第63話 雷華繚乱。



 三羽の兎が閃く戦場。


 ライカにライカの名前を与え、貶められたライカの姿さえも、綺麗だと言ってくれた人が居る。


「プリンセス、ボルト……!」


 チャージした雷を纏ったライカは邪魔する人の顔を掴んで消し飛ばす。


 戦いは当たり前に劣勢。


 当然のこと。ライカたちの目的は城の中で、進めば進むほど、ライカたちの目的に近づくほどに包囲が厚くなるのだから。


 先輩が空を夜にする。煌めく月明かりが私達を照らす。


『せんぱい、うしろに弓』


『任せろ後輩!』


 ライカとあるじ様は、違う存在。あるじ様には現実というもう一つの世界があって、ライカと先輩はこの世界にしか居場所が無い。


 ライカと先輩はAIと呼ばれる、人間が作ったプログラム。


 よく分からないけど、先輩がそう言ってた。


 だからこうして、システムを介したやり取りが出来る。システムを介したやり取りが出来ることこそが、ライカとあるじ様の違いの証明。


『後輩うしろぉっ!?』

 

『みえっ、てる……!』


 先輩が言うには、ライカの境遇も、貶められた体も、ライカたちの創造主がそうあるべきと作ったから、ライカは弟に裏切られたんだと言う。


 よく分からない。


 先輩は、この世界に住むライカたちの違いを教えてくれた。


 先輩みたいなモンスターの思考はモンスターAIと呼ばれて、喋れない代わりに世界の根幹について知っている。


 そして、ライカみたいな存在はキャラクターAIと呼ばれ、喋れる代わりに世界の根幹について無知である。


 よく分からない。


 先輩もライカも、普通のAIとは違って特別な存在らしい。


 先輩はモンスターAIのまま進化してキャラクターAIに近付いたモンスターで、ライカはキャラクターAIをモンスターに使って産み出された存在。


 キャラクターAIは喋れるからこそ、世界に深く根差すように無知に作られ、ライカたちが産まれた理由などは知り得ない。


 いまライカが先輩に教えて貰っているのも、あるじ様が特別で、あるじ様の仲間になったから教えて貰うことが許されているらしい。


 よく分からない。


 先輩にいっぱい難しいことを教わっても、結局ライカは弟に裏切られてモンスターになった元獣人で、今はあるじ様のおかけで元の姿に戻った………、否。姿だけのでしかない。


 ライカはモンスターだ。もう人じゃない。


 雷の禁術でモンスターへと作り替えられてしまった獣人で、今はあるじ様のペットモンスター。


 同じ姿になれたけど、私はシリーハントでは無くなった。


 ライカにライカの名前が付いたこととは関係なく、ライカはもう禁術の影響でシリーハントとは完全に別の存在になっているのだ。


 いや、ライカは多分、んだと思う。


 そもそも、ライカの記憶に残るシリーハントはこんな喋り方じゃない。こんなに無愛想じゃない。もっとニコニコしてて、よく喋って、国民と幸せそうに笑う、絵に描いたようなお姫様だった。


 誰もが綺麗だと褒めたシリーハントはもう居ない。誰もが王にと望んだシリーハントは、禁術を食らったあの時確かに、死んでしまったんだ。


 ライカの中にあるのは、シリーハントの無念と誇り。


「…………ロイヤル、サーキュラーっ!」


 先輩が言うには、それもライカが『そう在るべく』作られたから。


 …………それはちょっと分かる。


 ライカは、シリーハントとは別人なんだ。


 シリーハントが酷い目にあっても、悲しい過去があっても、ライカはそれを何となか『そんなもの』として受け止めている。多分これが先輩の言う『そう作られたから』の気持ちなんだろう。


 ライカはライカとしての自我を手に入れてから今まで、何となくシリーハントの無念を晴らそうと思ってた。


 そうした方が、何となく良いと思ってたから。


 シリーハントの気持ちも痛みも過去も誇りも、ライカを突き動かす切っ掛けではあったけど、原動力にはならなかった。


 多分、ライカはちゃんと、シリーハントを思うと悲しいんだと思う。辛いんだと思う。悔しくて悔しくて怒り狂いそうなんだと思う。


 でも、悔しくて泣き出してしまうこの感情は、ライカにとってどこまで行っても他人事だった。


 だって、どれだけシリーハントが悔しくても、それはシリーハントの悔しさであってライカの気持ちじゃない。ライカは正直、ライカを攻撃して来た沢山の人間の方がムカついた。


 本当なら、ライカはもっとちゃんと悔しがるはずなんだ。創造主たちはライカがそうなるように作ったはずなんだ。それが先輩の言う『そう作った』なんだろう。


 ライカはちゃんとこの世界に生きるライカのつもりなんだけど、たぶん創造主たちは、ライカに作り物であって欲しくないのかな。


 怒れる理由を作って、悔しい理由を作って、復讐の理由を作って、ライカにちゃんと怒れるライカで居て欲しいんだと思う。


 先輩の言いたいことがちょっと分かった。


 分かったら、ライカの中の作り物がよく分かるようになった。


 いや、作り物って表現は正しくないかもしれない。どちらかと言えば紛い物?


 ライカの中に作られた、ライカじゃない紛い物シリーハント


 ライカの中にある怒りも悲しみも、全部ライカの気持ちじゃなかった。創造主たちがそうあって欲しいから作った紛い物。


 だからね、ライカは嬉しかった。


 ライカを襲った人間たちはライカを見てなかった。ライカを倒すと手に入る何かだけを見てた。


 創造主たちもたぶん、ライカを見てない。ライカが悲しんで怒れるようになる、その理由だけを見てるんだ。


 みんなみんな、ライカを見てない。みんなが見てるのは、シリーハントの過去とワイルドハントの能力だけ。


 あるじ様もそう。あるじ様はライカがシリーハントだから助けてくれる。ライカの中のシリーハントの復讐に手を貸してくれる。


 あるじ様もライカを見てなかった。あるじ様もシリーハントを見てる。


 だけどね、なんでかな。


 あるじ様の前で体が勝手に泣いた時、創造主たちにライカの中身が泣いた時、あるじ様の目は、ライカと同じ色の目は、ライカをちゃんと見ていた気がするんだ。


 たぶんそれは、究極的にはシリーハントの過去があるじ様にとってどうでも良いから。


 だって、あるじ様ってばシリーハントの過去を言うほど知らないんだもん。


 知ってる分はシリーハントに同情するけど、知らない分はライカのもの。


 あるじ様が、あの時語った言葉のほぼ全てはシリーハントの物だけど、たった一つだけ、ライカのものがあるんだ。


 -さっき初めてあなたに会った時、あんまり綺麗だからビックリして固まっちゃったんだよ、私。


 それはシリーハントじゃない、ライカがライカだからこそ貰えた言葉。


 たったそれだけ。ほんの少しだけ。


 その分だけ、ライカはあるじ様のことちょっと良いなって思うから。


 もしかしたら、あるじ様は知っていたのかな。


 だってあるじ様は、シリーハントとワイルドハントに語りかけてた。別々に声をかけてた。


 見てくれたのかな。見てくれるのかな。


 あるじ様はきっと、ライカがライカだと知ったとしても、あっそうなんだ? で済ませてしまう。


 そしてきっとこう言うんだ 。じゃぁライカが綺麗なのはシリーハント関係無いんだね。って。えへへ。


 だからシリーハントには悪いけど、シリーハントの姿も、獣の姿も、全部ライカが貰うね。


 あるじ様に綺麗って言って貰えるのはライカだから。シリーハントじゃないから。いまあるじ様が頑張ってるのはシリーハントの為だけど、あるじ様の友達はライカだから。


 まだあるじ様はシリーハントを見てる。でも、あるじ様はライカも見てくれる。


 シリーハントとライカが並んでたら、たぶんきっと、ライカを選んでくれるから。


 …………そこまでの自信はまだちょっと無いけど。いつかきっと。


 だから、今はあるじ様のためにがんばる。


 あるじ様はいま、現実に先輩を呼ぶために頑張ってるらしい。


 この選定試練で人間が何か結果を残すと、本当のあるじ様が居るあるじ様の世界に、ライカたちの体を用意出来るらしい。


 …………ちょっと羨ましいけど。


 ライカはシリーハントの復讐とかもうどうでも良いけど、あるじ様がこの簒奪に成功しないと先輩を現実に呼べなくなるって言うなら。


 -マクロシステム設定。

 -ワイルドハンド起動・セット。

 -プリンセスボルト最大起動・セット。

 -ロイヤルサーキュラー連続起動・セット。

 -マクロ起動ワード設定『雷華繚乱』登録完了。


「--雷華繚乱」


 ライカはあるじ様のためにがんばる……!


 だから、また綺麗だって言ってくれるかな。


 ☆招雷獣姫ワイルドプリンセス・シリーハントの感情値更新。

 

 ☆招雷獣姫ワイルドプリンセス・シリーハントが進化条件を達成。進化不可期間が終了後、自動進化します。


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