第7話「英雄様を運ぶのは、私の役目です」




――レーア・カイテル視点――




「僕が聞いたのは、

『シフ伯爵令嬢のスカートの丈が短い』

『ブラウスのボタンを二つ以上外すのははしたない』

『家族でも婚約者でもない者が、殿下のお名前を気安く呼んではいけない』

というものでした。

カイテル公爵令嬢の言っていることは正論だと思います。

シフ伯爵令嬢、反論はありますか? 

それともカイテル公爵令嬢に他にも何か言われたのですか?」


あら、シフ伯爵令嬢を注意したとき、英雄様もいらしたのね。


はしたないところを見られてしまったわ。


「た、確かに言われたのはその三つよ! 

でも全部私の悪口じゃない! 

ベルンハルト様の婚約者だからって偉そうにしちゃって、感じ悪い。

服装や話し方についてまで、とやかく言われたくないわ!」


「恐れながらシフ伯爵令嬢。

カイテル公爵令嬢は生徒会副会長として、学園の風紀を守るために言ったのだと思います」


「そ、それは……そうかもしれないけど」


シフ伯爵令嬢が言葉につまる。


よかったわ。私の英雄は、シフ伯爵令嬢のぶりっ子な演技にはひっかからなくて。


「第一王子がおっしゃっていた、カイテル公爵令嬢がシフ伯爵令嬢を人前で罵ったことについてですが。

僕も偶然その場に居合わせ二人の会話を聞きました。

僕の聞いた限りでは、カイテル公爵令嬢はシフ伯爵令嬢の服装や行いについて注意しただけで、罵ってるようには聞こえませんでした」


英雄様、正論ですわ。


「嘘を言わないで! 

私レーア様に酷いことを言われて、とっても傷ついたんだから!」


シフ伯爵令嬢、悲しそうな顔をして甘えれば、誰もが言うなりになるとは思わないことね。


「ハンナに名前呼びを許可したのは俺だ!

 レーアにどうこう言われる筋合いはない!」


殿下が反論した。


殿下のこの軽率な行いが、どれだけシフ伯爵令嬢を増長させたことか。


「そうでしょうか? 

僕はそうは思いません」


英雄様、殿下とシフ伯爵令嬢に言ってやってください。


「何だと?!」


「カイテル公爵令嬢がおっしゃったように、王族の方を身内でもない、婚約者でもない方が呼び捨てにするのが正しいことだとは思えません。

カイテル公爵令嬢がシフ伯爵令嬢に注意したことは間違っていないと思います」


「くっ……!」


殿下は反論できないようです。


殿下に歯向かう人間がいなかったので、殿下は打たれ弱いのです。


「次に昨日の二時間目と三時間目の間の休み時間に、カイテル公爵令嬢がシフ伯爵令嬢を東校舎の階段から突き落とした件ですが」


英雄様が確信に迫る。


「それは間違いないわ〜。

私のこの怪我と〜、レーア様の手の甲の傷が〜証拠よ〜」


「被害者のハンナがこう言っている。

レーアがハンナを階段から突き落とした犯人で間違いない」


「恐れながら殿下。

被害者の証言だけでは証拠とは言えません」


そうです、そのとおりです。


言ってやってください英雄様。


「証拠なら他にもある。

レーアの手の甲には、階段から落ちるときハンナがつけた引っかき傷がある。

それこそが動かぬ証拠だ」


私の手の甲の傷には理由があります。


「殿下、恐れながら申し上げます。

カイテル公爵令嬢はその時間東校舎に行っておりません」


どうしてそれを英雄様が知っているのかしら?


「なんだと?」


殿下は驚いた顔をしている。


私にアリバイがあるとは思っていなかったようですね。


「東校舎には普通科のクラスしかなく、特進クラスのカイテル公爵令嬢が行く理由がありません」


そのとおりですわ。


「だが、それだけでは……」


「ベルンハルト様の言うとおりよ! 

私に嫌がらせするために、レーア様は東校舎までやって来たのよ!」


シフ伯爵令嬢、私はそんなに暇ではありませんわ。


「僕は休み時間、カイテル公爵令嬢がどこにいたか存じております。

カイテル公爵令嬢の手の甲の怪我の原因についても存じております」


「えっ?」


シフ伯爵令嬢の顔には不味いと書いてありました。


「昨日の二時間目と三時間目の休み時間、カイテル公爵令嬢は裏庭にいました。

僕は教室の窓から、カイテル公爵令嬢が裏庭で猫と戯れているのを見ました」


恥ずかしいわ。英雄様に見られていたのね。


お転婆だと思われたかしら?


「レーアが裏庭にいただと!?」


「レーア様が猫と遊んでいたすって!?」


私のアリバイが証明され、殿下とシフ伯爵令嬢が慌てている。


「はい殿下。

カイテル公爵令嬢は学園に住み着いてる野良猫と戯れておりました。

カイテル公爵令嬢の手の甲の傷は、その時猫に引っかかれてできたものです」


そんなところまで英雄様に見られていたのね。


穴があったら入りたいわ。


「それは本当なのかレーア!」


「はい王子殿下。

私が裏庭にいたことは、理事長も知っていることです。

たまたま裏庭を通りかかった理事長は、私が猫に引っかかれる現場も目撃しております」


ですが理事長は第一王子派なので、証言してくれないと思い、黙っていました。


「くそっ……! 

ハンナが階段から突き落とされた件については、貴様を容疑所から外してやる! 

この件については改めて調べる! 

国外追放の件は撤回してやる! 

だが貴様との婚約の破棄は撤回しない! 

貴様がハンナをいじめた心の醜い女だと言うことは、分かっているからな! 

いずれぐうのねも出ない証拠を突きつけてやる! 

覚悟しておけよ!」


第一王子は私のことが気に入らないらしい。


「殿下との婚約破棄、謹んでお受けいたします」


私は立ち上がり優雅にカーテシーをした。


殿下のことは全く好きではありませんでしたし、私は運命の相手に出会ったので、婚約破棄していただけて嬉しいです。


「ミハエル・オーベルト! 

貴様の名は忘れんからな!」


殿下は、私の英雄を睨むとくるりと踵を返した。


大丈夫ですよ英雄様。


私が命に変えても英雄様をお守りしますからね。


「行くぞハンナ!」


「は〜い。

ベルンハルト様〜!」


殿下とシフ伯爵令嬢が食堂を出て行った後も誰も口を開くものはなく、食堂はしばし静まり返っていた。


英雄様にお礼を言おうとしたとき、バタリと音を立ててオーベルト男爵が倒れた。


死んでしまったかと思い、慌てて彼に近づき脈をはかる。


弱いが脈拍を感じられ、ホッと息をついた。


オーベルト男爵が死んでしまったのではないかと、冷や汗をかきましたわ。


エルフの里に殴り込みをかけて、不死の霊薬アムリタを強奪しなくてはいけないかと思いました。


「お嬢様、大丈夫でしたか? 

すみません、お嬢様の危機にお役に立てず」


チェイが私の側までやってきて、頭を下げた。


「いいえ、あなたは役に立ったわ。

ちゃんと録音できたのでしょう?」


「はい、ばっちりです!」


小声で尋ねると、チェイが笑顔で答えた。


「国王陛下に報告しますか? 

それとも公爵様に報告するのが先でしょうか?」


「父が先ね。

それよりも今はオーベルト男爵のことが気になります。

この方を保健室に運ばなくては」


「では、男手の手配を」


「いえ、その必要はないわ」


チェイが人を呼びに行こうとするのも止める。


オーベルト男爵は第一王子に盾突いてしまった。


そんな彼に手を貸す人間は学園にはいない。


「お嬢様、なにを!」


チェイが驚いた顔でこちらを見ている。


私はオーベルト男爵を持ち上げ肩に担いだ。


肩に乗せた男爵は羽のように軽かった。


「殿方の一人や二人や三人や四人、担いで百メートルの崖を登るくらい朝飯前ですわ」


「いやお嬢様、そんなに大勢の殿方を背負ってロッククライミングするってどんな状況ですか?」


「さあ?」


私の英雄様に他の誰かが触れるのは嫌。


「お嬢様、王子の婚約者が婚約者以外の殿方を担いでもよいのですか? 

後でお叱りを受けませんか?」


誰にどう思われても構わない。


「人命救助なら話は別よ。

それに私はもう第一王子の婚約者ではないわ」


オーベルト男爵を保健室に運ぶのは、私の役目です。




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