【完結】Knife Sheath

[LEC1EN]

再生された世界にて

第1話

 三度目の世界大戦、そして人類史上最大規模の隕石災害から半世紀。

 破壊と混乱の連鎖を耐え抜き再び平穏を取り戻した人々は、新たに得たエネルギー資源を使い、長い時間をかけ復興に勤しみ、その中で生まれた新しい枠組みの中で世界を、社会を再構築していった。

 だが、新しい秩序の中で積み上げられた復興の歴史の中でも、人々は武器を取り、お互いに争い傷つけ合うことを忘れることができなかった。


 暗転していた意識を覚醒させ、少女が最初に感じたのは、全身を走る痛みと、炎の熱。そしてむせ返る煙の臭いだった。


「……何が起きたの?」


 そう思い、少女は閉じていたまぶたを開く。ぼやけていた視界が回復すると同時に、彼女は自分が置かれた状況をようやく把握した。

 彼女が居るのは、炎と瓦礫によって原型を失ったショッピングモール。少女は瓦礫にその細い身体を挟まれ、身動きが取れないでいた。炎と煙が視界を遮る中で、人々の悲鳴や銃声が否応なく耳に入ってくる。

 頭が痛い。そういえば、自分は何でこんな所に居るのか。思考がそこに及び、初めて自分の中に「何も無い」ことを自覚する。

 何も思い出せない。思い出そうとすると、頭痛が酷くなるのを感じた。頭に手を当てると、そこから血が流れているのに気づいた。傷口が熱を帯び、痛みと熱さで意識が朦朧とする。

 分からない。解らない。判らない。理解らない。


「えっ……何なの、これ……何なのッ!?」


 空っぽの、言うなれば生まれたばかりの少女は、自分を襲った悲劇の大きさの前にパニックを起こし、大粒の涙を流して赤子のように叫ぶことしかできなかった。

 さっきまで聞こえてきた悲鳴や叫び声が遠くなっていく。きっとみんな死んだんだ。私も、このまま死ぬのかな。

 少女がそう思った矢先、ショッピングモールの外壁が大きく崩れた。その余波で少女の動きを封じていた瓦礫に隙間が生まれ、彼女は最後の力を振り絞ってその場を離れる。少女がさっきまで居た場所が崩落し、そこに大きな穴が開く。寸でのところで抜けられたのが奇跡のように感じた。

 とりあえず命の危機を脱し、少女は胸をなでおろす。だが、次の瞬間に少女は目撃する。外壁に空いた穴から、二体の人影が建物の中に入り込んで来たのを。

 否。それはただの人影ではない。人の形を保っているものの、明らかに人間よりも大きい機械仕掛けの巨人。幼い少女はその存在を認識すると、思わず口を開く。


「……何……あれ?」


 目の前に現れた鉄の巨人は、お互いに武器を手に取り戦っていた。

 ナイフと手斧を手に、炎に照らされながら激しい打ち合いを演じる。

 ナイフを持つ側は、その顔に目も鼻もなく、仮面を被ったかのように無機的な印象を見る者に与えていた。逆に、手斧を持つ側はガスマスクを被ったような顔を持ち、人間的に見えなくもない。

 ショッピングモールという闘技場を舞台に、遥か過去の剣闘士を思わせる激突が、人間のおよそ五倍の躯体を誇る機械の巨人によって再現されている。少女はその破壊の余波から逃れつつ、戦いの行方を見守った。

 仮面の巨人が繰り出した攻撃を、ガスマスクの巨人が手斧を使って防ぐ。反撃とばかりにその一撃を押し返そうと、ガスマスクの巨人は脚腰に力を入れ、思い切り踏ん張った。仮面の巨人が、その反撃に押し返され、姿勢を崩す。

 ガスマスクの巨人は勝利を確信し、斧を大きく振り上げる。

 だがその直後、仮面の巨人は斧の間合いの内側へ潜り込むと、ガスマスクの巨人の腹にナイフを突き立て、続けざまに蹴りを加えた。

 バランスを崩されたガスマスクの巨人が、ショッピングモールのエスカレーターだったものに倒れ込む。仮面の巨人は、動けなくなった敵の前に立ち、手に持ったもう一本のナイフを相手の胸に深々と突き刺した。

 倒れた方の巨人は動かなくなり、戦いは終わった。だが、少女はその光景に圧倒されながらも魅了され、幻想的とさえ感じてしまっていた。


 シオン・ウェステンラは、自分の原点オリジンたる記憶の深奥から覚醒すると、鉄の巨人の胸中……コクピットで目を覚ました。

 十年前、テロで自分の記憶を失ったときの記憶が彼女の夢となって時折彼女を苦しめる。過去のトラウマが蘇り、心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。このままでは駄目だと自覚し、シオンは胸に手を当てると心の中で自分に「落ち着け」と強く命じた。


「……またあの頃の夢、か」


 もうこの夢を見るのも何度目なのだろう。

 そう思いながら落ち着きを取り戻すとゆっくりと息を吐き、自分の置かれている状況をすぐに認識した。機体の調整作業中に寝落ちしてしまったらしい。作業途中の制御システムがスリープ状態になっていた。シオンは、長い黒髪をかき上げ、制御システムを再起動させる。

 この鉄の巨人は強襲機動骨格アサルト・フレームと呼ばれ、隕石災害後に人類が手にした新たな兵器体系の体現者として、今や戦車や歩兵に並ぶ陸戦の主力として幅広く運用されていた。

 システムが再起動し、コクピットのメインディスプレイが点灯する。ディスプレイには強襲機動骨格アサルト・フレームにとって決して広くはない輸送機の格納庫と、作戦を共にする僚機の姿が映し出された。

 格納庫は中で機体を動かすようには出来ておらず、寝そべる形で押し込まれた強襲機動骨格アサルト・フレームは、いずれも手足を動かすこともできない。

 搭載されている機体は、シオンの乗る物も合わせて三機。三機とも、直線と平面によって形作られた装甲で身を鎧い、頭部も人間で言う所の「眼」や「顔」を司る部位がなく、仮面を被ったかのような無機質かつ無表情な印象を見る者に与えている。カラーリングこそ違うが、夢で見た少女……幼い頃のシオンを助けた機体と同型機だ。

 この機体は「タルボシュ」と呼ばれる環太平洋同盟軍の主力機であり、恐らく世界で最も普及していると言われた機体だった。


『起きたようね、シオン』


 通信機の向こうから、大人びた女性の声。


「すみません、シルヴィア隊長。大切な作戦前だというのに」

『いえ、休める時に休むのも、パイロットの仕事の内よ』

「でも……」

『デモもストも無い。レイフォードなんてこんな時間になってもまだいびきをかいてるわよ』


 そう言って、シルヴィアはもう一機の「タルボシュ」の方を見やる。苦笑しながらも、シオンは時計を確認すると、表示は作戦開始三十分前を示していた。

 シオン・ウェステンラは民間軍事会社PMC「エクイテス・セキュリティ・サービス」に所属する強襲機動骨格アサルト・フレームのパイロット。平たく言ってしまえば、金で雇われる傭兵だ。

 この時代、世界各地では紛争やテロが頻発し、軍や警察では手が回らないケースに対して傭兵や民間軍事会社の需要が増加していた。特に民間軍事会社は企業という形を取る体裁から顧客との信頼関係に重きを置き、厳格な契約や守秘義務を課していることから、特に重用されていた。

 エクイテス最大の顧客は、太平洋に面する複数の国家から成り立つ「環太平洋同盟」。

 同盟に所属する各国は隕石災害後の復興を早期に成し遂げ、世界最大規模の勢力として新たな秩序を打ち立てた。だが、同時にそれを成すために多方へ抑圧を強いてきた歴史を持ち、その抑圧が半世紀という時間をかけて成熟され、テロや紛争という形で噴出していた。シオンたちがこれから赴く任務も、そうやって噴出したものの後始末だ。


『今回のミッションのおさらいよ』


 作戦開始五分前。シルヴィアによる最後の作戦概要の説明が始まった。もう一人のパイロット、レイフォード・スティーヴンスもいつの間にか眠りから覚めてシルヴィアの説明に聞き入っている。


『今回の私たちの目的は、市街地を制圧している武装勢力の排除。敵は強襲機動骨格アサルト・フレームが六機。いずれもクドラクタイプと推測されるわ』


 説明が進むに伴い、コクピットのメインディスプレイに関連した資料が表示される。敵の大まかな配置や武装、潜伏場所など、いずれも戦闘を進める上で重要な情報だ。

 シオンはそれを頭に叩き込みつつ、シルヴィアの説明に耳を傾けた。


『私たちは市街地上空から空挺降下で敵の中心に降下してこれを無力化することになるわ。もちろん、降下中に発見された場合、攻撃が集中することになるから、気を付けて』


 説明を終えると同時に、作戦開始時刻が訪れる。

 輸送機の格納庫が減圧され、ハッチが開放。シルヴィアの機体から順に、後方へと射出されていく。

 シオン機は一番最後に射出され、他の二機と同じく曇海の中へと消えていった。

 空には、かつて地上に招かれなかった幾百もの小惑星が帯となって浮かんでいた。

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