ついて回る影との上手な付き合い方⑥
以前、皆本家で出されたのが緑茶だったこと、急須も湯呑みも使い込まれていたことから、手土産には茶菓子を選択した。
しかしながら、持ち運びに気を配らなくても済む秋になったとはいえ、生菓子は当然あまり日持ちしない。冷凍されているならばいざ知らず、デパ地下でもない駅前近辺で入手可能となると、必然的に選択肢は限られた。
学生の懐事情でも手が届く範囲で、かつ晴花と時雨と良太郎で食べきれる量……と考えて、栗ようかんを迷った結果、洋梨ゼリーが目に入った。
秋らしい果物のゼリーは、常温保存可とありがたい。そのうえ、食べるにはいちいち包装を剥いて切らなければならない栗ようかんと異なり、手間が省かれたカップ入り。緑茶と合うかは未知数だったが、贈答用の六個入りは相手に気を遣わせすぎない価格帯だったのが、王手となった。
晴花と話した手前、あまり時間を空けすぎて気を揉ませるのも忍びなく、即決すると月彦は足早に皆本家へと向かった。
長話に花を咲かせていたためか、皆本家近くに来る頃には、空は秋晴れを淀ませた紫紺へと移り変わっていた。
遠くの空には、薄曇りの中で宵の明星がおぼろげに輝いている。確か天気予報では、未明にかけて冷たい雨が降りしきるらしい。予報の精度を証明するように、湿気を孕んだ空気は晩秋の香りがする。
通学鞄に折り畳み傘は入っていただろうか……と確認しながらインターホンを押そうとして、
「え?」
玄関が不自然に開けっ放しであるのを、目で捉えた。
古めかしい引き戸の向こう側、呆然と立ちすくむ良太郎がいる。その足元には、上半身を半ば廊下にもたれかからせた人影が、二人分。
一人は、この和風建築に似つかわしくない、西洋のメイド服姿――人見暁奈だった。
シニヨンキャップを外しただけの格好で、乱れた髪に絡んだ肩を上下させている。華奢ではあるが貧弱ではない体力で、ここまで全力疾走してきたのだろうか。
そして、もう一人は裸だった。
否、暁奈が羽織らせたのだろうダッフルコートこそ着ているものの、それ以外は丈の短い患者用手術着のようなものだけだ。紙並みに薄く、まともな衣服とは呼べない。それがはだけた今、ほぼ裸と呼んでも差し支えないだろう。
火事場から着の身着のまま裸足で逃げ出したとしても、こうはならない。
火を見るよりも明らかな、風雲急を告げる惨状だった。
……自殺騒動の状況説明の際、偶然暁奈のスマホで見た、『しろいかみのおんなのこ』。それこそが、今目の前にいる裸の少女だったのだ。
月彦はおろか良太郎も、招かれざる客の来訪に目を点にする。
「た……」
息も整わないうちに、それでも暁奈はかすれた声を絞り出す。
「たす……けて……」
「っ!」
消え入りそうな訴え。らしからぬ弱々しさに、やっと火が点いた。堰を切ったように動き出した良太郎と月彦は、二人を担ぎ上げて部屋へと運び込む。
騒然とした玄関先に気づいた晴花と時雨も現れて、にわかに混乱は波紋を広げていった。
……再び日常が濁っていく気持ち悪さが、背筋を震わせた。
――――――――
第二章『ついて回る影との上手な付き合い方』は以上となります。
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