沈む

 次の日目を覚ますと、もう12時を回っていた。1人暮らしをしていなかったら母に起こされているところだけど、この1Kの部屋には私以外誰もいない。布団にくるまったまま、スマホに手を伸ばす。パスコードを打ち込んで開くと、画面は昨日配信を見終わった時のままだった。


 らろあと名前の書かれたアイコンをタップする。アイコンは実写ではなく、自分をキャラクター化したイラストだった。プロフィールページには普段の配信時間や、やっているゲームなんかがつらつらと記されている。やはりFPSを主とする配信者らしい。


 SNSへのURLがあったのでタップする。配信サイトと同じアイコンのアカウントは、今朝5時にされたツイートが先頭にきていた。



『今日も配信きてくれてありがとう! めちゃやっちゃった、寝る!』



 うきうきとその文面を打っているのが目に浮かぶ。今使っているアカウントが「るるか」のものであることを確認すると、右上のフォローボタンを押した。


 また配信サイトに戻って、過去のアーカイブがずらりと並んでるのを見返す。配信を始めたのは最近らしいが、ほぼ毎日やっているらしく、50本近くの動画が画面を埋め尽くしていた。そのほとんどが2時間以上あり、今から手を出すのはさすがに、とサイトを閉じる。しかし、数分SNSを眺めている間に気になってきてしまい、ベッドから起き上がってパソコンを立ち上げた。


 スマホでずっと見続けなくてもパソコンで何かをしているついでに見ればいいや、程度にアーカイブを見始める。どのアーカイブも同じようなゲームをやっていて、選べなかった私は1番最初の動画から見始めた。


 最初とはいってもせいぜい1か月前のもので、見た目はほとんど変化がない。けれど話し方は見ているこちらがそわそわしてしまうほど不慣れな感じがした。まだ始めたばかりの彼を見る人は少なく、らろあは1時間程度で配信を終えてしまった。そんな始まりだったのに1か月以上毎日配信を続けているのだからすごいと思う。


 時々飛ばしながらも、彼のアーカイブを消化していくうちに夕方になりつつあった。なんだか時間を無駄にしてしまった気がしつつも、特別やることもなくアーカイブの視聴に戻る。


 らろあの配信は殊におもしろいわけでもないのに、つい見守りたくなってしまうような魔力があった。たかが昨日2時間配信を見た程度の相手にどうしてこんな感情を抱いているのだろうと、自分でも不思議になる。


 時計が19時を指して、さすがにやめようとノートパソコンを閉じる。ずっと画面を見続けていて、体が固まってしまった。ぐるぐると肩をまわす。


 開きっぱなしだったSNSの画面を更新すると、タイムラインの1番上にらろあのツイートが表示された。



『しごおわ! 今から帰る』



 そういえばアーカイブ内でゲームセンターの店員をしていると話していた覚えがある。そういう職業はもう少し帰宅が遅いのかと思っていたけれど、そうでもないらしい。


 リプライを送るかいいねを送るか少し迷って、いいねだけを押した。らろあのツイートの右下にピンクのハートが浮かぶ。それから少し間をおいて、またらろあのSNSが更新された。



『今日も22時から配信する!』



 今度はためらわずにいいねを押す。まだ5時間ほど時間があるのにすでに楽しみで、無意味にタイムラインの更新を繰り返してしまった。今日は1日中アーカイブを見ていたはずなのに、どうしてこんなに楽しみなのだろう。


 たった20字程度のその文面が愛おしくて、SNSをスマホで開いたまま夕飯の準備を始めた。少し手の込んだものでも作ろう。そうでもしないと時間が進まなくてもどかしくなりそうだった。


 けれど結局配信が始まるまでサイトの更新を何度も繰り返したのは言うまでもない。配信が始まった直後にページへ入ったくせに、すぐに来たと思われるのが恥ずかしくて、数分経ってから『こんばんは』と当たり障りのないコメントを送った。ぼんやり配信画面を眺めていたらしいらろあは私のコメントに気が付いてパッとカメラへ手を振る。



「あ、ほんとに来てくれた! ありがと、こんばんは」



 らろあはにこにこと、嬉しそうにコメント欄の方を見ている。視聴者はまだ少ないし、コメントをしている人は私以外にいない。まるでここにらろあと私二人しかいないみたいで、それが余計に私の独占欲と優越感を満たした。


 その日も配信が終わるまでコメントを打ち続けた。それからはずるずると、夜になると彼の配信を視聴する生活が続く。1週間近く居座っていても私以外の常連は増えなくて、それが余計に私を彼の沼へと沈み込ませた。

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