黒魔女 できあがり

 三分後。


 上蓋を開け、「魔法の素(あといれ)」を入れて箸で中身をぐるぐる回す。

 カップの中から立ち上る湯気が黒々としてきて、次第に宙に留まり、人の形をなしていく。


 ぼわんっ、と間抜けな音を立てたかと思うと、煙の中から黒魔女が立ち現れた。


 年のころは十五、六くらいだろうか。

 黒魔女らしいローブで頭まですっぽり被っているがローブから伸びる細い手足やローブの下の顔は病的なまでに白かった。ぼさぼさの黒髪は肩より下まで伸びた長髪で、ローブの下から滝のように流れ出ていた。目は三白眼気味の黒目。こちらをじろっと見つめる視線には妙な迫力がある。細くとがった顎と、薄い唇。細い眉は感情を表さないように平らになっていた。

 どこから見ても、誰もがイメージする黒魔女だ。が、身長だけはイメージとは違う。大きさはどう見ても出てきたカップと同じくらいしかない。手のりサイズの黒魔女だった。黒魔女姿の妖精のようだった。

 その黒魔女はカップの置かれたテーブルの上で、宙に浮いていた。


「私を呼んだのはお前か」見た目に反して高く綺麗な声で黒魔女は言った。

 まるでランプの魔人みたいだな。

「して、私に望むことはなんだ?」

 ……望むこと?

「すみません。考えてませんでした」

「はぁっ!?」

 今度は素っ頓狂な声で黒魔女が言う。

「あなたね、呼び出しておいてそれはないでしょ! ちゃんと用法容量を守って正しく黒魔女は使いなさいよ!」

 やけに律儀な黒魔女である。

「うーん、お試しで買っただけだからなー。具体的な使い道は何も考えてなかった」

 僕は腕組みをして思案する。

「そういう勢いだけの買い物しないの! そういうことばっかりしてると無駄なものばっかり部屋に溜まって、一向にお金はたまりはしないんだから!」

 世話焼きおかんのような説教モードで黒魔女は言う。

「とにかく、何かしら指示を出してもらわないと、こっちも消えるに消えられないんだから」

「そっか。それじゃあ世界平和とか」

「そういうスケールの大きいもの以外で」

「えっと。じゃあうちのクラスの佐藤さんが、隣のクラスの高橋君に恋してるみたいだから、成就させてあげて」

「あんたはお節介大魔神か!? それにそういうのは白魔女に頼むものでしょう?」

「白魔女は高かったから」何せ998円(税別)だ。黒魔女のほぼ二倍もする。

「どうせあたしは安い魔女ですよ」黒魔女が変なところで拗ねてしまった。

「とにかくあたしにできるのは、むしろ他人の恋路を邪魔することとか、嫌な先輩に小さな不幸をお見舞いするとか。イベントの日に天気を悪くするとかそういうことよ」

「小さな不幸ってたとえば?」

「そうね……」黒魔女が顎に指をあてて考え込む。

「向こう一週間は信号がタイミング悪く赤になるとか。駅で改札を通る時に必ず前の人が引っかかるとか。スマホのバッテリーが異様に早く切れるとか。テストの時にやたらシャーペンの芯が折れやすくなるとか。自販機で買ったジュースが常温で出てくるとか……」

 本当に小さな不幸だ。

「インスタント黒魔女にそんなに多くを求めないでよ。本格的な黒魔法はちゃんと専門のお店に依頼しないと」

「そうは言っても、別に不幸にしたい人なんていないしなあ。あ、今、U国に戦争をしかけてるR国の大統領を始末してっていうのはどう?」

「だから、そういうのはインスタント黒魔女には無理だって言ってるでしょうが」

「そっかー。……あっ! じゃあ、こういうのはどう?」

 僕が黒魔女にして欲しいことを話すと、黒魔女はこくこくと納得したように頷く。

「……っていう呪いなんだけど」

「それならできるわ。やってみましょう」

 黒魔女はそう言うと魔法の呪文をつらつらと唱え始めた。黒魔女の体の周りに黒い煙がとぐろのように巻きつき始めたと思った直後、黒魔女の最後の呪文と共に一瞬で霧散した。

「これでオーケー。この市街全体に呪いが掛かったはずよ。ま、効果は一か月ほどだけどね」

 いたずらっ子のような表情で黒魔女は言った。

「それじゃあ、あたしの仕事はここまで。またのお買い求めをお待ちしてるわ!」

 黒魔女とは思えないような明るい挨拶を残し、黒魔女は煙のように消えていった。


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