興円寺の依頼

翌日。僕はお清めに必要な道具を持って、興円寺こうえんじに向かった。

道中、しきりにすれ違う人から、物珍しそうな視線を向けられてしまったが、仕事の際はいつものことなので、致し方ない。

フードの付いた肩なしの狩衣かりぎぬに袴、それが今の僕の服装だ。仕事用の装束とはいえ、現代で着ている者は当然いないので、この格好で出歩くと、どうしても目立ってしまう。

これが江戸時代だったなら、そのようなこともなかったのかもしれないが、恐らく現代でこういった装いを見かけるのは、今となっては祭りの催し物ぐらいからもしれない。


お寺に到着すると、住職の柳が出迎えてくれた。

「柳さん、ご無沙汰しています」

「るい君、いらっしゃい。いつも悪いね」

「いえ。こちらこそ、いつも贔屓ひいきにしてもらってますから」

柳は僕の義父であり、鈴香の父でもある秋葉神社の神主、俊彦としひこの知り合いだ。その縁もあり、僕が最初に仕事を受けたのも、この興円寺だった。

「早速ですけど、お清めを始めても?」

「ああ、お願いするよ。どうぞ」

柳に案内され、僕はそれに続いた。

今回お清めをするのは、このお寺に併設されている墓地。この墓地には、霊的な力の流れ、霊脈が通っている。

いつもなら、彼岸へ逝くために集まった霊達が、墓地に漂っているだけなのだが……。

墓地に足を踏み入れた途端、僕は顔をしかめた。

ーーこれは……

状況は、思っていたより悪かった。霊脈から放たれていた穢れにより、その影響を受けた霊達がひしめき合っていたのだ。

穢れはいわば、負の想念。負の感情や此岸への未練、そういった想いが穢れを生む。

通常は、浄化作用を持つ御神体が穢れを浄化するのだが、稀にその許容範囲を超えてしまうことがあるのだ。

穢れはその場に留まりやすい。もしこれを放置すれば、穢れに感化された霊が怨念となり、やがてその化身たる妖怪が生まれる。妖怪は新たな怨念を生み出し、そこからまた新たな妖怪が生まれる。

この悪循環の果てに辿り着くのは、霊脈の不活性化により、あらゆる生命が芽吹かなくなった、妖怪と怨念が跋扈する死の大地だけ。

そうなる前に、力のある陰陽師がお清めをして、穢れを祓うのだ。

僕の場合は、少し違うけれど。

「お清め用の台は、いつものところに設置済みだよ。あと、墓地は今日臨時閉園にしてあるから、お清め中に人がくることもないはずだ」

「ありがとうございます」

柳の気配りに謝意を告げると、僕は持参した道具を取り出し、お清めの準備を始めた。

使う物はお清め用の塩に月明酒、お香。そしてーー

道具を一通り出し終えると、僕は肩から下げていた竹刀袋を取り出した。

中から出てきたのは、鞘に彼岸花のと波紋が描かれた刀。名を彼岸流艶ひがんるえん。戦乱の時代、朝廷に仕えていた陰陽師の刀鍛冶が打った対魔の刀、僕の愛刀だ。

昔の時代だったならば、堂々と帯刀できたのだが、現代でそんなことをすれば、銃刀法違反で警察に補導されかねない。そのため、普段は怪しまれないよう、竹刀袋に入れて持ち歩いている。

それだけ僕には、この刀が必要不可欠なのだ。

左手に塩、右手に月明酒を置き、お香を中央部に置いて三角形の配置を作った後、鞘から引き抜いた愛刀を御神水で清める。

そして刀を左手に持った僕は、残った右手にお札を持ち、印を結んだ。

「……始めます」



深く息を整え、眼を閉じる。すると、どこからともなく微かな人の声が方々から聞こえてきた。

悲しい、苦しい、寂しいなんて声もある。皆、この穢れに当てられてしまった霊達だろう。

彷徨う彼らが、安らかに逝けるように。

僕は意識を集中し、詠唱を始めた。


"全のことわりを楔とし 森羅万象しんらばんしょうは流転する

器は地へと 生命は天へと

あらゆる流れは流転する


彼岸の守人もりびと 我は乞う

彷徨う者に 安らぎを

逝くべき者に 安寧を

常世とこよの念を削ぎ落とし

彼岸の岸へ 導かん


水面をべし紅蓮華よ

しるべと成りて 彼岸を照らせ

逝くべき者が あるべき場所へ 流れるようにーー"


詠唱を終えると、僕は刀を左右に一振りし、最後に刀を天に捧げ、祈った。

穢れから解放された彼らが、安らかに旅立てますようにーー



しばらくして、僕は祈りを終えた。後ろで同じく祈りを捧げていた柳も、同時に顔を上げる。

「……終わったかな」

「はい。まだ残っている霊はそれなりにいるようですが、何人かは無事に送ってあげられたようです」

「……そうかい。よかった」

安堵の表情を浮かべる柳。彼に霊達の声が聞こえたのかはわからないが、旅立っていった霊達の中には、彼への感謝を告げる者も何人かいた。

その想いが、彼にも届いていたら良いな。そう思った。

「さて。お清めも無事に終わったようだし、一息つくとしましょうか。るい君もどうだい?」

「え、良いんですか?」

「ああ。先日勤行ごんぎょうに行った際に、桃をたくさんいただいたんだ。ただ、私は独り身だから、全部は食べきれなくてね」

「わかりました。そういうことなら、遠慮なく」

そういって僕は柳に微笑むと、道具を一通り片付けた後、彼と共に本堂へと歩いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る