つぐない。
@kaname0707
第1話
いつからか、実家に帰ると頭が痛くなる。家庭環境が悪い訳でもない、家族仲だって普通、中流階級の代表のような家で。夕飯を食べている時、ベットに入った瞬間、私は猛烈に頭が痛くなる。そしてその度に思い出す光景がある。夕方の海辺、オレンジ色にキラキラ輝いている水面を横目に私は歩いている。父と母と手を繋ぎながら、幸せを噛み締めながら。
「要ー!遅刻するわよー!」
母の声で目が覚める。毎朝毎朝同じことを言うのは疲れないのだろうか。これが母親の仕事なら私は一生子供を産みたくないな。と性格の悪いことを私も毎朝毎朝考える。朝ご飯を食べながら、私の毎日は他人から見たらどう見えるんだろうと考えてみた。明るい両親と妹、学校での成績や交友関係も、充実しているように見えるかもしれない。しかし私は退屈だった。そして違和感を感じていた。どうでもいいことに費やす時間や自分の発する言葉の節々に。常に嘘をついているような気持ちがするのは何故なんだろう。子供の頃から誰かが書いた物語の登場人物を演じているような気がする。
「要!!!起きてるの?」
またもや母の声で現実に引き戻され時計を見ると出発時間ギリギリになっていた。
私の学校は進学校を名乗っているため、高校三年生にもなると周囲は受験ムード一色で部活も引退になってしまう。延々と続く読経のような教師の声を聞きながらクラス全員が血眼になってノートをとる日々は、どう考えても異常に見えたがそんな事を言っている暇があるなら勉強しろというのが親や教師の言い分だろう。ひたすら学校と予備校と家を往復する生活に私は飽き飽きしていた。
「尾形はなんか超余裕って感じだよな〜」
クラスメイトで管弦楽部が一緒だった西馬洸平が模試の結果を覗き込んでくる。彼は話す相手によって態度を変えない男なのですごく話しやすい。無愛想だからか基本的に誰にでも気を遣われてしまう私にとっての数少ない友人だ。
「まあ、今は勉強ぐらいしかやることないもん」
「あー、バイオリンはもう辞めたんだっけ?」
「親が辞めろって」
色々な習い事をさせられたが唯一バイオリンだけは気に入っていたんだけどな、と笑う。
実際私は勉強が得意だったので期待されている大学には合格しそうだった。思えば短い人生の中で苦労という苦労をしてこなかった気がする。才能に恵まれているというよりも出来ないことには挑戦していないからだろうか。常に退屈なのはそのせいかもしれない。
夜になり、予備校から帰ると家族が仲良くテレビを見ていた。3人の小動物のように黒目がちな目に放送されている映画の画面が映って見える。私は低気圧のせいかこめかみがジリジリと痛むので参加せずにさっさと自分の部屋に入った。私だけ違う。ふと思う。私だけ。会話のテンポ、見たいと思うもの、そしてなんと言ってもこの目。中学生の頃は気づかなかった。家族とどう見ても違うのだ。考えないようにすればするほど気になってしまう。なぜなのか、そしてどんな経緯で、私だけ違うのだろうか。予想することはできても怖くて確かめる事は出来ない 。しかしとっくの昔に私は気づいていた。簡単な事だと思う。多分私は、この家の子供ではない。
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