決戦の摩天楼①



「――――――――積もる話も終わった」


 腰を上げた良太郎が呟く。

 月彦が転生者である告白、良太郎の秘密と魔王の攻略法、暁奈が『今世最後の魔女』と呼ばれている所以、そして起こり得る最悪の状況のシミュレーション……打ち明けるべき事柄はすべて言い尽くしたと言っても過言ではなかった。


「あとは行くだけ、っつぇア!?」


 雨に濡れた制服から着替え、腹ごしらえもして準備万端。戸締りをすれば向かうだけ……となったとことを狙いすましたかのごとく、月彦がポケットに忍ばせていたスマホが震える。


 戦いの最中に茶々を入れられては堪らない。電源を落としておくべきか……と表示された名前を見て、目の色が変わった。


「月彦?」


 いぶかしがる良太郎を手のひらで制し、通話。次いでスピーカーに切り替える。


『――おお、繋がったか。その分だとギリギリセーフってところかな?』

「ですね。それよりあなたこそなんの用ですか? お祖父じい様に呪詛を販売する契約も切れて、商売の伝手もなくなったあなたはこの町を去った――ですよね? 

「!」


 白々しく述べたため、最初は首を傾げていた良太郎と暁奈も、相手が何者なのかつぶさに悟る。


『ああ、去ったさ。去る直前に手痛い仕打ちを受けたが、なんとか持ち直してやっと連絡できた次第だ』

「手痛い仕打ち……?」

に手持ちの商品を全部食われてね』

「なっ……! え、あ、」

「ちょっ、バカテンドー……!」


 思わず驚きを声に出してしまった良太郎が口元を押えるが、もう遅い。

 『おっ、ご友人もそばにいるのか』と嗅ぎつけ、話は早いとばかりに続ける。


『これまで商売敵に襲われることはあっても、あんな異界の怪物に襲われる筋合いはなくてね。その様子が本当なら君達ではないことになる……というより、私が抵抗する暇もなく膝をつく羽目になるようなバケモノだ。元よりなにか尋常ではない事態の産物だろうとは考えていたさ』

「…………」

『君達が個人的にどうこうしようとしているなら、私の手を借りるのは適任ではないかな? なにせこちとら根無し草のフリーランスだ。後からおっかない魔法使いが追いかけてくる道理もない。料金が不安なら、今回は私も個人的な報復が目的だから特別に無料にしておこう……どうだい?』


 月彦は二人と顔を見合わせる。

 今は猫の手も借りたい状態だ。相手が資本主義の悪魔だとしても、利害の一致で助けを得られるならば使わない手はない。

 良太郎も暁奈も頷いた。


「分かりま――」

「――いや、無料は勘弁願おう」


 突然返答に割り込んできたのは、意外にもステラだった。

 スマホへと向けられる顔が前触れもなく一つ増えて、月彦のみならず、良太郎までもがぎょっとして目を丸くしていた。


『そちらは?』

「私は聖剣だ。異世界のな」

『ほほう! そいつは珍しい!』


 フリーランスと言いつつ魔法使いに他ならないヒミコは、スピーカー越しにも分かるほど声を弾ませる。なにせ、ステラは異世界の国宝級なのだ。否応なく興味をそそられる対象なのだろう。


『して、その聖剣の君がどうして契約に口出しを?』

「『無料タダより高い物はない』と、この国では言うのだろう? そも報復など一銭の価値もない。本気で報復するのであれば、相応の手練れに依頼するだろう。後々請求されては厄介極まる。ならば身銭と共に悪縁を切っておいた方がいい」


 今後ヒミコからいいように利用される危険性をなくす……後顧の憂いを断つ目的だと、すっぱり言い切ったステラに『はははは! 流石は聖剣か! こうも気持ちよく一刀両断されるとはね!』とヒミコは不釣り合いなほど朗らかに笑ってみせた。

 毒づかれたとは思えないほど豪胆な反応は、しかし的を射ていた。


『そうさ、これを機にコネクションの一つでも設けておこうかと思ってね。電話番号が正しかったことが分かっただけでなく、借りも作れたら重畳さ』

「女狐め」

『お褒めに預かり光栄だ……だがどうするんだい?』


 目論見を見抜かれながら、あっけらかんとヒミコは開き直る。


『君達学生の身が、私に支払えるだけの蓄えがあるとは思えない』

「…………」


 確かにそうだ。曲がりなりにも裕福な家を背後に持つ月彦と言えど、自由に使える大金があるはずもなく。それは良太郎や暁奈も同じ。

 痛いところを突いて退散させるつもりだったのであれば、反論を受けた段階でこちらの劣勢……かと思いきや。


「身銭とは言ったが、金銭だとは言ってないぞ?」


 ステラはしれっと言ってのける。


「!」

「長くは話せないが、ひととおり説明して五分、いや十分で……どうだ?」

『は――――』


 沈黙が張り詰めた糸だったのが、一瞬。


『はははははははは!』


 ぷつん、と切れるのもまた一瞬だった。


『これはこれは! また豪勢な身銭もあったものだよ! はははは! これじゃあ私の方が支払わないといけないんじゃないかな!』

「いらん。次私達の前に現れれば三枚に下ろしてやる」

『それはごめん被る! はははは!』


 爆笑三昧のヒミコを尻目に、ステラは静かにスマホを卓上に置くことを指示する。


「お前達は戸締りでもしてこい。こいつの相手は私だけで十分だ。ついでに現状の説明もしておく」

「あ、ああ……」


 気が散って邪魔だと言わんばかりに手のひらをはためかせられたが、一番皆本家の勝手に詳しくない月彦は、居間の片づけと戸締りを申し付けられた。


『逆に情報をいただけて有難い。情報は商品と違って在庫を気にする必要はないし、異世界主義の魔法使い共は喉から手が出るほど欲しがる。……なあなあ、これは単純な興味なんだが、「異世界の聖剣」だという君くらいになると、「原初の創生魔法」なんかも使えたりするのかな?』

「使えるわけないだろう」

「使えないのかぁ」

「魔法の基本は、掴みやすいイメージだと知らぬ貴様ではないだろう。光も闇も無き混沌と天地開闢の権能だぞ? 正しくイメージできる者など、今は亡き神くらいだろうよ」

『はははは! そりゃそうだ』

「そんな世話話に耽る間柄でもないだろう。埒が明かないので、こちらから話すぞ――――」


 そのため聞き耳をそばだてる形だったが、ステラの話し声が絶え間なく聞こえていた。


 自身が聖剣であることの経緯、その特性と能力、そして惜しみない異世界の情報の数々。

 なるほど、ヒミコの意見を訊くのであれば、魔王の概要も話しておく必要がある。理に適った取引はステラが一枚上手だったかと感心する頃には、月彦達の現状の説明へと移ろっていった。


 ――ヒミコが出くわしたであろう人型の蟲は、異世界で『魔王の蟲』と呼ばれた魔王の懐刀であること。異世界での戦いで勇者が討ち取り損ね、この世界へと逃れて暗躍。ヒミコが朔之介へと提供した呪詛を食らって英気を養い、同じく異世界の戦いから逃れて人間に潜伏していた魔王に自身を供物として捧げ、復活せしめたこと。


 戸締りを終えた良太郎と暁奈が戻ってきたが、ヒミコの方は相槌もなく、聞き入る吐息だけがスピーカーを震わせる中で語り終わった。

 ただ一言、『……そうか』という呟きが重く響く。


『売ったものがどうなろうが知ったこっちゃないが、流石に世界滅亡を目論まれては形無しだ。世界が滅んだら商売なんて出来やしない』

「あたし達が知りたいのは、あなたが売った呪物一式の使用効果と解呪方法」


 「そして、」と暁奈は現状月彦達が一番知りたい難問を問う。


「――魔王と化した、の救助法」

『…………』


 ヒミコが口ごもったのが感じ取れた。この中では、ステラに並ぶかそれ以上の魔法の専門家だ。その彼女が返答に困るほどだと重々理解していたつもりだったが、そうは問屋が卸さないのかと、月彦は苦々しく歯噛みした。


 本来であれば、原作ゲームの知識で確実性のある方法が用意されているところだ。けれども、既に物語の筋道シナリオから外れた今――『硝子ガラス野薔薇ノバラ』と『百合籠ユリカゴ』のラスボスがどちらも揃い踏みとあらば、朔之介が魔王に小細工を労している危険性も考えられる。

 なればこそ、一枚噛んでいる共犯者の一人に聴取できるのだから、慎重を期して当然の行いだった。


『前者はすぐにそらんじられるけれど、後者となるとね……』

「なんでもいいんです。なにかヒントでもあれば……!」


 良太郎は尚も必死に食い下がる。

 異世界で苦戦を強いられた相手なのだ。たとえいまだ十全な復活に至っていないのだとしても、全盛期の力を有しているわけではない良太郎も同じだ。そのうえ晴花から安全に引き剥がさなければならないのだから、些細なとっかかりでも喉から手が出るほど欲しいのは当然だった。


『難しい、と言わざるを得ないね』

「そんな……」

『誤解しないでほしいが、君達が魔導に精通していないからじゃない。悪魔祓いなどの霊媒治療も専門知識が求められるが、相手が異世界の魔王で、しかも潜伏期間が年単位と来たもんだ。強固に癒着している危険性がある』

「じゃあ、本当にもう、手がないってこと……?」


 うなだれる暁奈だったが、しかし『いや? そうとは言ってない』と相変わらずマイペースなヒミコに眉尻を怒らせる。


「方法があるなら、さっさと言ったらどうですか? それとも都度課金をせびってくる悪徳方式であれば、今すぐにでも通話を切りますけど」

『ちゃんとあるさ。というより、君達こそ気づかないのかい?』

「はい……?」

『なら話は簡単さ。実際にやるのは大変だけどね』


 もったいぶった物言いだからこそ、逆に要旨が掴めない。本来であれば、月彦達が真っ先に発想しているべきだと言いたげなヒミコは、『聖剣の君に話してもらって分かったよ』と述べる。


『数年に渡って少女の体に潜伏していた異世界の魔王……なんて言い表すと大仰だけれど、要はあれ、セキュリティを破られてアカウントを乗っ取られたようなものだろう?』


 自殺騒動の折、暁奈が呪詛のことをコンピュータウイルスだと比喩していたのが思い起こされる。


『セキュリティが破られてしまったのなら、更に強化するまで。これは免疫力を上げて風邪を治すのと同じだ。つまるところ、くだんの女の子の免疫力というセキュリティを向上させるために、君達ができることは――――』


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