花音

 何度読んでも、らろあからのツイートには花音ちゃんとゲームをやった、という内容が記されている。



「てか、花音ちゃんって誰だよ」



 1度飛び出た独り言が治まらない。スマホをぎゅっと握りしめて、花音ちゃんとやらのアカウントを探す。直近のいいね欄にもリプライ欄にもいない。しょうがないから、らろあの500人程いるフォロー欄を遡った。


 『花音』はあっさり見つかった。やけにキラキラと加工した顔出しのアイコン、プロフィールにはよくわからない絵文字で囲った『ゲーム配信者』の文字。フォローもフォロワーも300人くらいだった。他に花音という子がいるか探していないから、もしかしたら違うかもしれないけれど、多分この子だろう。



 彼女のツイートは昨晩の『今日は配信ないよ~』というもので終わっている。らろあと同じような、一緒にゲームをしていた、という趣旨のツイートは見当たらない。賢明な判断だと思った。


 けれど、ふと嫌な思考が頭をよぎる。らろあが『今から寝る』ということは、今の今まで2人でゲームをしていたということだ。もしかしたら花音が寝落ちてしまったのかもしれない。



「気持ちわる!」



 自分の思考に、思わず虫唾が走る。そんなことはない、きっと、さすがにそんなことはしない。らろあはいつもゲームが終わればすぐに通話を切るし、寝落ちするまでなんてやらない。


 そう、きっと2人でゲームしていたのは短い時間で、後は1人でゲームをしていたんだろう。それでこんな時間になったんだ、そうに違いない。


 ああ、らろあのゲームのログイン状況を見ておけばよかった。そうすればこんなに考え込むこともなかっただろう。


 けれど、それにしたって、



「配信休んでわざわざ女とゲームしてたってつぶやくの気持ちわりいな……」



 無意識のうちに厄介ちゃんのアカウントを開いていた。たった今つぶやいた独り言を一言一句違わず打ち込みツイートする。数カ月ぶりに、誰もいないタイムラインが更新された。


 その瞬間に、やってしまったと思った。でもしょうがない、確かに使いたくないとは思っていたけれど、これはらろあが悪い。


 厄介ちゃんのアカウントのまま、検索窓に花音のIDを打ち込む。あっという間に表示されたアカウントのホームを、何度か更新してからスマホを閉じた。


 胸の奥は何とも言えない感情が渦巻いているけれど、とにかく学校へ行かなければならない。時刻は8時を回っている。今日は2限からだから大して急がなくていいけれど、このままだったらスマホを握りしめたまま呆然と1日を終えてしまいそうだった。体を動かさなければ。


 悲しいのか、怒っているのか、なんだかイライラして準備が乱暴になる。ガタンと音がするように置いたマグカップから、コーヒーがこぼれた。イライラして物に当たってしまう自分が嫌で、もう!と吐き出すように叫ぶ。


 手近にあったクッションをベッドへ向かって放り投げた。私の腕の勢いとは裏腹に、クッションはぽすんと軽い音を立ててバウンドする。どこにも感情がぶつけられなくて、はらはらと涙がこぼれた。


 たった1日かまってもらえなかっただけで、たった1回他の女と裏でゲームをしていたことがわかったくらいで、泣くなんておこがましいのはわかっている。でも、悔しかった。


 私は何度らろあと通話しても、毎日毎日彼のゲームに付き合っても1度もつぶやいてもらえないのに、名前も知らなかったような女は配信者というだけで一緒に遊んだとつぶやいてもらえるのが羨ましかった。


 私の方が彼と過ごした時間が多いのに、らろあのフォロワーには花音が裏で遊ぶほど仲のいい相手と認識されるのが嫌だった。


 そんな考え方をする自分も、わざわざ女の子と遊んだ報告をするらろあも気持ち悪い。そう思っていながら、同時にもうかまってもらえなかったらどうしようなんて考えているのだから、救いようがなかった。


 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、コーヒーをすする。厄介ちゃんのアカウントを開いて、『最悪』と一言だけつぶやいた。


 泣いて愚痴をこぼしたらなんだか少し気分がマシになり、さっきよりも落ち着いて家を出る準備を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る