丈夫ではない。女性が腿をこんな大衆の面前で晒して良いものか。
「殿下、目を逸らさずとも。わたくしラップスカートの下はパンツを履いておりますので」
「え?」
見ると確かにパンツスタイルへと変わっていた。
それでも女性の脚のラインが強調されているので目のやり場に困る。我が国の王都に女性騎士などそう居ない。
「ライリー殿との試合は先程の上位五名辺りからで良かろう。その者達にすぐに伝えてまいれ」
審査員であり教師でもある男に、指示を出す父上。
学生の士気を上げるのと学園の監視も含め、しばしば行事に参加なされる。善きことで目につけば、御側に置いてくれるかもしれないと皆精を出すのだ。
ライリー嬢がコロシアムの舞台に立った。
順位五番目の男と正面に向かい合い一礼する。
アンダーウッド辺境伯から剣術を学んでいるだけあってか礼儀を弁えているようだ。それに、剣の持ち方、構え方、重心の置き方も出来ているように思う。
──ものの一分、彼女は勝利した。
何が起こったのかわからない。
一分といっても最初の数十秒は相手の男が出方を悩んでいた時間だ。男が仕方無く一歩足を踏み出したその瞬間──、既に地面へと膝をついていたのだ。
冷やかしていた周りの声は、シンと静まる。
それから後の三人も瞬く間に敗れ、ついに私の番になってしまった。
有り得ない。婚約者と初めて顔を合わせたのに何故コロシアムの中心にふたり立っているのだ。全くもって理解出来ない。
「宜しくお願い致します殿下」
「あ、あぁ……」
──予想通り、私は敗れた。
こんな事があって良いものか。
有り得ない。こんな事は有り得ない。
私は一度も負けたことがないのに……!
「婚約者だからと気を遣わず真剣勝負してくだされば良いのに……。模擬刀では違いますでしょう。それに気持ちだって変わりますから」
私は真剣そのものだったのだが。
模擬刀だろうがなんだろうが刀であることには違い無い。ただ安全かそうでないかの問題ではないのか。
「っ、そうだな。ライリー嬢、もう一度頼めるか? 次は真剣で」
「ええ。勿論ですわ!」
そう言って立ち上がり、無様にもまた向かい合うのだが、やはり、私には模擬刀でも真剣でも関係無かった。
彼女にとっては棒を振り回す子供にでも見えるのだろうか。
「殿下……。先程と動きが変わっておりません……。剣の重さを利用しなければ……」
私が振り下ろした剣をいとも簡単に避け、彼女は呆れる。
それで一番ですか、と無邪気に煽って。
流石の私でもカチンときてしまい、目の前で揺れる
だが次に気付いたときには、既に地面に膝をついていたのだ。
腹に衝撃が走る。
笑えるな。
両膝をつき、見つめる地面に、はらりと桃色の髪が落ちてきた。私は、ゾッとして顔を上げる。
「殿下。女性の髪を掴むなどいくら真剣勝負でもいただけないですね」
「ライリー嬢……髪が……! 私の剣が当たったのか……!?」
結っていた紐がするりと落ちる。桃色の髪を引き立てる赤色の紐。
紳士にあるまじき行為、私はなんてことをしてしまったのだ。貴族女性の髪は命に等しいのに。
「いつまでも王子様が膝をついているものではないですよ」
呆れて手をのばすライリー嬢。
その手を取り、頭を下げ「申し訳無い」と謝った。取り返しのつかないことをしてしまったのだ、もっと怒ってくれてもいいだろうに。
「私を、責めないのか……?」
「責める? ふっ、とんでもないことで御座いますわ。むしろ髪を切る良い口実が出来ました」
華麗に髪を靡かせる姿を見て私はつい呟いてしまった。
「ちゅき……」
「……何ですって?」
「ライリー殿、よくやった!」
「陛下。お褒め頂き光栄ですが父に比べるとまだまだで御座います故、わたくしをそう甘やかさないで下さいませ」
「なはな! さすがアンダーウッド辺境伯! あやつなら拳ひとつだろうな」
「いえ、父なら眼力か顔力でしょう」
「なはは……余もされたことがあるから笑えんな……」
「っそ! それは父が大変な失礼を……!」
「良いのだ良いのだ! それでこそアンダーウッド辺境伯! それよりミカエル。何故彼女と婚約したのか分かったか?」
「っ、まぁ……」
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