第16話 バイク

「そろそろここを引き払おうと思う」


 自然破壊試し斬りから家に帰ってきたところで、俺は叶森にそう切り出す。叶森は対物レールガンを分解して整備しながら(流石プロ顔負けの技量を持つプラモデラーだ)、首を傾げて訊いてきた。


「なんで?」


 今回の蹂躙で食料は随分と手に入ったし、まだ生活には余裕がある。せっかく大量のMPを消費して建てた家が健在なのに、何故ここを離れるのか理由がわからないのは実にもっともな話だ。


「叶森、忘れてないか? ここはルシオン王国の領内だぞ」

「あっ」


 そう、ここは人里離れた草原とはいえ、視界の端に王都が映り込むくらいにはしっかりルシオン王国の領内なのだ。歩けば数時間は掛かるが、逆にいえば数時間掛かれば王都から歩いて来れてしまう距離なのである。そんなところにのんびりと家を構えていたら、いずれは見回りの兵士やら役人やらに見つかってトラブルになる可能性は決して否定できない。


「加えて、良い狩場だった森を潰しちゃったからな。今ある食料が尽きない内に新天地を探さないと、最悪飢え死にするかもしれない」

「それは確かにそうだね。……でも、追放された他の人達を探すのはどうするの? まだ近くにいると思うんだけど」

「ああ。まずは追放仲間を探すのが最優先だな。で、これ以上探しても見つからないとなれば、あとは残念だが切り上げて先に進むしかない」


 なので、今からやらなければならないことは三つ。まず一つ目が車やバイクのような移動手段の確保だ。次に簡易的なテントなりキャンピングカーなり、屋外での寝泊まりに耐えうる装備の新調。最後に、それらを持ち運びながら王都周辺での仲間探しだ。


「移動しながらってなると、あまり大きな荷物は待てないね」

「ああ。だから野営は折り畳みのテントとかになると思う。野生動物とか魔物とかの脅威を考えると、あまり長い期間軽装備でいることは望ましくない。仲間の捜索にはそこまで時間を掛けられないぞ」

「それはまあ仕方がないよ。私達の命より大事なものはないんだから」


 そこの優先順位だけは譲れない。叶森も同じ意見のようなので、そこは随分と楽で助かる。もしここで意見の相違が生まれたら、すり合わせるのにお互いかなりの精神的な負担があるからな。


「で、移動手段なんだが……どうもまだ車を作るにはMPが足りないっぽいんだ」


 テレビやインターネット環境を整備するならともかく、家単体ならぶっちゃけそこまでハイテクなものではないので、実は家を建てるのには言うほど大量のMPを消費していなかったりする。具体的には対物レールガン三つ分くらいだ。この【SF】という『恩寵グレース』は、創造する物の科学水準に応じて必要MPが上下するらしい。


「車が無理かー。自転車は?」

「余裕だな」

「そっか。じゃあバイクはどうだろう」

「……今、軽くバイクの構造やら質量やらをイメージしてみたが、ギリギリ作れそうだ」

「じゃあバイクでいこうか。流石に異世界でチャリはしんどいよ」

「そうだな。そうしよう」


 バイクを作るとはいっても、流石にエンジン周りの細かい素材やら強度まではわからない。だからそこはなんとなくフワッとしたイメージでゴリ押すことになる。消費MPが多いのには、そういった無理を通すことによる弊害という側面もあるのかもな。


「エンジンの大雑把な仕組みくらいならわかるのが助かったね」

「ああ。モデラーでよかった」


 SF趣味が高じて、宇宙戦艦だけでなくバイクや自動車のプラモデルも作っていたのが功を奏したな。流石に自動車オタクほど詳しいわけではないが、プラモ作りの過程でだいたいどこにどんな役割の部品があるのかくらいならお互いに知っている。忘れてしまった部分を教え合いっこすれば、バイクくらいなら問題なく作れる筈だ。


「よし、じゃあ早速作っちゃおう!」

「そうだな。流石にABSアンチロック・ブレーキ・システムまで再現したりするのは難しいから、作るとなると若干古い型のバイクになるな」


 コンピュータ制御関連の装備を作るのはまだ難しい(いずれできるようになりたいとは思うが)。なのでそもそもコンピュータが存在しない時代の、往年の名車を再現させていただこう。


「最近作ったのだと……ヤマノハのUR四〇〇が記憶に新しいな」

「あれカッコいいよねぇ〜。じゃあヤマノハをベースに作る感じかな」

「そうなるな。早速作ってみよう」


 まずはエンジン周りからイメージを固めて、次に駆動系、タイヤに、フロントフォーク……。


「イメージが固まった。――――【SF】発動!」


 本日の残りMPのほとんどを注ぎ込んで【SF】を発動する。若干の虚脱感を覚えつつ、脳内のイメージを現実に出力していく。


「……よし、完成だ」


 ワンルームの部屋に突如として現れた自動二輪車。部屋が狭い分、存在感が半端じゃない。


「ふおお……っ! かっこいいね!」


 叶森が目をキラキラと輝かせて興奮している。かくいう俺も、憧れの名車を再現できて大満足だ。


「エンジン、かけてみるか」


 部屋の中でエンジンをかけると家が排ガス臭くなってしまうので、外までえっちらおっちら押して運ぶ俺。慣れない重さに腕がプルプルしている。


「よし、エンジンスタートだ」


 キックスターターと呼ばれるレバー状のペダルを出し、バイクにまたがってレバーを勢いよく踏む。なかなかうまくいかないが、数回ほど繰り返していると、トトト――――……という低い音を上げながら排気量四〇〇ccのエンジンが起動した。


「よし、起動だ!」


 そのままアクセルを捻ると、ドルルルンッ――――という力強い単気筒エンジンの唸り声が周囲に響き渡る。


「うお〜! かっけ〜!」


 叶森はその場でぴょんぴょんと跳ねてはしゃいでいる。俺も飛び跳ねたい気分だ。


「私にもやらせて!」

「いいぞ」


 シートを譲ると、叶森は嬉しそうに跨って……悲しそうな顔になった。


「足が届かない……」


 そういえば、このバイクの元になったモデルのシート高は七九〇ミリくらいあったような気がする。身長一五〇センチあるか怪しい叶森では、足つきは最悪だろう。


「でもエンジン吹かすのは楽しいね」


 ――――ドルルルンッ、ドルルンッ……とスロットルを全開にして遊ぶ叶森。ここは俺達の育った日本の住宅密集地ではないので、近所迷惑なんて考える必要はまったくないからな。調子に乗ってエンジンをブン回したところで、誰も文句を言う奴なんていないのだ。


「あっ、なんかコツ掴んできたかも」


 ――――ドルルルルルルルルルルルルルルルッ ドルルルルッ ドルルルルッ ドルドルドルドルドルッ ドルルルンッ……

 気を取り直した叶森が、暴走族のようにエンジン音で「剣の舞」を奏で始めた。いや、それ超高等技術では? なんで女子高生ができるんだよ……。


 何はともあれ、こうして移動手段を手に入れた俺達。これで遠出が可能になったわけだ。


「でも出発は明日だな」

「なんで?」

「MPが無い」

「またそのパターンか〜」


 MPは俺達の生命線だ。今すぐここを出なければならない必要がない以上は、万全な状態になってから出発したほうが良いだろう。


「とりあえずMP空だし新しくベッド作れないから、今日も一緒に寝ることになるな」

「う、うん……」


 バイクに跨ったまま、赤くなって恥ずかしそうに目を逸らす叶森はとても可愛かったです。感謝。






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