僕らは英雄になれるのだろうか【マンガ版も読んでね】

鏡銀鉢

第1話 入学試験大会!決勝戦!

『それでは! これよりシーカースクール入学試験大会! 決勝戦を行います!』


 アナウンサーの一言で、競技場の客席は沸騰し、万雷の拍手が青い空に吸い込まれていく。


 寒い1月の正午過ぎに、だが競技場は異様な熱気に包まれていた。

 高校の入学試験を、お祭りか何かと勘違いしているとしか思えないバカ騒ぎぶりである。

 とはいえ、試験は毎年お祭り騒ぎの成人式状態だ。


 シーカーはお堅い職業で、警察、軍隊に続く第三武装勢力であり、人類を守る盾だ。

 しかし、【異能】で戦うシーカーたちが市民に怖がられないようにと、政府が娯楽化を推し進めた結果、入試はついには試験ではない何かと化している。


 客席通路にはビールの売り子が練り歩き、客たちはハッピを着込み鉢巻を巻いて横断幕を掲げて地元の生徒を応援し、バルーンを飛ばしたりクラッカーやブブゼラを鳴らしている。

 その乱痴気騒ぎぶりに、【彼】は軽く呆れた。


 ――いや、もう決勝であんたらのとこの生徒負けたから……。


 もはや、試験にかこつけてただ騒ぎたいだけにしか見えない。


『では受験者入場! ここまでの全試合をワンパンKOで終わらせた一撃無双のワンターンキラーマシン! 草薙くさなぎ大和やまとだぁ!』



 アナウンサーの呼びかけを受けると、暗い入場口通路に待機していた少年、草薙大和は闘志に火を点けるようにして語気を強めた。


「よし、行くか」


 気合十分に表情を引き締め、力強い足取りで入場口をくぐると、目の奥を刺すような太陽の光が眩しかった。


 歓声を浴びながら、入場口から競技場中央のリングまで駆けると、大和の花道を飾るようにして、道の左右から花火のような火花が噴き上がった。


 とは言っても、これは耳のデバイスが脳に送り込んでいる偽物、MR映像なので熱くない。


 空には大和の顔とプロフィールが表示された画面が八方向に展開して、試合前の期待を煽る。これも、デバイスが脳の視覚領域に補整をかけることで見せているMR映像だ。


 現代では、国民の99パーセントに普及しているデバイスを利用して、視界に補整をかけるAR技術、周辺映像に補整をかけるMR映像が浸透し、日之和ひのわ皇国民の生活に根付いている。


 ――決勝戦……これに勝てば、シーカースクールの特待生になれる……。


 興奮と緊張感で高鳴る心臓の鼓動を表情に出さないよう、努めて冷静にリングへ上がった。

 それから、リング中央で表情を変えずに、静かに呼吸を整えた。


 ――試験本番に緊張して本来の実力を発揮できずに落ちる奴なんてザラにいる。落ち着け。


『対するは、多彩な電気技で全方位死角無しのオールラウンダー! 雷帝、御雷みかずち蕾愛らいあだぁ!』


 アナウンサーのコールで、客席のボルテージは加熱して、さらなる歓声が沸き上がった。


 ――それにしても、なんで学校の入試なのにプロレスみたいにするんだろうな?


 緊張をほぐすために、あえてどうでもいいことを考えてみる。


 会場にはローカルながらテレビカメラも入っている。まるでスポーツ中継や競馬中継だ。


 異能の力で戦うシーカーへ親しみを持ってもらうためとはいえ、受験生の緊張を助長しているようにも思える。


 ――まっ、人前で緊張するような奴にシーカーなんて無理だろうけどさ。


「よそ見なんてずいぶん余裕じゃない? この、アタシ相手に!」


 尊大な声に注意を引かれて、大和は右手三階のアナウンサー席から視線を外した。


 正面、視線の先の入場口からは、大和と同じ中学校の制服を着た対戦相手が、小柄な体に不釣り合いな、巨大な鎌を従えて姿を現した。


 ワンサイドアップにまとめた栗毛の髪に、気の強そうな吊り目ながら整った顔立ちの美少女だ。けれど、まとう雰囲気は少女のソレではない。


 左右に特大の火花を侍らせ、鷹揚おうように歩く姿は、まるで女暴走族のヘッドだ。

 大和が15歳の少年らしく緊張する一方で、彼女は余裕綽々よゆうしゃくしゃくだった。


『会場の皆様! プロフィールにもある通り、なんとこの2人は同郷、同じ町の出身です!』


 アナウンサーが朗々と受験者紹介をする間に、蕾愛は背後に浮かぶ大鎌を手に取った。


「相変わらず素手とか、戦いナメてない?」


 紫電色の眼光を光らせて、大鎌を一閃。5メートルの距離を挟んで蕾愛は身の丈ほどの大鎌を構えながら、挑戦的な瞳で睨んできた。

 大鎌の一振りで、栗色のワンサイドテールがなびき、風圧が大和の頬を撫でた。


「お前と違って、剣道や射撃を習う金ないんでな。素人が武器を持っても自分がケガするだけだろ?」

「そんなこと言って、負けた時の言い訳が欲しいだけじゃないの?」


 大鎌を下ろすと、蕾愛は肩をすくめて小バカにしてきた。

 いつも通りの態度に、だけど大和は冷静に返した。


「心配なのは自分の評判だろ? 武器を使っても負けたなんて、期待の神童蕾愛様のキャリアにキズがついちまうからな」

「……アンタ死にたいの?」


 ヒクリと、蕾愛の口角が痙攣した。


『それでは、会場の皆様には、あらためて本試験のルールをご説明致します!』


 アナウンサーは声を張り上げてから、声のトーンを落として、滔々と説明を始めた。


『この入学試験大会はトーナメント制ではありますが、受験者の試合内容を審査し、合否を決めます。たとえ1回戦敗退でも、良い戦いをすれば合格の可能性はあります。しかし、勝ち上がる程、審査員へのアピールチャンスが増えます。そして、優勝者を含めた若干名には、【特待生】の資格が与えられ、入学金と授業料が免除になります!』


 その単語に、大和は奥歯に力を込めた。

 今まで保っていた無表情に、わずかな動揺が走ってしまう。

 大和が狙っているのは、まさにその特待生だった。


 シーカースクールの入学金や授業料は高額だ。中流家庭が払えるような額ではない。

 しかし、特待生になれば、その心配は無い。

 シーカースクールに入学して、大和の目的を果たすには、特待生制度に頼るしかないのだ。


 一方で、試験場のレンタルではない、大鎌なんてマイナーな専用武装に加えて、武器戦闘術と【ロゴス】の家庭教師までつけて貰っている蕾愛の家は、入学金や授業料の支払いなんて余裕だろう。


「無能のクセに、チョーシこいてんじゃないわよ?」


 けれど、彼女には優勝を譲る気なんて一切ないようだ。

 むしろ、大和の夢を全力で邪魔しようと言わんばかりの気概を感じる。


 もっとも、傲慢が服を着て歩いているような、そして目立ちたがり屋で1番至上主義者の彼女に勝ちを譲ってもらえるなんて、最初から期待していない。


 それでも、大和は決勝の相手が蕾愛で良かったと思っている。

 幼稚園の頃から見飽きている顔のお陰だろう。

 決勝戦への緊張感は消え失せて、いつの間にか熱い闘志が胸に滾っていた。


 ――お前の言う通り、俺は無能だよ。でもな、勝つのは俺だ。


『さぁ、この戦いで、受験者2452人の頂点、県内最強が決まります! 互いに準備はいいですね? 入学試験大会決勝戦! 開始です!』


 アナウンサーの声に合わせて、会場に試合開始の電子ブザーが鳴り響いた。


「ヴォルカンフィストォ!」


 大和は胸の奥に滾る魔力パトスを拳に送り込みながら膝と腰を折り、リングを殴りつけた。


 刹那、リングが噴火した。

 地雷がまとめて炸裂したような爆炎と黒煙が彼を飲み込み、リングを紅蓮と漆黒が覆った。


 突然の行動に面食らい目を剥いた蕾愛の姿は噴煙に隠れるも、位置は覚えている。

 あとは尾を引く轟音に紛れて背後へ回り込み、直接ヴォルカンフィストを叩き込めば、大和の勝ちだ。

 正面からは、流石に向こうも警戒しているだろう。


 ――不意打ちみたいで悪いな蕾愛。でも、俺はどうしてもシーカースクールに入らないといけないんだ。文句は学園で聞くから、今は負けてくれ。


 大和が勝利を予感した瞬間、画面が開くように視界が晴れた。綺麗さっぱり、塵も残らずだ。


「は?」


 優雅に大鎌を担いだ蕾愛の横目と視線がかち合い、大和は度肝を抜かれて足を止めた。

 不敵な笑みを浮かべ、蕾愛は獰猛な犬歯を鳴らした。


「イオン吸着って知っている? 電気の【ロゴス】を使えるアタシに煙幕とか効かないから!」


 親指を、勢いよく真下に突き立ててくる蕾愛。

 見れば、リングの床一面が黒く染まっている。

 埃が静電気でくっつくように、煙の成分は蕾愛の力に支配されていた。

 噴煙による目くらましは、大和にとっては秘策だったのだが、蕾愛との相性は最悪らしい。



 【魔術ロゴス】とは、魂が生み出す原子よりも遥かに小さな素粒子、【魔力パトス】を他の物質、エネルギーに変換し、超自然現象を起こす精神技能のことだ。

 魔力は誰でも持っているし、練習すれば魔術を使える。そして、一流の魔術ロゴス使いはシーカーの職に就き、国家防衛の任務に当たっているのだ。

 ただし、起こせる超自然現象は、生まれ持った適性によって大きく左右される。

 蕾愛の適性は電気、そして魔術センスは、超一流だった。



「だったらもう一度!」

 大和はリングを殴りつけると、蕾愛めがけて爆炎と焼けた石礫いしつぶてを噴き上げさせた。


 けれど、蕾愛はワイヤーアクションよろしく、宙へ浮かぶと、そのまま優雅に天に立った。

 超磁力で水が宙に浮かぶ特性を利用した、蕾愛お得意の空中浮遊術だ。


「相変わらず馬鹿の1つ覚えみたいに爆弾パンチばっか。まっ、仕方ないわよね、アンタ、それしか使えないんだから」

「いや、お前スカートで飛ぶなよ」

「はんっ、スパッツ穿いているから恥ずかしくないわよスケベ」

「馬鹿! 世の中にはスパッツに興奮する男子もいるんだぞ! アウトだアウト!」

「なっ、うっさい馬鹿!」


 大和の指摘に頬を染めた直後、蕾愛は左手をかざして紫電を放ち、稲妻が迫ってきた。


「~~ッッ!?」


 音速ならぬ雷速の攻撃に、大和は防御が間に合わなかった。


 雷撃特有の衝撃と激痛が全身に走り抜けて、意思とは関係なく体が跳ねて転倒してしまう。

 リングに打ち付けた頭を押さえながら立ち上がると、蕾愛は悪い笑みで大和を睥睨してきた。


「あはは、ざまぁないわね大和。飛び道具の無いアンタなんて、アタシのいい獲物なのよ。ほら逃げ回りなさい! それそれそれぇ!」


 蕾愛は大鎌を宙に浮かせると、空いた両手から次々雷撃を放ち始めた。


「おわっ!? くっそ、卑怯だぞ! 降りて来い!」

「自分の有利を捨てる馬鹿がどこにいるのよバーカ」


 大和は無様に逃げ回りながら抗議をするも、蕾愛の正論に何も言い返せなかった。


「ほらほら、カメラの前でこれ以上、恥かきたくなかったら早くギブアップしなさいよ」

「くっそ、あいつ遊んでやがっ、ぐっ~~!」


 一発の雷撃がクリーンヒット。

 しかも、蕾愛は放電を続け、大和を逃さなかった。


「ッッ~~~~!」

「ほらほらほらほら、早くギブアップしなさいよぉ♪」


 ――こ、この野郎……。


 冷静を心掛けてきた大和だが、流石に、少し頭に来た。

 一方で愛雷は得意満面に、「さて、そろそろカッコよくキメようかしら」などと考えているのが丸わかりだった。


 ――だったら見せてやるよ。俺がお前に隠れて鍛え続けた、最強の飛び道具をな。


 覚悟を決めるや否や、大和はあらん限りの魔力を滾らせて、両手にぶち込んだ。


「じゃあ、あとはアタシの必殺技で――」


 蕾愛が頭上の大鎌をつかみ取ると、極大の爆轟が彼女の言葉を遮った。

 特大の火柱は上空十メートルまで届き、あわや、蕾愛の前髪を焦がしそうになる。


「うあっ!?」


 蕾愛の顔に焦りが走った。


 魔力の使い手は、魔力を体に流すことで肉体強度を飛躍的に上げることができる。

 こうして、防具も無しに魔術を打ち合えるのは、命の危険が最小限だからに他ならない。


 だが、大和の魔術はその適性上、破壊力が強すぎる。

 だからこそ、彼は今まで対戦相手を傷つけないよう、力をセーブしていた。

しかし今、そのリミッターを外し、彼は全力全開で魔力を励起させていた。


「ギブアップするなら、今のうちだぞ! ヴォルカンフィスト!」


 立て続けにリングが噴火して、蕾愛は悲鳴を上げた。

炎と煙で蕾愛の姿は確認できないが、確かな手ごたえに、大和はリングを連打した。


「ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! どうだよ蕾愛、これでも飛び道具が無いなんて言えるか? それに、これだけ空気を乱されたら空気中の電気の通り道も滅茶苦茶で雷撃撃てないだろ?」


「う、それは……」


「図星だな、ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト! ヴォルカンフィスト!」

「ちょぉっ――アンタ――バカ――やめっ――いったん――リング――カメラ――」

「行くぞ、必殺――」


 ゴギッ。


 刹那、大鎌がカッ飛んできて大和の脳天を直撃、大和は白目をむいた。

 電磁誘導で大鎌を砲弾にした、蕾愛の電磁投射砲レールガンだ。


「やめろっつってんでしょ馬鹿!」


 蕾愛の一撃を最後に、大和の意識は急速に遠のいた。


★毎日 朝7:00過ぎ 昼12:00過ぎ更新です!

★本作は2022年4月8日、電撃文庫より発売です!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る