プラ・プランシパル:オンライン調理

「複合文化論系三年の吉川美広(きっかわ・みひろ)です。

 わたしは、今、地元の山口の岩国にいて、普段、オンラインで講義に参加しているので、今日の発表も、オンラインで失礼いたします。

 そして、先程は、お見苦しい動画、失礼いたしました。

 それでは、気を取り直して発表に移ることにいたします。


 今回のこの比較文化論のゼミでは、〈書を携えて町に出よう〉というサブ・タイトルが付けられていて、文献資料だけではなく、フィールド・ワークによる取材結果をゼミ論に反映させる、というのが大前提になっていました。

 他のゼミ生の皆さんは、例えば、美術館や博物館、あるいは、映画館に行ったりしているようですが、しかし、〈在宅〉受講生であるわたしは、外に取材に行くのが難しい状況にあります。

 そこで、先生に相談したところ、論考材料が書物以外の何かであるのならば、ゼミの大筋からは外れない、という助言をいただいたので、そこで、わたしは、今日の発表において、料理の〈実演〉をしてみることにしました。


 これまでの発表者の中で言及した人がいたように、漫画、アニメ、実写ドラマなど、映像系の物語の中に出てきた飲食物が、実際に再現されている、という話はよく耳にします。

 特に実写の場合、その再現は容易であるように思われます。また、漫画やアニメも視覚的な情報が豊富なので、少なくとも、見た目に関しては、虚構を模倣することも可能でしょう。

 小説の場合はどうか、というと、文字情報だけなので、本の中に出てきた料理の再現は困難なようにも思えるのですが、小説の映像化が巷に溢れ返っている状況を考えると、小説における料理の再現も、問題なくできそうです。

 そして、何とです。

 実は、近・現代の小説だけではなく、神話の中に出てきた料理の再現すらでき得るのです。


 わたしは、〈複合〉で神話の研究をしています。そこで、今日は、このゼミ発表という場を使って、ギリシア神話に出てきた、とある料理を再現してみる事にしました。


 みなさん、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』「第十歌」に出てくる〈キルケ〉という魔女をご存知でしょうか?

 もしかしたら、『FGO』をプレイしている方には周知の存在かもしれませんね。

 『オデュッセイア』の中には、そのキルケが作った〈キュケオーン〉という料理が出てきます。

 でも、それって、所詮は、神話上の空想上の代物でしょって思っている方もいるかもしれません。

 しかし、実は、こういった本があるのです」


 美広は、画面の中で一冊の本の表紙を見せた。


 『古代ギリシア・ローマの料理とレシピ』


「この本は、古典文学の中に出てきた料理について書かれたもので、すごいのは、四十九もの料理のレシピがついている点です。

 そして、キルケの〈キュケオーン〉のレシピもあるのです。

 本当は、このゼミ発表で、調理の実演をリアルタイムで配信しよう、と思っていたのですが、わたしに与えられている発表時間は、質疑応答も含めて三十分なので、その時間内で料理を完成させるのは難しそうなので、テレビの料理番組でよくあるように、あらかじめ撮影しておいた、編集動画をお見せすることにいたします」


 そう言って美広は、冒頭で母娘喧嘩が為されてはいない動画を、流し始めたのであった。

 

『吉川です。

 それでは、〈四人〉分の〈キュケオーン〉を作ることにいたします。

 

 材料は、セモリナ粉を一二〇グラム、リコッタチーズを三七五グラム、ハチミツを大さじ二、溶き卵を少々です。

 それでは、レシピ通りに調理してゆきます。

 

 まず、用意したセモリナ粉を、十分から十五分ほど水に浸します。

 セモリナ粉が柔らかくなったら、水気を取って、残りの材料を加えます。

 しかし、粉が柔らかくなるまで十五分も待ってはいられないので、ここに、既に水気を取ったセモリナ粉が準備してあるので、これに、チーズ、ハチミツ、溶き卵を加えてゆきます。

 よくかき混ぜた後、これを火にかけ、煮立たないよう、ゆっくりと熱します。

 熱し終わった物もここにあります。

 それを、器に盛れば、それで完成です』


 ここで調理動画は終わった。

 

「実に簡単でしょう?

 それもそのはずです。

〈キュケオーン〉というのは、キルケが作った〈麦粥〉で、そもそも、お粥なわけですから、あまり凝った料理ではないのです。


 レシピ通りに作ったキュケオーンは、ハチミツのせいか、わたしには甘過ぎるように感じられました。現代の日本人の味覚、あるいは、自分の口に合わせるのならば、ハチミツの分量の調整、これが味のポイントになるように思われます。

 その場合、わたし、吉川美広(きっかわ・みひろ)風のアレンジが入るので、そのキュケオーンは、『キッカウォーン』とでも命名しようかと思います。


 さて、わたしは、ギリシア神話の勉強の過程で、キルケやキュケオーンについて調べている時に初めて、古代ギリシアやローマの文献の中に出てくる料理を再現しようというレシピ本の存在を知ったのですが、こんな風に、古代の料理を再現しようという試みは他にもあります。

 古代ローマ関連のものは他にも幾つもありましたし、なんと、古代メソポタミアの料理のレシピもありました。


 今回のキュケオーンの調理、本当に面白かったので、他の古代料理にも挑戦してみたい、と思いました。

 そして、今のわたしは、今後の神話研究の一環として、既存の古代料理の再現本に載っていない、神話に出てくる料理の再現に挑戦してみるのもアリかなって思っています。


 神話の料理を、時空を越えて、現代の現実世界において再現させるのです。

 これってワクワクしませんか?


 以上で、今回の発表を終えます。ご清聴、ありがとうございました。

 ちなみに、今回の発表の参考にした資料は以下の通りです」


 そう言って、吉川美広は、参考資料を〈共有〉させたのであった。


〈参考資料〉

ホメロス著; 松平千秋 訳、『オデュッセイア』(上)、東京: 岩波書店、一九九四年、二五七;二六〇頁。

「キルケ」、 マイケル・グラント、 ジョン・ヘイゼル共著;西田実 他 訳、『ギリシア・ローマ神話事典 』、東京 : 大修館書店、一九八八年、二二六 ~二二八頁。

アンドリュー・ドルビー、サリー・グレインジャー 共著;今川 香代子 訳、『古代ギリシア・ローマの料理とレシピ』、東京:丸善、二〇〇二年、二二八頁。

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