第40話 生きる軍神
「そう、そして彼は本物の軍神なんだよ、オカルト的な意味ではなくてね」
心美の目が細くなり、途端にシリアスな雰囲気をかもしだす。
「戦車を五一九輌撃破した空の魔王ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。
五〇五人を狙撃し四〇〇〇人のソ連軍の侵攻を止めた白い死神シモ・ヘイヘ。
鬼神が如き白兵戦闘力を持ち、撃ち殺された三日後に蘇生した、生きてる英霊舩坂弘。
一人で万軍を撤退させた戦国最強本多忠勝。
三〇〇人で一〇〇万人のペルシャ軍の侵攻を四日間止めたレオニダス軍。
武の神、塩田剛三。
他にも虎や熊を素手で殺す男もいた。かつて世界には科学では説明できない、あまりにも強過ぎて記録を疑われる異常者がいた。
そしてその舩坂弘を殺気だけで息切れに追い込める剣道十段、剣聖持田盛二がいた。本多忠勝でも討ち取れない真柄直隆や加藤清正がいた。
明らかにボクらとは違う、壁の向こう側にいる人達は人類史において、大きな戦争の度に現れてはその名を世界に刻みつけて来た。超人どころじゃない、彼らこそ正真正銘、本当の『現人神』とも言うべき奇跡の存在だ。彼、桐生朝更もその一人で、それが彼の正体だよ」
叶恵は答えず、息を吞み、額から一粒の汗を流した。
「ちなみに今言った舩坂弘、ルーデル、シモ・ヘイヘは同じ時代を生きた人だ。もしかすると月には朝更みたいな人達がいて、彼は戦場で彼らと刃と弾丸を交えてきたのかもね、なんて、これはボクの想像さ……どうしたの?」
神妙な顔をしていた叶恵は、慌てて手を振った。
「いやいや別にそんな、ただ、雑誌で強いのは知っていたけど、なんかそういうのを聞くと、本当にトンデモなくトンデモない奴なんだなぁって」
「そうそう、そんな朝更君にマンツーマンで教えてもらっているんだ。優勝しないと詐欺だよ」
にぱ、っと笑う心美とは対照的に、急に周りの女子が騒ぎ出す。
「えー、優勝は生徒会長だよ!」
「三連覇がかかっているんだよ心美!」
「一年生なんかに負けるわけないじゃん」
なんだか随分とアウェーだな。
叶恵は表情を崩し、ちょっと不機嫌そうだ。ややキツめの目で彼女達を見ている。
「でもみんな、ボクだって一年生の時に三年生達を倒して優勝したじゃないか」
「心美は中学の時から全国大会行ってたじゃない」
「こんな何の実績も無い奴なんかとは一緒にできないわ!」
「軍神だかリヴァイアサンだか知らないけど、そんな人をいきなり学園に連れ込んで、あんたちょっと卑怯じゃない!」
上級生が相手だが、叶恵は席から立ち上がる。
「何が卑怯なのよ! さっきから聞いていれば何様よ! 専属コーチが卑怯なら世の中のスポーツコーチ達は廃業じゃない! 言いがかりはやめてよね!」
「なんですってぇ!」
「あんたやるの!?」
「一年生のくせに!」
叶恵と上級生の間に、バチっと火花が散りそうな睨み合いが発生した。
「でもそうだね、朝更君をコーチにしたのはちょっと普通じゃない」
心美の一言で、睨み合いは終わる。
「普通に考えてもみてくれよ。まず優勝を狙うなら画期的な練習方法を考える。凄い人に弟子入りなんて普通の高校生は考えないよ。考えたとしても、プロのコーチ職の人なら世の中にたくさんいる。元プロ選手の人だっている。なのにプロ軍人で、ましてリハビリの為に一時的に地球に帰還している日本の英雄相手にコーチを頼むなんて、どう考えても普通じゃない」
「それは……」
叶恵が怯む。三年生達の表情が勢いづく。でも、
「よほど、急ぐ理由があるんだね」
みんなの顔が心美に集まった。
「叶恵ちゃんはまだ一年生で、来年と再来年もある。なのに軍神桐生朝更に弟子入りするほど追いつめられているという事は、それだけの理由を持っているという事だ」
心美は可愛い顔ながら、真剣な瞳で叶恵を見据える。
「ボクは軍事甲冑が大好きだ。プロのMMB選手を目指している。だからボクは戦う。今年こそは関東大会で優勝してレッドフォレストに出たい。でも叶恵ちゃんには叶恵ちゃんの背負うものがあるんだろ?」
怯んだ叶恵が顔を上げると、その瞳には強い闘志が宿っている。
「当然よ。あたしは勝つ。決勝で会長に勝って東京大会に出る! 誰にも邪魔なんてさせないわ!」
「うん、それでこそ朝更の弟子だ」
「もちろんよ」
叶恵と心美は、やる気に満ちた気持ちの良い笑みを交わし合う。
なのに、心美を取り巻く女子達の目は、ひたすら厳しかった。
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