遊離
本垢よりも厄介ちゃんのアカウントを使う方が多くなってきたころ、大学が始まった。さすがに今まで通り配信を見ることが中心の生活は送れない。履修登録やら、教科書の購入なんかに追われているうちに授業が始まった。
2年生は必修科目が多い。それに加えて一般教養の科目も多くある。1限から5限まで学校にいることも珍しくなく、家に帰る頃にはへとへとになっていた。しかしどんなにへとへとでも課題は出る。らろあの配信をつけながら課題をすることもあったが、それではどうにも集中できず、結果的に彼の配信を見ることがほとんどなくなった。
配信サイトの通知もつけっぱなしなので、見れないものを告知する履歴がたまっていく。春休みの私ならそれにもイライラしていたかもしれないが、今はそんな余裕すらなかった。
厄介ちゃんのアカウントの更新は2週間前で止まっている。その代わりリア垢で課題に関する愚痴をこぼすことが増えた。どちらにせよSNSが負の感情の掃き出し場所になっているのには変わりない。
せいぜいできることといえば、通学中の電車の中でらろあのSNSを覗くことだった。といっても大学に近いアパートで下宿しているため、電車に乗っている時間は5分もない。るるかのアカウントを開いて通知マークを押すと、唯一更新通知を受け取っているらろあのツイートがずらりと並ぶ。それを見るのが習慣になりつつあった。
今までは更新されたらすぐに通知からとんでいいねやリプライをつけていたが、それも難しかった。時間差で反応するのが申し訳なくて、いいねをつけることすら減った。
私の生活から少しずつ、らろあの影が消えていった。寂しさはあるけれど、もしかするとこれでよかったのかもしれない。厄介ちゃんのアカウントを作ったあたりからおかしかったのだ。推しへの愚痴なんて吐き出すべきじゃないし、そもそもそんな感情を抱くことさえ間違っている。
あのまま間違い続けているよりも、きっと離れているほうが健全だ。そもそも配信者にあんなに執心していたのがよくなかった。そう思っていたのに、5月頭の連休に入って、私はまたらろあの配信を開いていた。
課題も多く出ていたけれど、連日それにばかり取り組んでいるのに疲れて、ふとスマホを手に取った時にらろあの配信告知のツイートが目に入った。ぐったりと机に頬をくっつけながら、SNSを開く。行けないのが申し訳なくて長らくいいねしていなかった告知のツイートの右下をタップすると、赤いハートが浮かんだ。
私が配信を見なくなってからも、らろあは毎日配信を続けていたようだ。告知ツイート内のURLから配信サイトへ飛ぶと、ずらりと見覚えのないアーカイブが並んでいる。中にはゲームだけではなく、雑談と書かれているものもあった。今まではゲームをしていないと間が持たないなんて話していたけれど、それが平気になったのか、それとも視聴者が増えたのだろうか。
自分の知らないことをやっているらろあのアーカイブを見るのが少しだけ怖かった。そうやって画面をスクロールしていくうちに配信の時間になっている。一番上まで画面を戻し、配信の待機画面を表示した。
ただ配信を待っているだけなのになぜだか少し緊張する。5分ほど待っているとローディングが入って、見覚えのある配信画面が映った。
「あー、聞こえてる? ちょっと待ってね……」
らろあはそうつぶやくと、カチカチとマウスを操作する。私は久しぶりに見るらろあの姿に、なぜだかコメントができなくなっていた。ただこんばんはと打つだけなのに、それすらできない。
ほかに人はいないのか、コメント欄が動くことはなかった。サクラもいないらしい。私が見ていない間に、同じように見なくなったのだろうか。それから5分ほど迷った末にたった一言だけ送った。
もう忘れられてしまっているかもしれない。そう思いながらコメントを打ったのに、画面の方へ目を向けたらろあはパッと目を輝かせた。
「え、るるちゃん!? 久しぶりだよね? えっ、てかあのるるちゃんだよね? 違うるるちゃんじゃないよね?」
彼の反応は想像以上のもので、思わず心が浮き立った。嬉しい、という感情で心が満たされる。『あのるるだよ!笑』と送るとまたらろあは驚いた顔をした。わざとらしいくらいのそのリアクションに、思わず笑みがこぼれる。
そんな彼の反応に、1か月ほど前の心酔していた気持ちがすぐに戻ってきた。それだけの反応をしてくれる優越感で心臓がきゅっと音を立てる。もう画面の中で動く彼から目を離せなくなっていた。
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