振り回さないで

 昨日のことにモヤモヤとしたまま、気づけばらろあの配信が始まる時間になっていた。『もうちょっとしたら配信します!』というツイートの通知も来て、いつものようにいいねを押す。普段なら『待ってる!』とかリプライするところだけれど、なんだかその気にならなくてやめた。


 けれど指はいつも通り配信サイトをタップしていた。待機中の画面を眺めながら、どうかサクラがきませんようにと祈る。5分ほど待っていると画面がロードされて、いつもの配信画面が表示された。



「あー、聞こえてる?」



『聞こえてる、こんばんは』



 勝手に気まずくなりながらコメントを打ち込むと、らろあはこちらの気も知らずに笑いながら手を振った。



「るるちゃんだ! 昨日来なかったよね?」



 そう言われてどきりとする。嫌な驚きではなかった。私がいないことすら気づいていないのかと思っていたから、気づかれていて嬉しい。『昨日は出かけてたの』と送ると、彼はそっかとうなずく。



「全然来なかったからついに飽きられちゃったのかと思ったー。寝てるのかなと思ってしばらくやってたんだけど、来なかったし」



 ほんの少し口を尖らせながらそういう彼に、脳が揺さぶられるような感覚がした。昨日あんなに長く配信をやっていたのは初見さんがいたからじゃなく、私を待っていたからだなんて、そんなことを直接言われたら気がおかしくなる。喉の奥から言い表せないうめき声が出た。


 こっちの感情をこんなにぐらぐらさせたくせに、らろあは「でも来てくれてよかった」なんて呑気に笑っている。これ以上そんなこと言わないでほしい。画面の向こうの人間に気が狂いたくなんてないのだ。


 コメントを打つ手が震える。『そんな急に飽きないよ!』と冗談交じりに送れば、彼は安心したように笑った。たかが一視聴者のコメントに、そんな顔で笑わないでほしい。



「よかった、安心した! これでゲームにも集中できるわ」



 私のことを散々に振り回したらろあは、そう言ってゲーム画面を起動した。私はじっとしていられなくて、スマホを持ったまま部屋の中をうろうろしている。下の階から苦情が来そうなくらい歩き回って、またベッドに飛び込んだ。


 らろあが画面の向こうの人間だからいいけれど、こんなこと目の前でやられたらどうなってしまうんだろう。ふとそう思ってから我に返る。彼と私は配信者とリスナーで会うことなんてないのに何を考えているんだ。さすがに浮かれすぎてしまった。


 彼に浮かれているのが伝わらないように、できる限りいつも通りを装ってコメントをする。2日前のらろあよりも、コメント返しが丁寧な気がした。まだ飽きられてしまわないかと不安なのだろうか。そう思うと愛おしくて、度々コメントを打つ手が止まった。顔が熱くて、表情が緩んでいるのが鏡を見なくてもわかる。


 ベッドの上でぱたぱたと足を落ち着きなく動かしながら配信を見ていると、コメント欄に私以外のコメントが打ち込まれた。名前を見てスッと気持ちが冷める。サクラだった。



『こんばんは、今日もきちゃいました』



 言葉の後ろに照れたような顔文字がつけられている。今時そんな顔文字使うやつなんていたのか、なんて思いながら無視して自分のコメントを続けた。こういう人の少ない配信ではリスナーが挨拶しあう文化があるけれど、面倒でしていない。他の人もしていないから、ここでは気にしなくていいのだと思う。らろあも何も言わない。


 そう思っていたのに、サクラが次に打ち込んだコメントは『るるかさん、こんばんは』だった。


 出会ったことのない文面にぞっとする。昨日は他に人がいなかったから見なかっただけで、他のリスナーとも交流したいタイプなのか。めんどくさい。けれど名指しされてしまっては無視するにできなくて、『サクラさんこんばんは』と返した。



「あ、サクラちゃん今日も来てくれたんだ! やっほー」



 さっきまであんなに浮かれていたくせに、らろあの笑顔に苛立った。でもこれは彼に苛立っているんではなく、サクラの言葉への反応にイラついているだけだ。軽く舌打ちをして、枕にうつぶせる。今日は私以外誰も来なくてよかったのに。


 イライラしてはいけないと思いながらも、気持ちは抑えられない。サクラという名前も、キラキラしたピンク色のアイコンにも腹が立った。

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