通話
その画面のまま私は動けなくなってしまって、待つこと数分、メッセージが届いたことを告げる通知がきた。あたふたしながら操作したトーク画面には、らろあ以外誰もいない。
『やっほー、ごめんね急に』と彼からのメッセージがあった。心臓がひっくり返ってしまいそうな音がしている。震える指先のまま、『大丈夫~』と返信した。
全く大丈夫ではない。このアプリは初めて使ったが、相手が返信を打っているのがわかって余計に緊張する。
『なんとなくるるちゃんと話してみたいなと思って笑 今大丈夫ならかけてもいい?』
そう表示されて、思わず体がはねた。メッセージのやり取りだけでこんなに緊張しているのに、通話なんてしたらどうなってしまうんだろう。けれど無言で迷っていると嫌だと思っているみたいに受け取られてしまうかと思い、『大丈夫、ちょっと待ってね』と返事をした。
らろあはこっちの気も知らずに、はーい、なんて軽い返信をしている。私は落ち着かなくて、スマホを机に置いたまま部屋をうろうろと往復した。
友達と電話をするのとはわけが違う。コメント欄やSNSで間接的に会話することはあっても、直接言葉を交わすことはないのだ。一体何を話せばいいのだろう。通話をする前から頭が真っ白なのに、まともに話せる気がしなかった。
それに、つい送ってしまったけれど、待っててと言ったということは私から声をかけなければいけないということだ。その事実に気が付いて思わずうなる。返信するだけでいっぱいいっぱいな私からメッセージを送るなんてできない。
けれど、あんまり待たせるのも失礼だと思った。意を決してスマホを手に取る。唇から漏れる息が震えるのを感じながら、『いけるよ~!』と送信した。
メッセージ上の自分と現実の自分がかけ離れすぎていて混乱する。らろあからは何とも思っていないと思われているだろうか。
『かけるねー』というメッセージの数秒後にコール音が鳴った。画面にらろあのアイコンが大きく表示される。嬉しさと逃げ出したさを同時に感じながら、応答ボタンをタップした。熱を持ったスマホを耳に当てる。緊張で何も言えずにいると、らろあが息を吸う音がした。
『あ、もしもし? 聞こえてる?』
彼の声が耳元から聞こえてくる。配信をイヤホンで聞くのとはまた違う感覚だった。
「うん、聞こえてる……」
語尾が思わずかすれてしまう。配信と違って表情が見えない分、らろあがどんな反応をしているのか不安だった。
『るるちゃんなんか緊張してる?』
彼にそう言われ、たった一言でバレてしまったのかと恥ずかしくなった。ちょっとね、と返すとらろあは笑い声をあげる。配信中のリアクションとは別の、自然な笑い方だった。
『まあでもコメントするのとこうやって喋るの違うもんね。るるちゃんの声初めて聞いたなー』
確かに、私は普段かららろあの声を配信で聞いているけれど、彼は私の声を聞く機会なんてない。リスナーでありながら配信をしている人もいるけれど、私は何もやっていなかった。
『なんか、配信でよく喋ってたから声聞いたことある気がしてた』
らろあは笑いながらそう言う。私はなんて返せばいいかわからずに、ただ同じように笑うことしかできなかった。
『あのさ、急に連絡しちゃって大丈夫だった?』
少しの間をおいて、らろあはそんなことを言った。
「え、うん、大丈夫。びっくりはしたけど……」
そう返すと、彼はまた静かに笑う。
『なんか誰かと話したくなっちゃってさ。それにるるちゃんと話してみたいなーって』
ざらりと直接心臓を触られたみたいにドキドキした。確かに私が1番彼の配信を見ているけれど、だからといって話してみたいと思ってもらえるなんて想像もしていなかった。
らろあにハマり始めたころの自分が知ったらどんなに驚いた顔をするだろう。それとも、嘘だと思って信じないだろうか。自分のことだから、信じないだろうなと思った。
彼は通話自体に目的がないタイプで、会話というよりも時折こちらに質問を投げかけたり、気まぐれに話をしていた。声をかけられるたびに緊張するし、上手く答えられているか不安になる。それに、私からはほとんど言葉をかけることができなかった。
そんなダラダラとした通話が2時間ほど続いて、彼が大きなあくびをするのが聞こえた。
『そろそろ寝よっかな……。ごめんねこんな時間まで付き合わせちゃって、るるちゃんは大丈夫?』
「あ、うん、全然大丈夫」
そう返すと、らろあはよかった、と安心したように笑う。
『また誘うからお話しよ。るるちゃんからも誘ってくれていいからね』
その言葉が嬉しかったのに、私の喉からは上ずったような声しか出てこない。かろうじて肯定すると、らろあはもう1度あくびをする。
『じゃ、今日は切るね。おやすみ』
かすれた声のままおやすみ、と返して通話が終了する。画面に「通話時間:2時間30分」と表示されて、さっきまでに出来事が夢じゃなかったのだと実感する。
昨日に続いて、今日も眠れなくなりそうだった。
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