第3話 初陣


 草原にある俺らの集落の人口は一五七人。そのうち、狩りに出て来たのは俺を含めて三〇人。今日が初狩りなのが俺を含めて三人だ。


 目的地は、集落から東に歩いてしばらくしたところにある森、その西側だった。


 アオイたち女組は森の南側、木の実やキノコは豊富だが、大型動物のいない、安全な区域だ。対して、俺らが踏みいった区域は小型から大型の草食動物から鳥、危険な肉食動物までいる、なかなかに血が騒ぐ区域だ。


 森のなかに入ると、草原よりも何倍も濃い緑の香りに胸が躍った。


 別世界に来たということが解り易くて良い。


 匂いだけでなく、背の高い樹木に太陽の光が遮られて森は薄暗くて、集落とはまるで別世界だ。これから産まれてはじめての狩りだと、嫌でも理解させてくれる。


 俺以外のふたりは、初めての狩りにはしゃぎ、せわしなくて森のなかを見渡し、手に握った槍を小刻みに踊らせる。


 俺も槍を握る手に力が入り、大物をこの手で仕留める妄想に狩られた。


 土や草だけでなく、太い樹木を踏みしめながら、俺らはリーダーを先頭に森のなかを練り歩いた。


 練り歩きながら、リーダーは昨日もした話を繰り返す。


「いいか、狙い目はネズミ、リスだ。こいつらは力が弱くて素手でも捕まえられる。それにウサギやキツネ、タヌキだな、こいつらは弓矢で――」


 リーダーは言葉を切って、素早く左手を上げた。全員止まれの合図だ。


 リーダーの視線の先を負うと、一匹の狸がキノコを食べていた。少し小さいけれど丸くて、油がのっていそうだ。


 いつもは死体でしか見たことの無い動物が動いているのは、少し不思議な感じだ。


 リーダーは仲間から弓矢を受け取ると、息を殺して構えた。矢じりを弓の弦にかけ、静かに引く。狙いを定めて三秒。リーダーが右手の指をゆるめると、矢は一瞬で狸の横っ腹へと吸い込まれた。


 狸は逃げ出して、リーダーが駆けだす。俺らも後を追う様にして走ると、すぐ狸に追い付いた。狸が走ったのはほんのちょっぴりだけ。深く矢が刺さった姿で、狸は動かなくなっていた。


「ざっとこんなもんだ。だけど気をつけなきゃいけねぇのは牡鹿だ。牡鹿が角をかざして突進してきたら弓を引いているヒマなんてないからな。そんときゃあ槍で応戦だ」


 今日が初狩りのふたりがテンションを上げる。俺も、是非とも牡鹿を仕留めてみたい。鹿肉は美味い。アオイも好きだし、めったに食べられないごちそうだ。けれど、リーダーの次の言葉に、俺はテンションを折られる。


「だけどいいかガキ共。間違っても肉食動物にだけは手をだすなよ。あいつらは危険過ぎる。俺らから絶対離れるな。ジャッカルやディンゴをみかけたらすぐに知らせろ。俺が逃走経路を示す」


 俺以外のふたりが、表情を硬くして首を縦に振った。でも、俺は頷きたくなかった。


 ネズミよりキツネ、キツネよりシカ。より強い獣を殺したがほうが絶対カッコイイし、凄いことだと思う。


 俺がいまよりずっとガキの頃、大人たちが牛の一種であるヌーを仕留めて来たことがあった。あのときは集落全体でお祝いして、ヌーの肉をみんなで食べた。


 集落中の人が喜んだし、俺もバカでかいヌーを仕留めた大人たちを見て、凄いと素直に尊敬した。俺も将来、あんな大物を仕留めたいと憧れたものだ。


 なのに、いざ十三歳になってみれば『強い動物とは戦うな』だ。


 俺は、強い動物にこそ挑戦したい。

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