第二部 第9章―4

 ――とんでもないことになった……。

 シュウは目の前に並ぶ、人、人、人――ランプを手にした人々の大行列に困惑していた。

 後悔はなかった。だが、少しばかりの満足感を得たのと同時に、こんな大きな事態に引き込まれることになろうとは……。

 シュウが灯したサンクタルーモ――聖なる光――によって、シュニお婆さんは全快したのであった。もちろん加齢による老いはどうすることもできないが、その聖なる光は長らくシュニを悩ませていた手足の痺れや痛みまでも治癒したのである。

 その噂が――もちろんサヘルが言いふらすはずもない――どこからともなく下町の人々に伝聞していって、今、目の前で起きているこのほとんど狂騒的な騒動に陥っているのである。

「みんな、症状が特に悪い人を優先してほしいんだ」

 サヘルが声を張りあげる。ずるずるとこの状況に引っ張りこまれた形のシュウであったが、他の人達にも魔法の光を提供することを了承していたのである。いや、むしろ進んでそうしたいと快諾したぐらいであった。サヘルはそんなシュウと下町の人々の間に立つべく、懸命に橋渡しの役目を果たそうとしていた。

 正直なところ、シュウは不安を覚えていた。魔法の光をすべての人に届けることはできない。自分の限界まで魔法を唱えたとしても――意識を失うまで――せいぜい四、五十名までが関の山だろう。だから、もし光を受け取れなかった人々が憤慨し、暴動のような事態が起こってしまったらと危惧していたのである。

 だが、結論から言えばそうはならなかった。サヘルが奮闘してくれたのはもちろん、この辺りのコミュニティの人々がお互いに信頼しあって堅固に結ばれていたことが要因としては大きい。サヘルの母アマンダが地域のリーダー的役割を果たしていたこともあるだろう。だから、皆はサヘルの言葉をよく聞き、理解し、聖なる光を優先すべき者を冷静に相談しあうこたができたのである。

「シュウには大変だけど、話が広まったのがここいらで良かったよ。下町といっても広くてさ、中には本当に危険な地域もあるんだ」

 盗みや暴力――ときには殺人もいとわない――そんな犯罪者集団が根城にしている地区もあるという。

「もう、これ以上、絶対にシュウのことを外にもらしたりはしない。みんな分かってくれているんだ。だから、俺から言うのもなんだけど……安心してくれていい」

 シュウは、他の場所で病に苦しんでいる人々のことを想像すると胸が痛んだ。

 ――でも、すべての人を助けられるわけじゃない……。

 自分の力は限られている。そして、何よりも自分の身の安全を最優先にしなければならない。父のハルヒコもその一線は常に守ってきた。

 ――あのときだけは違ったけど……。

 シュウは思い出していた。

 ――あのとき、パパさんはきっと覚悟していた……。

 頭の片隅でそんなことを考えつつ、シュウは話しあいで選ばれた人々のランプに魔法を唱えていった。ただのルーモを詠唱しているはずなのに、なぜかいつもとは違う輝きを放つようになった。神々しいとでも形容すべき、七色の煌めきをまとった鮮やかで爽やかな汚れなき純白の光。世界が生まれたときに初めて輝いた起源の光がこんな感じだったのだろうかと、ふとそんなイメージがシュウの脳裏をよぎった。

 下町の路地裏の一画で、人々が集まり何かを求め行列をつくっている。こんな光景はなかなかお目にはかかれない。明日もまた、このお祭りのような騒ぎはきっと繰り返されるのだろう。

 目立たないはずがない――。

 その一部始終を陰からうかがう者達がいた。その目は、中心にいるシュウに否応なく向けられている。瞳の奥では、いろいろな思惑が炎のように揺らめいていた。

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