第23話「3神出撃!」

 城内に入ったリュウは、周辺を見渡した。

 ここは正門付近でベイリーと呼ばれる場所であり、部下の住処すみからしい簡素な住居がいくつか並んでいた。

 リュウ達の目的である『領主の館』は少し先の丘、つまりモットにあるのだ。


 周囲は相変わらず真っ暗で、何者の気配もない。

 「しん」としていた……


 人が暮らす普通の城なら、夜がとっぷり更けたとはいえ、害意を持つ人間や魔族など外敵のイレギュラーな襲来に備える。

 

 当然、城詰めの従士が何人かは、警戒していなければならない。

 だが、そんな警護どころか、城内には灯りのひとつさえないのだ。

 やはりというか、尋常でない雰囲気である。


 と、その時。

 少しはリュウを心配してくれたらしく、先輩女神メーリの念話が響いて来る。


『パパ、どう? そっちの様子は?』


 報告――リュウが、すかさず念話で返す。


『ええ、やはり人の気配も何もない……いや、ちょっと待って下さい』


 感じる!

 これから、何か、が起きる。


 リュウは生じた僅かな気配を捉えようとする。

 そして、


『あ、これはっ!』


『パパ、どうしたの?』

『貴方ぁ、どうしたのぉ』


 女神達の『家族ごっこ』は続いていた。

 だが冗談抜きで、後輩のリュウを心配する声だけは真剣だ。


 リュウは苦笑すると、敵襲に備え、身構えながら答える。


『感じますか? さっきの墓地と一緒ですよ。多分異界からの門が開く……門を通って、相当な数の不死者アンデッドが、現れます』


『成る程! 唐突に魔法陣……異界への転移門を魔法で開くから……気配がなかった、索敵に引っかからなかったのね』


 まずはメーリの納得し、落ち着いた声。

 続いて、


『ふむ、ではもう遠慮はいらないなっ』


 と、グンヒルドの喜び勇む声が届いた瞬間。


 どぐわしゃっ!!!


 閉ざされていた堅固な正門が、派手な音を立ててあっさりと吹っ飛ぶ。

 単に壊されたのではない、門ごと粉々に破砕されたのだ。


 リュウが思わず、後ろを「ちらっ」と振り返れば、

 破壊された門があった向こう側には、グンヒルドが蹴りを放ったままのポーズで、微動だにせず立ち尽くしていた。


『ああ、来たっ、来たぞっ!』


 まるでグンヒルドの正門破壊が合図であったかのように、地面からおぞましい気、瘴気が立ち上った。

 そして先ほどの墓場同様、泥だらけの手があちこちから、突き出されたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 リュウ達3人の神は戦闘態勢を取る。


 城に現れたのは、先ほどのゾンビとは違った。

 同じ不死者アンデッドでも、人間を襲い貪り食う屍食鬼グールである。


 墓場に溢れたゾンビ同様、屍食鬼グールの数も凄まじい。

 リュウが見ても、ざっと数百は居る。


 この屍食鬼グールは、ゾンビと見かけは似ているが根本的に違う。

 術者が邪悪な魔法で死体を操る、己の意思を持たないゾンビに比べ……

 屍食鬼グールの本体は、意思を持つ低級の悪魔なのである。

 

 葬られた死体にこの悪魔の魂が宿り、人間と悪魔の融合した闇の眷属として生まれ変わるのが屍食鬼グールなのだ。

 ゾンビと屍食鬼グール、どちらにしても……

 リュウ達が所属する天界のことわりに反した、おぞましき生命体だといえよう。


「よしっ!」


 リュウが肉声で気合を入れた。


 もう既に決めている。

 そんな表情で、リュウがメーリへ言う。


『メーリ様』


『はぁ? メーリ様?』


 真剣なリュウを「さらっ」とかわすように、メーリが耳に手を当て聞こえないふりをした。


 先輩には敬語という心がけで、話しかけたリュウであったが……

 家族ごっこが続いていると認識し、口調をガラリと変える。


『コホン! メーリ、俺さ、奴らで少し経験値稼ぎさせて貰って良いか?』


『経験値稼ぎ?』


『ああ、さっきのゾンビ同様、こいつらの発生は大元の術者を倒し、異界の門を閉じれば収束するのは分かっている』


『うふ、パパ正解! その通りね』


『だが! 俺は勇者の頃の勘を早く取り戻したい。新たな神として、すぐにでもランクアップする為に! いっぱいいっぱい戦いたいっ』


『うん! 私も、メーリも……強いパパが大好きだから、少し戦った方が良いわ』


『ありがとう! もしも許されるのなら、後で……メーリ様、じゃなかったメーリにいろいろ聞きたい』


『私に?』


『ああ! 魂と肉体が復活して神になったのは良いけれど、俺の勇者としての能力や経験さえも殆どリセットされている……さっきのベリアルのゾンビ苦手な件も含めてな』


 やはり、リュウは確かめたかった。

 自分の心に留めておいて、黙って働けば良いのにという、内なる声もあった。


 しかし!


 リュウは昔からそうだ。

 疑問に思った事は突き詰めたい。

 それで今迄の人生、だいぶ損をしてしまったのだが……


 そんなリュウの問いかけに対し、メーリは微笑む。

 まるで、リュウが望むのを分かっているように。


『うふふっ、パパ、構わないわよ。私が話せる範囲内ならね』


『恩に着るっ!』


『遠慮しないでっ!』


 リュウはメーリに励まされ、力が湧く。

 どうせ、神として働くのなら、納得して働きたい。

 天界へ貢献したいという気持ちが満ちて来る。


 思わず拳を突き上げたリュウ。

 今度は、傍らのグンヒルドへ呼び掛ける。


『よっし、グンヒルドっ!』


『はいっ! 貴方っ!』


 待ってました!とばかり、返すグンヒルド。

 大きな期待で、彼女の目がキラキラ光っていた。


 リュウも、「にっこり」笑って大きく頷く。


『いくぜっ! どうせ暴れ足りてないだろっ?』


『さすが我が夫! 愛する妻をよ~く理解しておるっ! 共に、ガンガン戦おうぞっ!』


 早速、リュウとグンヒルドは、屍食鬼グールの群れへ飛び込んで行く。

 片や、残されたメーリは、


『うふふ、じゃあ私も……ちょっとだけ、運動!』


 と気合を入れた。

 真っ赤な瞳が妖しく光っている。

 小さな身体に、信じられないくらいの膨大な魔力が生まれていた。


 リュウは知らなかった。

 メーリは回復を司る癒しの女神であると共に、凄まじい戦いの女神でもあったのだ。

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